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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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95.呆気なかった


 ――木々が怒号で揺らされ、瞬きののちにへし折られて地に伏す。


 騎士剣を大振りに振り回し、その度に空気を叫び声で揺らすのはグラルド卿だ。彼がその声を必要以上に荒げるたび、森のどこからか風の刃が来襲する。それがヴァミルの本体ともいうべき身体に傷をつけたことはないが、グラルド卿に差し向けられた翼は何度となく断ち切られている。

 フェルドの参戦を受け、グラルド卿は彼を森の中へと潜ませた。『騎士術』を持つグラルド卿はその位置を常に把握することが出来るし、どんな射線で魔術が放射されるのかも分かっているが、相対するヴァミルはそうもいかないはずだ。グラルド卿の対応だけでも労力を割かれ、フェルドの位置を探るだけの余裕はない。


「それでぇ……不意打ちでも狙っているわけぇ?」


「どォだろうな。それで、お前を斃せるッてんならそれで構わねェが」


 言いながら、グラルド卿はそんなことが出来るとは思っていない。何度かその身体に攻撃を当てることが出来た彼だからこそ分かることだが、ヴァミルの頑丈さはそう簡単に破れるものではない。騎士剣を渾身の力で振り切って初めて、その首に刃が通るだろう。

 それだけの威力の魔術をフェルドが放つ、と考える。残酷な話だが、フェルドの力量では不可能だろう。もし出来たとして、それだけの威力の魔術だ。近くにいるグラルド卿を余波に巻き込みかねない。だからと言って事前に距離を開ければ、大規模魔術が来るのだと相手に覚らせることになりかねない。結果として、決着をつけるのはグラルド卿になる。


「責任が重ェな。まァ、それで十分。『紫隊長』の立場に就いたときから、覚悟してたことだからな」

 

 いつだって、グラルド卿はその身に重責を課せられている。『紫隊長』、国家最高戦力、騎士団、全ての要素が彼を国民の希望の光芒に仕立て上げている。しかし、彼はその重荷を棄てようと思ったことが無い。それらを厭いながら、放り捨ててしまおうとしたことは一度たりともない。

 グラルド卿と言う人間は、『紫隊長』であるから存在して、国家最高戦力だから生かされているも同然だと、彼自身が理解している。何より、その立場になければ唯一の悪友を手に入れることはなかった。そう思えばこそ――、


「やるしかねェよな、悪魔の討滅くらいは」


「言ってくれるわねぇ……そんな易い女になった覚えはないわよぉ?」


「ハッ、どォだかな」


 騎士剣を、振るう。右に左に振って、それを一番の武器としながら同時に指揮棒としてフェルドが魔術を放つ目印にもする。風の刃を放つ風属性の魔術は通常魔術の中でも単調な類で、だからこそ扱いやすくグラルド卿としても行動の中に組み込みやすい。

 グラルド卿が一直線に進む中で、魔術による波状攻撃がヴァミルの翼による包囲攻撃を無効化する。正面からの迎撃には騎士剣で対応。段々と攻撃の速度、重厚感が増してきているのを肌で感じながら、グラルド卿は合わせるように自らの攻撃速度を上げていく。


 ――しかし、決定打が足りない。


 ヴァミルには隙が無い。『過変化』によって成長し続ける彼女の攻撃頻度は増してきているし、その精度も同様だ。意識にも攻撃にも間隙がなくなってくる。そうなってしまえば、グラルド卿も防戦一方となり、結果として待つのは『三文役者』だと蔑まれたあの時と同じ敗北だ。

 一度だけ、少しの隙で良い。これまでにない、明確で確かな隙があれば、グラルド卿はヴァミルを討伐してみせることが出来る。


「何か、考えている顔ねぇ。でも、私だって考えるのよぉ? ――こんな風に」


 正面からの翼をこれまで通りに騎士剣で斬り捨てようとして、グラルド卿は違和感を抱く。その直感に従って騎士剣での対処を放棄し全身で回避行動をとる。その直感的な判断が正しかったらしいことは、直後に翼の先端が鋭利なものに変わり、これまでとは比べようもない速度で空気を貫いていったことから分かる。回避が出来ていなければ、グラルド卿の眼窩を翼が抉っていたに違いない。

 見れば、ヴァミルは膝から崩れ落ち、立ち上がっているところだった。脚を一気に退化させ、代わりに翼を急成長させたのだろう。隙が出来るとはいえ、グラルド卿との距離や回避のための時間も計算されている。それはグラルド卿の望んでいるだけの間隙を用意してはくれない。


 ――やはり、今すぐにでも決着を付けなければ。


 グラルド卿は急速に思考を巡らせる。ヴァミルに隙を作るための方策を、今この場で思いつかなければならない。こういった頭脳戦はアロン任せにしてきたが、そのツケが今回ってきたのだ。圧倒的な暴力で理論を捻じ曲げるのがグラルド卿の得意分野だが、今はそれも難しい。

 

「――いや、その手があッたか」


 グラルド卿が思考の迷獄に陥る寸前、ある方策を思いつく。それが王道かと問われれば、首を横に振らざるを得ないような邪道だ。しかし、それを理由に方策を棄ててしまうほど、グラルド卿は正義のヒーローに拘泥していなかった。



「フェルド!! 足元だ、二秒後――砕けッ!!!」」


「――くだっ?! いや、承知した!!」


 想像していなかった指示に、フェルドが隠密行動も忘れて声を跳ねさせる。しかし、疑問を無理やりに押し込め、魔術を発動させるために魔力を練り上げ始めた。声を上げてしまったせいで、ヴァミルに配置を悟られているだろう。しかし、それによって生じる危険にも今は目を瞑る。

 これが最後の攻撃になるかもしれないと、フェルドは直感した。残っていた魔力の殆どを魔術に注ぎ込み、その規模を可能な限り拡大させる。そして――、


「きっちり二秒――爆ぜろ(explode)ッ!!!」


「――『騎士術』・共極ッ!!!」


 グラルド卿は自らの『騎士術』をヴァミルへと、()()()()()


  ◇◆◇◆◇


 ――その感覚は全知であり全能であるがゆえに、虚無である。


 ヴァミルの見る世界は突然解像度を増した。周囲の環境を、舞い散る塵の一つ一つが空間座標的にどのような配置をされているか、それぞれの速度はどうか、方向はどうか。形はどうで、温度はどうか。知りたくもない情報、無駄としか思えないような情報、全てがヴァミルの脳内を侵略する。

 グラルド卿の見ている世界は、雑多なものも全て許容するのならばこうなる。世界の詳細を一挙に知れるし、存在する物体全ての挙動を感覚が処理して叫び続けるのだ。

 情報は円環を成し、それを処理する脳は数ある情報の塵に揉まれる小さな一点。ヴァミルの世界はその解像度を急激に上げたが、そのせいで彼女の脳は処理不能を起こした。


『騎士術』・共極の効果はグラルド卿の『騎士術』による恩恵を他人にも分け与えるというもの。フェナリと共闘し『厳籠』を下した時のように使うのが王道だろう。しかし、今回グラルド卿は敢えて邪道に踏み入った。『騎士術』の効果を無理やり、ヴァミルへと押し付けたのだ。

 フェナリはその凄まじく膨大な情報を上手く制限し、必要な情報だけを感覚から取り入れることで行動を成立させていたが、それは特例だ。本来はそう簡単にも行かない。彼女のような戦い方を目指すならば、グラルド卿との訓練を何度となく重ねなければ難しいだろう。


 ――今、ヴァミルは五十万五千二百三つめの塵の挙動を完全に把握した。


 今回のグラルド卿の方策で最も凶悪なのは、フェルドに爆発魔術を行使させたことだろう。それによって生じた無数の石礫、土砂と塵の挙動について、感覚は選りすぐることを知らずに全てをヴァミルに教えている。その情報が終結を迎えるためには、あと七億五十七万百二十七つの塵について把握しなければならない。その天文学的数字を処理しきるのに必要な時間は、どれだけだろうか。

 ヴァミルは、自分が行動不能になっていることすら頭の片隅でしか理解できていなかった。自分の近くへと近づく人の気配にも気づきながら、それを処理しきるより先に塵の情報が優先される。


「――世界は、こんなに広かったのねぇ。もっと狭くたって良かったのに」


 ヴァミルの呟きは脳に与えられた過負荷によって掻き消され、自分自身にも聞こえなかった。


  ◇◆◇◆◇


 狙い通り動かなくなったヴァミルを見て、グラルド卿は邪道の成立を確かめる。後は渾身の力を以てその首を刎ね飛ばす、ただそれだけだ。


「久しぶりだッたぜ、お前ほど苦戦したのはなァ」


 それが最後の言葉に――なるはずだった。グラルド卿は騎士剣を大きく振りかぶり、ヴァミルの首を断ち切る。確かにその首は刎ねられた。それは人間にとっても、悪魔にとっても、同じように致命傷になりうる一撃だ。もう、再生することも出来ない。終わったはずだった。


「――ッ」


 グラルド卿は突如膨れ上がった気配を前にして、直感的に後ろへ跳躍した。先程も直感に従って得をしたのだ。今回も、躊躇いなく直感の赴くままに動いた。そして今回、直感は外れたと言える。


「なッ、おい待てェ!!」


 ヴァミルが首を失った状態で動き始め、更にはその場から逃げ出した瞬間、思わずグラルド卿は叫んだ。


 首を失くしたヴァミルの体は、もう生命力を残していないはず。グラルド卿の経験をもってしても、身体から翼を数多生えさせ、蜘蛛のように這って逃げる悪魔など、見たことが無かった。

 本来、悪魔の翼はその背中から生えている。その数は主に決まっており、それを越えた数を生えさせることは原則不可能だ。しかし、今のヴァミルからは翼が数えられないほど出ている。それは手から足から、断面を見せた首のところから、背から腹から脇からとはみ出るようにして生えており、極めて歪な節足動物のような――限りなく異形に近い蜘蛛のような、そんな見た目になっていた。


「急に逃げ出すとか、どうなッてやがる!!」


 その身体の尊厳も何もかも殴り捨ててまで、逃亡を選択した。それは怪物の末路としては無難な部類だ。しかし、首を失くして完全に死んだはずの悪魔はその選択をする脳もなくしているはずなのだ。

 異常事態だ。ヴァミルが頭と胴を泣き別れにしたとしてまだ再生して復活する方法を持っているのだとすれば、今も現在進行形で逃げ続けているヴァミルを見逃すわけにはいかない。グラルド卿は、彼女を追いかけ、森を進む。


「チッ、死にかけ……いや死んでんのかァ? そんな状況で、逃げ足だけ早ェな!」


 逃亡だけに全能力を費やされては、グラルド卿の全力でもそう簡単には追いつけない。しかし、ヴァミルの勢いは段々と失われていった。やはり、死んだはずの悪魔が復活するなどと言うのは不可能らしい。


「……ここか。何だッてこんなとこに……」


 ヴァミルを追いかけ、辿り着いたのは初めにグラルド卿とヴァミルが会敵した洞窟だった。戦闘に入る前からヴァミルは空中で必死の制動をしていたし、戦闘に入ってからも間合いを上手く取りつつある方向へと移動していた。そして最後、死んだはずの体で逃亡して、ここに来た。


「――――」


 ヴァミルはこの洞窟に着いたことで役目を果たしたのか、その身体を崩れさせる。歪な見た目だった蜘蛛のようなその身体が折れ、潰れ、土に還っていく。大悪魔にも匹敵するような力量を誇る『悪魔の娘』の『長女』として、その最期はあまりに呆気なかった。


「んで、ここが何だッてんだ。――罠……そう考えるのが、妥当だろォがな」


 何でもないはずの洞窟が、グラルド卿には自分を招いているように感ぜられる。何か分からないものに引き寄せられるようにして、彼は洞窟の中へと足を踏み入れた。


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