緋眼の末裔-4
2050年7/20
霞はまた同じ夢をみていた。
五年前、兄の八雲が戦地へと旅立つ日。
霞は17才であったがすでに任務に就き暗殺業を始めていた。
19才の八雲も東南アジアを縄張りに裏家業で成功しつつあった。
「じゃあ、行ってくるよ。」
八雲は優しい眼差しで霞を見つめて言う。
その表情をみて霞は二度と兄に会えないと気づいた。涙があふれる。
そんな霞は優しく抱きしめ、
「大丈夫。必ず帰るよ。」
と穏やか声で安心させる。
決まってそのシーンのあと、霞は目を覚ます。
この数日はこんな憂鬱な朝を迎えている。
次の大会には兄を殺したクローレ・プルシェンコが出場する。
霞自身、出場を決めたのは政府の命令や親の立場ではない。
まさにクローレ・プルシェンコへの復讐そのものであった。
優しく常に霞を守ってくれる兄が大好きだった。
兄の死を聞いたときの霞の感情は爆発寸前であった。
しかし、クローレへの強い殺意が霞のすべてを制御していた。
本来、優勝者この戦いに再び出場することはない。
一度出場すればその過酷さがわかる。もちろん再招集されることもない。
そして優勝者は莫大な賞金と共に、アンドロメダによる保護をうけ、生涯生命と財産を保証される。(アンドロメダ介入の殺人目標にされないという意)
だがクローレは出場する。
霞は父親が言っていた紅林の言葉を思い出す。
『10回目の節目の大会だ。
失敗はできない。アンドロメダも必死だ。
女限定だからなかなか出場者も見つからない。
男と違って名の通った戦闘員は少ないからな。』
現在、大統領直付の護衛長として、メディアに出る大統領の傍らには必ずクローレが立っている。
強さと美貌を持ち合わせたクローレの存在が、まさに今のロシアの象徴的な存在なのだ。
そしてアンドロメダとロシアのつながりは強い。
アンドロメダとしては女限定の記念大会の一番の目玉としてクローレを再び招集したい。
初の大会二連覇で今後の国際的軍事ビジネス(もちろん裏社会)に好影響が欲しいロシアの思惑が合致した結果であろう。
だがどのような理由や思惑があったとしても霞にとっては関係ない。
八雲の仇を討つチャンスである。そのためにこの五年間、いつか討つ時があると信じて死と隣り合わせのミッションを自らに課して鍛錬してきたのだ。
しかし、やっと得た絶好のチャンスであったはずが霞にとって大きな誤算が生まれてしまった。
(まさかルビーも参加するなんて…。)
参加者のリストを見ながら頭を抱える霞。
ルビー・ローズはアンドロメダ所属の凄腕スナイパー。
イギリス特殊部隊(UKSF)出身の27才。
霞より五才年上である。
ルビーとはアンドロメダからの依頼で派遣された要人警護で出会った。
元々、他人とのコミュニケーションが苦手な霞に、屈託なく優しく話しかけてくるルビーになぜか心を開いていった。
その任務の最中、突然の敵襲。
この時、霞は不思議な体験をする。
いち早く刀を抜いた霞を、後方から的確な援護でライフルを撃つルビー。
まるで昔から組んでいるような息の合った連携攻撃。
一瞬にして敵を制圧した。
初めて組んだバディに背中を預けるという通常では考えられない信頼感をルビーに感じた。
それから霞はアンドロメダ案件の仕事には必ずバディとしてルビーを指名。
叶わなければ、例え政府の高官からの説得にすら一切応じない強い意志をみせた。
そんな経緯で二人に生まれたのは友情。
共に命を預けられる親友となった。
長い休暇がとれたとのルビーからの連絡に、霞は来日を懇願し家に招いたことがあった。
東京を案内し、その夜は一晩中、様々な事を語り合った。
初めてできた親友との語らい。
明るい性格で気づかいのできるルビーに霞は魅かれていった。
そしてそれは愛に変わった。
本来、ルビーほどの上位傭兵はバトルフィールドなどの余興に参加させられるような人材ではない。スナイパーとして地位を築いたが、どんな銃をも扱えるエキスパートである。彼女を指名するクライアントも多い。
そこで再び紅林の言葉を思い出す。
(ルビーもしょせんは人数合わせの駒ってことね。)
愛する者同士が殺し合わなければいけない現実に涙があふれる。
そしてルビーとはまったく連絡がとれない。
霞はやり場のない怒りと葛藤に襲われていた。