9.聖女の回想 其の二
発覚したのは、リュートの怪我が異常な速さで治ったことからだった。
毎日のように馬鹿みたいな所業を繰り返す落ち着きのないリュートは、いつも身体のあちこちに怪我をしていた。
擦り傷や切り傷、打ち身によって痣ができるなんてしょっちゅう。
1番驚いたのは、お母さんに料理を教わっていた時のこと。
沸騰したお湯が入った鍋の中に乾麺を入れるように言われたリュートは、何を思ったのか素手でパスタを掴んで鍋の中に手を突っ込んだのだ。
「熱すぎて死んでしまうぞ」なんて冷静な口調で言われた時には、とうとう気が狂ったのかとヤケドではなく頭の心配をしてしまったほどだ。
ちなみにリュートはお母さんから料理禁止令を出された。
ガックリ肩を落として落ち込むリュートの姿はちょっと可愛かっtゴホン!
そんな感じで怪我の絶えないリュートの手当てをするのはアタシの役目だった。
といってもアタシは医者じゃない。
あくまで応急手当てするだけで、その後の治療は保健室でしてもらえって言うんだけど。
「もう治ったわ!」
嘘だ。やせ我慢だと怪我を確かめると、いつもものの数分で治ってしまっているのが常だった。
だからアタシは、リュートが常人とは比べものにならないくらい身体が丈夫なんだと思っていた。
はっきり異常だと気付いたのは、リュートが骨折した時。
食堂の屋根が雨漏りするので修理をお願いしたら、足を滑らせて落っこちた。
腕が普通とは逆の方向に曲がっていたから怖かったけど、なんとか包帯で固定してあげてそのまま近所の医者のところまで連れていった。
そこで包帯を外したら、もうその時には腕が元通りになっていた。
驚いたけど、リュートが無事だったから安心して思わず泣いちゃったアタシは悪くないと思う。むしろ心配させたリュートが悪い。
問題だったのは、リュートの骨が折れたのにすぐ完治して戻ってきたのを王宮で働く人が見ていたこと。
たまたまその日、食堂にご飯を食べにきていた人はそのまま異常を報告した。
そして学院でアレコレ調べられた結果告げられたのは、アタシが『聖女』だという事だった。
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聖女になったアタシは、国の為に働かないといけない。
今はまだ学生だからいいけど、学院を卒業したら国内を巡って、怪我や病気に苦しむ人々を助けるんだって言われた。
嫌だ。
苦しむ人たちを救う事がじゃない。アタシの夢を諦めなくちゃいけないのが嫌だった。
見ず知らずの誰かよりも、アタシは自分のお母さんに幸せになってほしかった。
その為に勉強を頑張ったから。
聖女になることでそれが叶わなくなる方が嫌だった。
アタシの家族だから生活も保障されるし、お金をたくさんもらえるからそれでいいだろう。
偉い人は言った。
それでも嫌だと言い張れば、今度は説得から脅しに変わることはアタシにも分かった。
だから、渋々従うことにした。
でも、その次に要求されたことは絶対に嫌だった。
結婚する相手は、国が用意した3人の中から選ばないと言われた。
学院でも会話したことがないような、偉い貴族の息子たち。
そこにリュートの姿はなかった。
どういう理由で3人に絞られたのか、詳しい理由は教えてくれなかった。
ただ、その中から選ぶこと、違う人とは結婚できないと言われた。
アタシが生涯、隣にいてほしい相手はもう決まっていた。
でも、その人の名前を出した瞬間に強く睨まれて、怖くて黙ってしまった。
アタシに選択肢はあるようでなかった。
「どうせ将来が決まってるんだったら、学生のうちは好きにさせてもらいます」
それは、アタシのせめてもの抵抗だった。
セドリックの父親だという男性は、バカな動物を見るような目でアタシを見ると勝手にしろと言った。
あと数年。これからの長い人生の中で、ほんの短い間だけでも。
アタシは彼の隣に居たかった。
婚約者候補とのお茶会だったり、聖女としての勉強とか色々あったけど、それ以外の時間はずっと、今まで以上にリュートに付き纏った。
それでも鬱陶しいとか言わず、いつも通りに接してくれるリュートが、アタシは本当に好きだった。
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聖騎士候補の3人が、悪い人だったわけじゃない。
少なくとも2人はアタシのことを本気で想ってくれた。
セドリックは生真面目だったけど、貴族らしい厭味ったらしさがなくて楽だった。
ユードリックは小さくて可愛かった。同い年だけど、弟とか妹のようだった。
でも、ジェームズは嫌だな。
あの他人を見下すような目は、セドリックのお父さんの宰相みたいで。
まさに貴族って感じで嫌だった。
アタシのことを見ているようで見ていない彼のことは、心底気持ち悪かった。
セドリックと結婚しても、ユードリックと結婚しても、アタシは幸せになれると思う。
2人とも本当に優しいし、アタシのことを尊重してくれる。愛してくれている。
だから邪見にはしづらい。
本当に良い人たちだから。
でも、アタシの気持ちは未だにリュートから離れられなかった。
目を閉じれば、リュートが隣で笑っている未来ばかりが浮かんでくる。
卒業まで時間があまり残されていない。
アタシの気持ちがどうであれ、リュートと結婚する道はない。
それなのに、未練タラタラな自分が何より嫌だった。
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「困ったなぁ……」
「どうしたの? お腹痛い?」
リュート離れが出来ない自分に自嘲していると、膝の上でユーリ――ユードリックが心配そうに見上げてきた。
「なんでもないわ」
「そうは見えないけどな~」
頼ってもらえないのが不満なのか膨れっ面するユーリの髪に櫛を通しながら、どうしたものかと考える。あ、枝毛。
「そういえば、セドリックは大丈夫かしらね」
リュートとケンカして大騒ぎになってなければいいけど。
そうポツリと漏らすと、ユーリが難しそうな顔をして唸った。
「……セドリックって、嘘つけないよね」
「ええ、そうね」
真正面から本音で相手にぶつかっていくのは好ましいと思う。
それが貴族らしくないから、アタシの婚約者候補になんか選ばれちゃったんだろうけど。
「………………アンズが聖女だってこと、言っちゃわないかな」
「え゛」
聖女と聖騎士については、機密事項となっている。
国王さまを始めとする一部の関係者にしか知らされていない。
それ以外の誰かに漏らすことは厳罰対象になる。
良くて処刑、悪くて処刑だって言われたっけ。
いや同じじゃん。
「ありえる……」
セドリックは嘘が付けない。
特に今はジェームズが死にかけて、頭に血がのぼっている状態。
『もう二度とアンズに近付かないよう、しっかり釘を刺してやる!』
なんて息巻いてたし、ポロッと漏らしててもおかしくない。
「い、いや~、まさかね?」
「……一応、確認しに行った方が良いんじゃないかな?」
「そうね。そうしましょう」
セドリックごめん。やっぱり貴方のこと信頼できないわ。
悪い人ではないのよ? うん。でも秘密を守るかどうかについては、うん。
「行きましょうユーリ。最悪の事態を防ぐわよ」
「うん、そうだね! 行くよジェームズ――あれ?」
そういえば、いつのまにかジェームズがいないわね。
まあいっか。それよりもセドリックとユーリを探すことが先!
お昼休み終了まで残り5分。
アタシとユーリは、大慌てで駆け出した。




