緋眼の末裔-6
2050年7/25深夜
自宅を出て、アンドロメダから指定された場所へ向かう。
5分ほど歩くと広い駐車場にたどり着く。
(ここってショッピングモールの…。)
そこは霞がよく行くショッピングモールの第二駐車場。
モールから少し離れているため霞は来るのは初めてであった。
おそらく貸し切られているその大きな駐車場には、入り口からレッドカーペットが引かれ、立派なリムジンの後部座席へと続いていた。
その周りを数台の漆黒の高級車がまるでそれを囲むかのように止められ、その傍らで5人ほどの黒服がこちらを見ていた。
この光景に圧倒されていた霞に、
「G様。お待ちしておりました。
定刻よりも早いご到着に感謝申し上げます。」
と、ロングヘアーをなびかせた長身スレンダー女性が近づいてくる。恐縮する霞。
「今回、G様の専属コンシェルジュを担当いたします、クロエ・リスベットと申します。
只今より大会開始までお世話させていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。」
クロエの丁寧な挨拶に、
「よ、よろしくお願いします!!」
と焦った様子で頭を下げた。
頭を上げると黒服が爽やかに近寄り、霞から丁寧に荷物を預かりサッとそれをトランクに入れる。
そしてレッドカーペットをクロエにエスコートされ、リムジンへと誘導された。
走り出したリムジンの後部座席で固まっている霞に、
「それではG様。今後のスケジュールを確認いたします。」
クロエが事務的に話し始める。
若干ビクッと反応を見せた霞だが、眼差しはまっすぐクロエに向けられている。
「現在この車は、弊社が西東京に保有する臨時滑走路へと向かっております。
G様も弊社の仕事の際はご利用いただいているのでご存知かと。
そこで弊社最新鋭の輸送機に乗り、空路にて目的地シウダー・フアレスへと直行いたします。ここまではよろしいですか?」
シウダー・フアレスという初めて聞いた地名に首を傾げた後、クロエの問いにコクンと頷く霞。
「ご了承ありがとうございます、G様。
では続けます。
フアレス空港まで10時間のフライトを予定しております。
ちなみに時差が日本よりマイナス14時間ございますので、到着が現地時間7月25日の深夜となります。
空輸機には広くはございませんがおくつろぎできる部屋をご用意しておりますので、フライト中はそちらでおすごしください。」
淡々と話すクロエにただ頷くだけの霞。
「フアレス空港が郊外にあるため再び陸路にてホテルへと直行いたします。
その際、マイクロチップを体内に入れさせていただきます。
お食事もそちらでご用意いたします。
少しお休みいただいてからプロフィール用の画像撮影をいたします。
撮影はニューヨークで話題の新進気鋭のスタイリストであるアレックス・ホークが行いますので、素敵な作品になることでしょう。」
写真撮影というフレーズに霞は明らかに嫌な顔をする。
隠密商売である。顔が出回るのは避けたい。
例え命を落としたとしてもそれが残ることは霞にとって最大の屈辱である。
そんな霞の表情を見て、クロエが優しく口を開く。
「G様。お考えのことはよくわかります。
この世界で生きていく中で姿を晒すことはリスクしかございません。
身元が明かされることでご家族やご友人に悪影響をもたらすかもしれません。
しかしこの大会はご存知の通り世界中のセレブ中のセレブが街中に設置されたカメラ越しに観戦され、総額でアメリカの国家予算に匹敵するマネーが飛び交う世界最高峰のギャンブルです。
その映像はアンドロメダが参加を受理した大金持ちにのみ特別な回線でライブ配信されます。一般の人間が閲覧することは不可能。むしろ一般の人間はこの大会の存在すら知りません。
さらに言えば、超一流のハッカーであっても100パーセント侵入はできず、アクセスの痕跡だけでも残したら、その数時間後にはこの世にはいません。
G様、ここがポイントで、公開される参加者の戦う映像やプロフィール画像はアンドロメダのセキュリティシステムにより録画や保存ができません。
すなわち大会開始の12時間前から最長36時間の大会が終了するまでの期間だけ公開され、その後はアンドロメダの膨大なシステムの片隅で未来永劫眠り続けるでしょう。
ですからご安心してお任せいただけませんでしょうか?」
クロエの言葉に納得はいかないが霞は小さく首を縦に振った。
「ありがとうございます。
ではその画像撮影の後ですが、おそらく40時間ほどご自由な時間となります。
この時間を使ってご静養されてもよろしいですが、私としてはバトルの参考のために街の探索をお勧めいたします。
土地勘があった方が戦いを有利に進められるかもしれません。
大会開始が28日0時から。その6時間前までにはホテルにお戻りください。
一応、参加者の安全と不正を防ぐために開始までの6時間は拘束させていただきます。」
クロエの優しい口調に、霞は少し気持ちが落ち着いてきた。
「あの…リスベットさんは普段は何をされているんですか?」
霞が恐る恐る聞く。クロエはクスっと笑って、
「クロエで結構ですよ、G様。
私はアンドロメダ所属の軍医、医者です。
もし体に不調を感じたらすぐにご報告してください。
それも私の役目ですので。」
とさらに優しさを醸し出す。
「あ、お医者さんなんですか、リス…じゃなくてクロエさん。」
霞はクロエへの警戒心が一気に解けた。
「はい。
それと今回は10回目の記念大会ということで、女性限定となっております。
そのため従来とは少しルールや設定が変更となっておりますので、この後、離陸しましたら上空で説明させていただきます。」
クロエの言葉の後、乗っていたリムジンが一度止まり、大きく傾きバックで進み始め再び止まった。
「車ごと飛ぶんですか?」
驚いた霞に、クロエは笑顔で頷いた。