1.少女は洞窟にて
洞窟の中、少女と一羽の烏。
「何じゃ――何が起こっておる!!」
今ちょうど、地響きが始まった。洞窟そのものが大きく揺れ、少女の足元も覚束なくなる。
鍛えられた体幹を以て、どうにか立って居られているだけ。少しでも力が抜けたり、気が散ってしまえばすぐにその場に膝をつきそうな状況だった。
集落一つが丸ごと潰れてしまいそうなほどの、大地震。それが少女を襲った。
「ぬぅ――謀られたか」
「謀られた、だと? どういうことじゃ!!」
少女の周りを忙しく飛び回っていた烏がふと嘴を開く。同時に、野太い男性の声が響いた。周りには少女と烏以外に人影はない。間違いなく、烏の声だった。人間の声に酷似しているのに、人間の声としては認識できない。それでも、言葉は聞き取れるし、意味は理解できる。傍からすれば不可解極まりない状況だった。
しかし、少女は何ら戸惑った様子も見せずに烏に言葉を返す。
「詳しいことを話してられるほどの時間はとうにない!! 何にせよ、女子が持つには過ぎた力という事――」
「――――それ以上を語るな」
烏の言葉は、少女の鋭く冷たい声音に途切れさせられる。
地震が起こっている今の状況――いつ生き埋めになってもおかしくないような、そんな状況であっても冷静さを保ち、言葉を連ねていた烏だが、少女の言葉を受けて、咄嗟に口を閉ざす。
少女の眼光は、まさか今ちょうど地震に襲われ窮地に立っているとは思えないほどに据わっていた。
「私は、そんな愚論には飽きた。男だ女だ、大人だ子供だ――人か物の怪か……そんな二元論はな」
「そう、だな――」
烏も、少女の生い立ちは理解している。齢二十にも遠く及ばないような少女にそんなことを重々しく語らせるような、そんな環境であった。だからこそ、自らの軽率さを悔やみながら、少女を肯定するしかできなかった。
「何にせよ、だ。このままではお主――死ぬぞ?」
「……っ、それくらいは分かっておる。この地響き……あと十分もする頃にはこの洞窟全体が瓦礫に埋め尽くされるだろうな」
「そして、ここは洞窟の最深部。逃げ出すにはお主でも十五分はかかる。加えてこの地揺れ……ニ十分で外に出られれば御の字と言ったところだ」
それは、絶望的状況の再確認だった。
改めて、少女は今の状況がいかに窮地であるかを覚る。そして、ふと希望となりうる自分の力について思い当って――
「しかしっ、私にも妖術が――」
「果ては人技に過ぎぬそれが、自然の暴虐にどれだけ立ち向かえるか……馬鹿のお主も分かるだろう」
自分の持つ、唯一で絶対の力は、今この状況で何の役にも立たないのだと、目の前の烏は冷酷に言った。それは事実であり、烏が述べるのは悲しい程に正論だった。
妖術に、これまで少女は自らの命を差し出してきた。そして命を削ってきた。だというのに、こんな危機迫る窮地ではその力も何の役にも立たない。何とも皮肉なことだった。
「発見しきれていない突破口を探すしかない! お主も、走れ!!」
「――――ッ!!」
烏の喝を受けて、少女の足が動き出す。
今できることは、可能な限り走ることだ。そして、脱出を試みながらまだ発見できていなかった突破口を見つけることが出来れば、命を失わずに済む。それがどれだけの夢物語かなどは分かっている。それでも、何も動かず試みず、考えずのままに救われることの方が夢物語だ。
「……しかし、いつかは朽ちる花を手折るとは……愚の骨頂もここまで来たか」
「――? どういう事じゃ、私にも分かるように――」
「生き残ることが出来れば、いくらでも説明してやろう」
烏はそう言ってから、少女より先に洞窟を飛び、駆ける。四方八方に視線を向け、少女でも通れるような道はないか、それこそ、脱出に繋がるような道はないか、と探して首を小さく左右に振った。
烏は一度、少女の元へと帰る。
「……ッ!! また揺れが!!」
第一波を超えるほどの大きな揺れに、思わず少女は一瞬膝をつく。
烏が躓いた少女に手――ではなく黒翼を貸し、どうにか立ち上がらせた。一番大きな揺れは去ったが、それでもその影響は明らかだ。
今まではどうにか形状を保っていた洞窟が至る所で瓦礫を落としている。今の大きな揺れのせいで、崩落のカウントダウンは明らかに早まっていた。
「やはり、駄目か……『三大華邪』の討滅、果たせずは無念……」
「弱気になっている場合か!! まだどこかに突破口が――」
そう叫ぶ烏の瞳には、少しの躊躇いの色があった。しかし、それを塗りつぶすようにして烏は叫んだ。少女を叱咤し、同時に自分に言い聞かせるようにして。
「しかしっ、現状は変わらずだ……!! 突破口は見当たらず、洞窟の崩落も間もなくだ……」
「そう後ろを向って言葉を語るな、国最高の戦士がそれか!」
そう言って叱咤はする。それでも、烏自身、ここで切れる手札は、もう無い。切るべき手札は、もうすべて切ってしまった。
万事、窮すとはこのことなのだろう。まさに、打つ手なし。万策は尽くしたのだから――
「……ッ、ここでも崩落が……っ!!」
「もう、駄目か……こうなってしまっては――もう」
最早、烏もそんな言葉を漏らす。
瓦礫がその大小を問わずに少女の周りに落ちてくる。少女は足場の悪い中でもその瓦礫を避け続けている。それは確かに少女の鍛錬と才能が故。けれど、それも烏の言う通り、人技に過ぎない。
自然の暴虐に勝てるのは、同じく自然の暴虐、または神の救いの手だけ。
「霧喰、爆赫、厳籠……『三大華邪』を一目見ることすら、私には許されないのか」
伝説のような存在となり、その名前こそ知識にあるが、少女はそれらの怪物を一目見たことさえない。少女こそがそれら『三大華邪』の討滅を任されているというのに、だ。
「あやつらも、恐らくはこの大地震で被害を受けているはずだ。『繋糸の契り』があるのだか、ら……ぬッ!?」
「どうした、今になって何が……」
「繋糸の契りが、薄れている。完全に切れてはいない、が……これでは地震の打撃を受けているか――そうか、そうか!! まさか、そんなことまで……何という愚の骨頂、否、ここまでくれば『愚』と言う字にさえ収まらぬ……!!」
「だからつまり、どういう……ッ」
説明を求めようとして、頭上に落ちてきた瓦礫に気づいて咄嗟に後ずさる。
回避行動の先に、またも瓦礫。さらに避けても、未だ瓦礫。また逃げて、瓦礫、また――
――ぐしゃり、と
「――――ツッ!!」
声にならない悲鳴。足が潰れた。
これまでだって、任務の中で何度も傷を負ってきた。それでも、こんなに――体の一部が使い物にならないほどの傷は、負ったことが無い。
痛みや苦しみ、そういった一時的なものよりも、足が完全に使えなくなった、という一つの事実が少女に大きな絶望感を齎す。それが声にならず、キィィンとした悲鳴となって洞窟に響いた。
もう、時間がない。
洞窟の崩落までも、時間はないし、それ以上に――足が潰れた少女が瓦礫に潰されるのも、時間の問題だ。少女は諦念を惜しみなく表情に出して、目を伏せた。
「――やっと、門出か」
「―― ――ッ!!」
――ぐしゃり、と。
せめてもの幸いは、その瞬間と同時に少女の意識が途切れたこと。いや、死に絶えたことか。
しかし、運命は彼女を掴んで離さないらしい。
少女の、魂は、時空を超え――
巡り巡って、またも少女の体へと。
「――おはようございます、お嬢様……フェナリお嬢様?」
「――――?」
運命は、少女に宿命を託した。
世界は変わろうとも、その『役割』は変わらない。
本作は「アニセカ大賞」に応募する作品として新しく書き下ろした小説です。
村右衛門としては初めて書いた「異世界転生もの」で、初挑戦のジャンルとなります。是非とも、温かい眼差しで見届けていただければと思います。
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