ハイルブロンの怪物-2
1986年4月26日。
世界を震撼させる大事故が発生する。
ソビエト連邦の構成国、ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所で起きた原子力事故である。
4基ある原子炉のうちのひとつがメルトダウンし爆発。
所在する町、プリピャチの約4万7,000人の住民が被爆した。
この日、発電所の技術者ヴァレリー・シャイトはグズる3歳の娘を寝かしつけて夜勤に就いていた。
ドイツ系移民としてウクライナへ来たヴァレリーは1980年にチェルノブイリ原発のあるプリピチャへとたどり着いた。
ドイツにいたころは機械工の職人であったヴァレリーであったが、このチェルノブイリの作業員のための町に30才の独身者としての身分での入植であった。
言い換えるなら、このプリピチャでしか働き口がなかったとも言える。
原子力発電所という特殊な業務の中で、精神的にも体力的にも疲弊していたヴァレリーを唯一癒したのが下宿先の娘であった15才下のシエナであった。
2人はたちまち恋に落ち、1983年結婚。
同年、長女クレアが誕生した。
優しく寛容なヴァレリーはよい夫であり父親で、その人柄から職場でも信頼を得て異例の早さで管理者へと昇進も果たした。
当時、共産国家であったソ連では珍しい人事であったに違いない。
そして運命の日。
保守、メンテナンスの責任者であった彼は、4号炉に異常を発見。
復旧作業中に炉は爆発。
炎上する中、取り残されたヴァレリーは即死であった。
そして不幸にもその遺体すら発見されずにチェルノブイリ原発は閉鎖されることとなる。
爆発から36時間後、妻シエナと娘クレアは他の住人と共に避難を始める。
シエナは安否のわからないヴァレリーの身を案じ、心配ではち切れそうな胸元をギュっと握り、幼い娘を守ることに集中した。
そしてこの時、多くの住人と同じく二人も放射能被爆していたことは言うまでもない。
避難所という名の被爆者隔離収容所に送還されたシエナとクレア。
ヴァレリーの死を聞かされたシエナは一瞬取り乱しそうになったが、クレアの小さな体を見て、それを抱きしめることで自分を保った。
それは夫の分まで娘を守るという決意が込められていた。
限られた生活環境の中でシエナはクレアに精一杯の愛情を注ぎ、クレアもまたこの環境下でも母のぬくもりを感じながら充実した日々を送っていた。
しかし、それは突然幕が閉じる。
2年後、シエナが被爆者特有の病気である白血病を発症。
実際、この施設から癌患者と白血病患者が多数でていた。
シエナは2年足らずで娘を残しこの世を去った。




