緋眼の末裔-7
霞が日本を飛び立った頃、シウダー・フアレス西のヘリポートに一機の軍事用ヘリコプターが着陸した。
フアレスの地に降り立った女性。
ルビー・ローズ。
(カスミ…もう来てるのかな?)
ルビーはこの数か月の間、アンドロメダから通信規制を受けており霞との連絡が取れずにいた。
今回の大会はアンドロメダから6人が参加する。
同じ組織であるがゆえ、横のつながりで徒党を組まれれば、大会の運営に支障をきたす可能性も出てくる。すなわち参加者同士の事前の接触を防ぐための措置としてすべての参加者同士が連絡を取るあらゆる手段をアンドロメダのセキュリティーシステムで遮断したのだ。
ただフィールド内において群れる事自体は禁止にはならない。結局は最後の1人になるまで終わらないのだから禁止にする意味がない。
(とにかく早くカスミを探し出さないと…。)
ルビーも霞と同じ考えであった。
ただひとつ違うのは霞は二人で生き残る道を模索することが目的であるのに対して、ルビーは霞を守り霞だけを生かすという目的。
「ルビー様。この後、チップの埋め込みを行い、プロフィール画像の撮影に入ります。お車へどうぞ。」
担当コンシェルジュに促されてルビーは車に乗った。
その時のルビーの眼は、霞の知るそれではなく、強い決意のこもった厳しいものであった。
そんな優しくも強い意志をもった小柄で温厚な彼女。
実際も普段はしっかり者でどこにでもいるような笑顔のかわいい女性。
しかし経歴は元イギリス特殊部隊所属。
現在はアンドロメダ専属傭兵。
ハンドガンやアサルトライフルはもちろんどのような銃器をも使いこなすプロのハンターである。
特にルビーの名を裏社会に轟かせたのはスナイパーとしての遠距離射撃の制度の高さである。ターゲットまでの距離と風の強さを計算した完璧な射撃に、世界で一番指名を受ける女性傭兵としてアンドロメダの看板の一角を担っている。
要人警護から暗殺まで仕事の幅が広い彼女の需要は、裏社会を仕切る大物たちにとって大きな存在だ。そして愛嬌のある可愛らしいその容姿と性格も愛される要素になっている。
そんな大物たちが、ルビーの今回の参戦を知った時のざわつきは凄まじいものであった。アンドロメダCEOのジェームズ・ベロンやその秘書のスマートフォン、オフィスの電話はクライアントたちの苦情で三日三晩鳴り続けた。
ベロンにとっても苦渋の決断であったことは間違いない。
何としても成功させなくてはいけない第10回の節目のバトルフィールド。
女限定にしたのも記念大会らしく華やかさを求めて決定した。
しかしこれが逆に足かせとなってしまった。
前回優勝者のクローレ・プルシェンコの招聘は親交深いロシア大統領の力添えで難なく取り付けた。
だが肝心なその対抗馬が見つからない。
さらにアンドロメダ社が総力を上げて世界中の裏社会で活躍する女たちに、片っ端から優勝賞金倍額でオファーを出した結果、了承したのは11人。
ロシアと同じく個人的な人脈で日本と中国からひとりずつ提供してもらうことにも成功した。しかしまだ少ない。
毎回30人で行うこの大会は、アンドロメダの推薦枠に15人。残りの15人もすぐに埋まってしまうほど、世界中の腕に覚えのある者にとって是が非でも出場したい大会である。だが女性となれば話は別だ。
賞金や名誉のために命を賭けられる者は限られる。
最低でも20人は集めたいベロンは自社契約の傭兵6人の参加を命令した。
クローレ・プルシェンコの対抗には、戦闘員部門の最高階級である執行部の唯一の女殺し屋、コードネーム『シザーハンズ』をその立場に置き、残りは戦闘部門の上位傭兵の1人と隊を率いる上位士官が一人、そして今後のビジネスに影響のない3人を集めた。
その中の上位傭兵のひとりがルビーである。
ルビーの参加に殺到する苦情を聞きながら、逆にベロンは自分の選択が間違いではなかったと確信する。
圧倒的な強者でなくとも、人を魅了する存在も注目の材料になる。
シザーハンズと同列でルビーを持ち上げればそれだけ盛り上がる。
アンドロメダとして二人の看板を作ることができた。
しかし、まだスパイスが足らない。
フアレスは30人で戦わせるために用意した街だ。
20人では広すぎる。今さら場所の変更は不可。
誘致(市長をはじめとする地元有力者への賄賂)や設備にかけた金と時間とすべての労力を無駄にはできない。
すでに街中に5万台のカメラを設置し死角はない。
思案の末、ベロンはもうひとつの駒を用意した。