シウダー・フアレス-2
2050年7月25日 太平洋上空。
機内、特別室。
「ルールはこんな感じ。
カスミ様、ご理解いただけましたか?」
クロエはすでにフレンドリーな態度で霞を名前で呼んでいる。
「はい、なんとか。行き先ってメキシコなんですね。」
霞はルールが表示されたタブレットをクロエに返す。
ルール説明まで至るのに、ガールズトークで盛り上がったことで距離がグッと近づいた二人。
コミュ障的な性格の霞が初対面でここまで心を開くのは珍しい。
もちろんこの死地へ向かう気弱の精神状態が誰かにすがりたい気持ちを生んだこともあったが、なによりクロエの人柄が大きい。
そして二人には共通の人物がいる。ルビーだ。
「ルビーは本当にいい子。
この世界の人間は横柄で粗暴な人ばっかり。
自分が特別だって勘違いしているの。
でもルビーは違う。
前方の敵と同じぐらい後方でサポートする仲間を見ている。
謙虚で人格がある。
まあ、こんな商売していて褒められたものじゃないけど、彼女は本当に素晴らしい女性です。本当に大好きです。」
ルビーを褒められたことに霞の顔がほころぶ。
その表情を見たクロエは、
「なんかかわいい日本人の彼女がいるって幸せそうに話してたわ。」
とイタズラな笑顔で言う。
自分だとバレていることに、照れる仕草をする霞。
しかし一転してクロエは寂し気な顔になる。
「ルビーもそうだけど、この短い時間で私はカスミ様も大好きになりました。
貴女の経歴からは想像もできないぐらい可愛いくて素敵な女性でびっくりしています。
コンシェルジュとして感情移入はしてはいけないのですが、もうカスミ様に会えないかもしれないと思うととても悲しい気持ちになります。
どうか…どうかご武運を…。」
そう言って席を立つクロエに、
「クロエさん、貴女が担当で本当によかった。
ありがとうございます。最後までよろしくお願い致します。」
と霞は言って照れた表情で頭を下げた。
この霞の姿に、クロエの心は揺れ動く。
北欧での軍医時代に多くの仲間を戦場で失ってきた。
人を救いたいと思い医学の道へ進んだのに、自分がやっていることは死に向かって兵士に治療という名の修理をしている。まるで機械のネジを締めなおすかのように。
そんな人生に嫌気がさし、それが日々当然のアンドロメダへ入社した。
この医の道しか生きる術がないクロエにとっては、その人生の負担を減らす唯一の手段でもあった。
医者としての知識と技術を感情無しで使えるアンドロメダは、クロエにとって今まで抱えていたストレスやトラウマを忘れさせた。
ただ人間らしい感情を失っていくことも実感していた。
だが目の前の霞の姿が、本来の懇親的なクロエの本能に刺さる。
心から生きて帰ってきてほしいと思った。
「お持ちの通信機器は、フアレス空港到着時にすべてお預かりいたします。
大会中は私が責任をもって管理致します。
もちろん大会終了時、お帰りの際にはお返しいたします。
だから…一緒に帰りましょう…カスミ様。」
慈愛に満ちたクロエの瞳に、霞は笑みで応えた。
そしてグッと顔を近づけて耳元で小声で、
「シャロンとは戦ってはダメ。遭遇したら逃げて。」
と言い背を向けた。
(シャロン?)
霞は不思議顔でただクロエを見送るしかなかった。
クロエが部屋を出た後、霞はスマートフォンを開いた。
通信はすでにできない状態となっている。
メッセージボックスを開くと、同じ草場流の仲間たちから激励のメッセージが入っていた。
「アカネちゃん、蔵之介くん…幸助さん、恭介さん…みんな…。」
そのメッセージをみた霞の眼から涙がこぼれる。
突然襲う寂しさや心細さに霞はスマートフォンを抱きしめて泣き続けていた。




