7.聖女の回想 其の一
昔から、物覚えは良い方だった。
お母さんがやってる事は一目見ればすぐに出来るようになったし、本を読めばその中身はまるまる暗記できた。
お母さんが切り盛りしてる食堂には、色んな人が訪れる。
あちこち旅してる商人だったり、王都を守る騎士だったり、王城で働く官僚までいた。
色んな知識や経験を持つ人から、色んな事を教えてもらった。
興味津々でアレコレ訊いてくる子どもの相手をするのは楽しい。
そう言って算術を教えてくれた人が、アタシを貴族学院に推薦してくれた。
そこで勉強すれば、お母さんに楽をさせてあげられると思った。
毎日、日が昇る前から仕込みの為に起きて夜遅くまで食事を作り続ける、あかぎれしたお母さんの手に撫でられるのは好きだったけど、同時に痛々しく見えていたから。
いっぱい勉強して、いっぱいお金稼いで。
いっぱい幸せになってほしかった。
貴族学院に入学してしばらく経ったある時。
ひたすら勉強していたアタシは、その日も放課後に図書館へ寄って本を読んで勉強していた。
どのくらい集中していたのか分からない。
とりあえず小休止しようと顔を上げたところで、すぐ近くの席に座っている男の子に目が向いた。
ものすごい集中力で本を読んでいる。
どこか鬼気迫る様子で紙の上に目を走らせている男の子に仲間意識のようなものを感じた。
いったい何の本を読んでいるんだろう? アタシは気付かれないようにそーっと本のタイトルを盗み見た。
『食べられる野草の見分け方』
………………はい?
見間違いかな?
思わず二度見、どころかガッツリ見てしまう。しかし、男の子がそれに気付く様子はない。本のタイトルが変わる様子もない。
え? 明日からサバイバル生活でも始めるつもりなの?
貴族学院の制服着てるよね? というかここ学院の図書館だし。
アタシと同じ平民ってことはない。今年の特待生はアタシ1人だし、2学年上にいる特待生の人は女性だったし。
この学院に現在在籍している特待生は2人だけ。つまり彼は普通の貴族……なはず。
どうしよう。さっきまで勉強熱心な仲間だと思ってたけど勘違いだったかもしれない。
よく見たら頬が痩せこけてる気がするし、両目も血走っていて文字通り、必死って感じがする。
「――――よし!」
男の子が突然立ち上がった。
近くの本棚に本を戻して、走って図書館を出ていく。
突然の出来事に、司書の人も注意するのを忘れてポカンと口を開けている。
……大丈夫かな?
あまりに鬼気迫る様子だった男の子が気になる。
十分に目と手は休めたし、勉強を再開しようとするけど、どうにもさっきの彼のことが頭をよぎって集中できない。
ちょっとだけ、様子を見に行ってみよう。
荷物を片付けて、図書室を出る。
すっかり顔馴染みになった司書の人に声をかけられた。
「あら、今日は早いのね」
「ええ、ちょっと用事が出来まして」
とはいえ、あの男の子がどこに行ったかは見当が付かない。
なにせこの貴族学院の敷地は無駄に広い。
野草を探すなら、ひょっとしたら郊外まで行ってしまったかもしれないし。
まあ、家までの帰り道のついでに探すくらいにしておこうか。
アタシだって他人に構ってられる余裕がある訳じゃない。
平民の無学なアタシが幼少期から勉強してきた貴族の人たちに追い付くには必死こいて勉強するしかないのだ。
というわけで、アタシの家がある方向。学院の裏庭に足を運ぶ――
「うまい! うまい! うまい!
苦いし、臭いし、えぐ味が半端ないけど3日ぶりの食事だからめちゃくちゃうまい!」
うわぁ……。
地面に這いつくばって草食べてる。
なにか得体のしれない草食動物みたい。
え? あれアタシと同じ人間だよね? ちょっと気色悪すぎて信じられないんだけど。
「んぐっ!?」
あれ、動きが止まった。
「グォオオオオオオオ!? は、腹がああああああああああ!!」
何やってんのコイツ!?
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
慌てて駆け寄る。
うわあすごい。まるで打ち上げられた魚のようにビッチンビッチン飛び跳ねてる。
「し、死ぬ! このままだと死んでしまうぅ!?」
「駄目よ、こんなところで死んだら学校に迷惑がかかるでしょ!」
「フォローされてるようでされてない気がするんですけど!?」
ど、どうしよう。
触りたくないくらいキモイけど、とりあえず背中でもさすってあげれば落ち着くかな?
保健室に連れていこうにも自力で歩いてもらわないといけないし、とりあえず落ち着かせよう。
「あっすごい。ちょっとだけ気が楽になってきた気がすオロロロロロロロロ」
イヤアアアアアアア! 吐いたああああああああ!!
「助かったよ。なんせお金がなくてパン1枚すらまともに食べられなくてな」
「いきなり普通に喋ってんじゃないわよアホんだらぁ!」
---
草を食べるという奇行をした男の子――リュートは、予想通りに貴族だった。
でもリュートの実家はかなり貧乏らしくて、本当なら貴族学院にすら通えないほど困窮していたらしい。
代わりに学費を払ってくれる人のおかげで学院に入学することが出来たけど、つい先日いきなりその援助を打ち切られてしまったらしい。
そうして生活費として確保していた分を学費に回さないといけなくなったせいで、貴族で学生なのに飢えに苦しむという状況に陥ったらしい。
という話を、アタシの実家である食堂でご飯を食べさせてあげながら聞いた。
「うめえ……! こんな美味い飯は生まれて初めてだ……!」
そうでしょう、そうでしょう。アタシのお母さんが作るご飯は世界一なんだから!
ボロボロと涙を流しながら食事を頬ばるリュートに、鼻高々に自慢した。
調子に乗るなと頭を叩いたお母さんも満更でもないらしく、食いっぷりのいいリュートを気に入ったようだった。
このまま学院で勉強するためには、自力で生活費を何とかしなくちゃいけない。
悩みを相談されたアタシとお母さんは、この可哀想な少年をうちで働かせてあげることに決めた。
バイト終わりにはちゃんと食事も出るし、お給金も相場より数割増しだ。
この好待遇で迎えてあげたリュートは、涙と鼻水を流しながらお礼と謝罪を何度も繰り返した。汚いから顔洗ってきて。
学院に通う貴族の人たちはどこかアタシみたいな平民と自分たちを別の存在として見くびってる雰囲気が伝わってきた。
リュートの貴族らしくなくて気楽に話しかけてくれる人は珍しかったから、嬉しかったし仲良くなりたかった。
学院で初めてできた友だちと一緒にいるのが楽しくて、気が付いたらずっとリュートに付き纏うようになった。
もしかしたら迷惑だったかもしれないけど、リュートが構ってくれるのが嬉しくて勉強するかリュートと遊ぶかの極端な学校生活を過ごした。
たまに想像もできないようなバカをやって、それをアタシが叱って。
いつもはふざけた言動をしてるけど、バイトしてる時や行事で前に出る時なんかは真面目で一生懸命。やる時はしっかりやる性格が好みだった。
リュートは男爵だけど周りにアタシ以外の女性はいなかったし、リュートのお母さんも平民ながら貴族のお父さんと恋愛結婚したらしい。
アタシはボンヤリと、近い将来にはそうなったらいいなって思い始めていた。
リュートは勉強が苦手だから、領地の経営とかは苦手だろう。一方でアタシは勉強が出来るし、経営学が向いているらしくて先生にも褒められる。
だから、リュートの代わりにそういった仕事をしてあげてもいい。
実際に、これまで何度かリュートから男爵領の収入を改善するにはどうしたらいいか相談を受けたこともある。
食堂で仲良くなったお客さんの中にリュートの領地を通って交易をしている商人がいたから紹介してあげたら、とても喜んでくれた。
貴族とか平民とか関係なく、リュートと一緒にいたい。いつしかそう思うようになっていた。ずっと一緒に居られたら、きっと幸せになれるだろう。
お母さんもリュートのことは気に入っているし、食堂なら王都じゃなくても出来る。何なら男爵家お抱えの料理人になってほしいなんてリュートが軽口叩いてたっけ。
そんな風に漠然と幸せな未来を頭で思い描き始めていた時だった。
アタシが『聖女』だと言われたのは。
エロゲしたいので、明日の更新はお休みです。