8.チョコが腐る
「……理由は何だ。ジェームズも立派な聖騎士候補の1人だぞ」
うわあ、不機嫌。
そんなにしかめっ面するなって。せっかくのイケメンが台無しだぞ。
「私の友人を馬鹿にするな。言い様によってはこちらも考えがある」
……セドリックさぁ、腹の探り合いとか苦手だろ?
そんなあからさまな脅し方があるかよ。もうちょっと遠回しに比喩とか用いて釘を刺すのが貴族の話術ってやつだろ?
俺との対話も、自分が持つ情報全部曝け出して本音でぶつかってくるしさ。
俺個人としてはセドリックみたいな実直な奴は嫌いじゃないけど、貴族社会ってのはそういうバカ真面目な奴が食い物にされる世界だ。
宰相なんて政治のトップなら、なおさらそういう腹話術は必要不可欠なはずだ。
まあ、そんなに仲良くもない、まともな会話すら今日が初めての俺が気付くんだ。セドリックの親御さんもとっくに気付いてるんだろうな。
「何が言いたい」
いや俺も詳しい制度とかは分からないんだけどさ。
セドリックは聖騎士になりたいんだろ?
それは聖女の傍を離れず、常に見守っていなきゃいけない役目だ。
じゃあ、他の仕事は出来ないよな?
「何が言いたいと訊いているんだ!」
怒鳴るなよ。
さっきから自分の都合が悪くなると怒ってばかり。
そういう短気なところも貴族には向いてないよな。
というか、怒るってことは薄々自分でも気が付いてるんだろ?
まあつまり、そういうことだよ。
お前は宰相にはなれない。
「そんなはずはない! 私はたしかに父上から聞いた!
私こそが侯爵家を、宰相を継ぐ長子だと!」
それ、何年前の話だよ。
少なくとも聖騎士候補になってから、宰相がどうのこうのって聞いたか?
何だったら、宰相になるための教育みたいなのされたことあるか? もし以前は教育を受けていたとして、最近になってそういうのがなくなった覚えはないか?
……図星みたいだな。
見放されたんだよ、お前。血筋がどうとか、親の役職は子どもが継ぐって慣習とかはあるけどさ。
その役職だって、奪い奪われて血と憎悪に塗れた椅子の上に座ることで手に入れることが出来るんだ。
貴族の権力争いってのは食うか食われるかの弱肉強食だ。
単純な武力じゃない。誰かを陥れる為の陰謀だったり裏切りだったり、そういった人のドロドロして汚い部分を煮詰めてビン詰めした場所。
それが王宮だ。
真正面から腹を割って話して、誰もが納得できる万能な政策を作ってはいおしまい。
政治ってのはそんなお遊戯じゃないんだよ。
別にこれくらい詳しくも何ともない。
貴族に生まれたからにゃ、どんな馬鹿でも当たり前のように持ってる常識だ。
たしかアンズと同じクラスだったっけ? すごいじゃん、一番上のクラスだ。
成績別で割り振られるうちの学院で最上位。誇っていいよ。
俺みたく最底辺のクラスで適当こいてる奴とはえらい違いだ。
身分だって違う。侯爵さまだっけ? すごいな。尊敬するよ。
だけどな。
どんだけ勉強が出来ても権力闘争ってのは勝ち残れないんだよ。
お前の言葉には裏がない。
真の狙いも、動機も、思考も、手に取るように分かる。
こんなバカな俺でも分かる。
ハッキリ言ってやるよ。
お前は宰相に向いてない。
父親も分かってるんだろうな。
だから、少しでも侯爵家の権威を高めるためにお前を利用した。
利用ってのは言い方が悪いか。
貴族として家の為に心身を捧げるのは当然だもんな。
とにかく。
お前が聖女の心を射止めて聖騎士になってしまえば侯爵家の権威や発言力は大きく飛躍する。
王太子殿下の心を射止めた令嬢を持つ公爵家と肩を並べるくらいにな。
まったく反吐が出るぜ。
恋だの愛だの、学生気分で遊び惚けてる奴らがよ。
いつまでも子どもでいられると思ったか?
まったくの打算なく大人がこの学院に通わせてると思ったか?
この学院は、貴族社会の縮図に過ぎない。
誰の派閥に入り、誰と敵対するのか。
自分の価値を高める為、学問に力を入れるのか剣術に身を費やすのか。
卒業後に自分がどうやってのし上がっていくか、その為に何をすべきか。
皆、そんな風に生きてんだよ。
自分は違うってか?
ああそうだろうよ。自覚のない一部のお坊ちゃんたちは違う。
好きなことやっても許される。なぜなら親がすごいからな。
王族、公爵家、侯爵家。
我が国でTOP3に入る権力者の子どもだ。
そりゃあ周りに気を配る必要なんてないわな。
その椅子にあぐらかいて座ってりゃいいんだから、ずいぶん気楽なもんだろうよ。
まさかジェームズが、ユードリックが。何の打算もなくお前と友だちやってると思ってるのか?
……いや、ユードリックはそうかもしれないな。
いきなり決闘挑んでくるバカだから、何考えてるか逆に分からない。
俺と同じだ。突拍子もないこと仕出かすバカだから、アンズもユードリックのことは気に入ってるのかもな。
そういう意味ではセドリック、お前も似たようなもんだ。
良かったな。その貴族らしくない竹を割ったような性格、アンズはきっと好きだぞ。
その調子でおとなしく、親の敷いてくれたレールの上を歩いてろよ。
そうすれば、人並みには幸せな人生が待ってるさ。
お前が本当になりたかったモノには、絶対になれないだろうけどな。
別にいいじゃん。
好きな女とイチャイチャしながら過ごす人生は、きっと悪いもんじゃない。
アンズを大切にしてやって、幸せにしてやれる。
そういう奴だったら、俺だって安心して任せられる。
……大切な、友だちなんだよ。
どれだけ頑張ってるか、ずっと近くで見てきた。
それが報われてほしい。幸せになってほしいんだ。
きっと俺じゃあ、無理だからさ。
そんな資格も、力もない情けない奴なんだよ。俺って奴はよ。
………………なんだよ。そんな目で見るなって。
慰めんな、謝んな。キモいんだよ。男に憐れまれる趣味はねえ。
今日初めて、まともに話して分かったよ。
お前、良い奴だ。
夢を笑って馬鹿にして、悪かったよ。
まあ、ぜんぶ事実だけどな。それは受け止めてくれ。
まあ、お前にだったらアンズを任せてもいいかな、くらいには思えたんだよ。
だけど、ジェームズ。
あのロン毛だけは駄目だ。
セドリックやユードリックとは違う。
今日の出来事をよ~く思い出してみろ。
ユードリックはさっき、俺に決闘を挑もうとしてきた。
セドリックは今、俺と1対1で説得しに来た。
どっちも、アンズを俺から奪いたいからだ。
で、ジェームズは?
ユードリックの後ろをチョロチョロしてただけ。
自分でその借りを返そうともせず、兄貴分のセドリックに泣きついただけ。
好きな女の為に自分の身体も張れないような奴が、聖騎士になって本当にアンズを守れるのか?
あいつが興味あるのは、聖女と結婚したことで得られる莫大な権力と地位、名誉、財産だけだ。
知ってるぞ、あの人を値踏みする気持ち悪い目を。
俺が王都に来た時、どれだけ蔑まれ馬鹿にされ相手にされなかったか。
地位も低い。財産もない。何か特筆するような実績もない。
貴族として圧倒的に無価値。いてもいなくても気付かれない塵芥。
それが俺だ。
そんな俺を仲間外れにする。それが悪いことだとは思わない。
貴族社会がそういうものだってのは、身に染みてよく分かってるさ。
でも、アンズは違うだろ。
平民だぞ。本当ならこんな醜い争いに巻き込まれるような人間じゃない。
聖女だからって、政治の道具にされていいわけじゃない。
俺の友だちがボロ雑巾のようにコキ使われるのは嫌だ。
アンズを守ってやれる奴が聖騎士になるべきだ。
でも、たぶんだけど。直感だけど。
セドリックはそんなこと絶対しないだろうけど。
ジェームズは平気でアンズをお偉いさんに捧げそうな気がする。
媚を売り、身内を売り、自分の為なら何でもする。
ジェームズはきっと、そんなよくいる貴族の1人だ。
………………なんで分かるのかって?
あっち見てみろよ。
ちょうど、王太子殿下たちが食堂に入ってきたところ。
王太子殿下の取り巻きに、よく見知った顔がいるだろ?
あの気色悪いロン毛がよく目立つ。
そうだよ。ジェームズだよ。
本来ならお前の隣にいるべき、大切な友だちが王太子に向かって媚売ってるのがよく見えるよな?
セドリック。お前、見捨てられたんだよ。
なあ、よく見てみろ。
あの下卑た笑いを。欲望に濁った眼を。
あれがアンズを売らないって、断言できるか?
俺にはできない。どう見たって、自分の保身の為にアンズを王族に人身御供に捧げそうな、そういう下衆野郎にしか見えないんだよ。




