6.チョコが渋い
「ジェームズが世話になったようだな」
誰それ?
昼休み。知り合い1号から強奪したプリンに舌鼓を打っていると、メガネをかけたイケメンが正面の席に座った。
「いつも私と一緒にいる髪の長い男がいただろう」
ああ、あのナルシスト。
なんだアイツ、金玉潰されたのを三人衆リーダー格のメガネにチクったのか。見た目通りクソダサいな。
「股間は無事でした?」
「ああ、アンズが治療してくれたおかげですぐ良くなった」
チッ!(クソでか舌打ち)
余計なことしてくれたなアンズめ。あんな奴、存在自体が末代までの恥なんだから生殖機能を奪ってしまえばよかったのに。
「……貴様くらいのものだ。身の程知らずにも私に歯向かってくるのはな」
ちなみにこのプリン、なんとチョコレート味だ。バレンタインデー仕様らしい。
ミスった。味変しようとプリンにしたのに結局チョコの味になってしまうとは。
じゃあ知り合いに返してやれって? やだね。これは俺のもんだ。
「分かっているのか!? 私は次の宰相となる男だぞ!」
明らかに話聞いてないのがバレたのか、メガネがイライラしてる。
まあまあ、そう怒るなって。カルシウムと糖分足りてないんじゃない?
チョコでも食べたら? アンズからもらったでしょ?
「………………もらっていない」
あっ(察し)。ふーん?
「な、何を笑っている!?」
なんでもないよー?
あっ、こんなところにアンズからもらったチョコがある! 食べちゃおー!
「こ、この外道が!?」
フハハハハハ! 負け犬の遠吠えが耳に響いて心地良いのぅ! チョコは美味いし気分は良いし、鼻血は赤いし最高だぜ!
「あびゃー」
「馬鹿なのか貴様は!?」
すいません、マウント取りたいがために調子乗りました。
朝も鼻血出したばっかなのにまた出しちゃった。
ごめんねメガネくん。ハンカチ汚しちゃったね。
「いいから抑えていろ! まったく世話の焼ける……」
いい兄貴分だねメガネくん。あのヤンチャちびっ子から好かれる理由が分かった気がするよ。さすがメガネは伊達じゃないね。
「さっきからメガネメガネと……」
なんだよ。事実を言われて怒るなんて宰相らしくないぞ?
チョコでも食べたら? あっ! チョコもらってないんだっけ~?
や~い非モテー! いやぁモテる男はつらいですなぁ! どこぞのメガネと違って!
「ぶっ飛ばすぞ貴様」
ホームランダービーへの参加人数が順調に集まってきてる……。
そろそろバットでも持ってきた方が良いかな? どう思うメガネくん。
「私にはセドリックという名前があるんだ!
友人の彼らにも、ジェームズとユードリックという立派な名前がある!
きちんと名前で呼びたまえ! 失礼だぞ!」
はい。ごめんなさい。
いや、別に俺も名前で呼びたくない訳じゃないんだよ?
でも君たちの名前知らなかったから、適当な目印つけて呼ぶしかなかったっていうか――
「む、そうだな。名乗っていなかった私たちも悪かったか。すまない」
いいってことよ。さすがメガネくん。話が分かるー!
「よし分かった死にたいようだな」
「ホントごめんなさいセドリック様」
父ちゃんから教わった必殺・土下座を披露する。さすがに嫁さんももらってないのに死にたくないですどうぞ許してクレメンス。
え? セドリック『様』はいらない? でも次期宰相ってことは今の宰相さま、つまり侯爵の息子でしょ? それじゃあ敬称付けた方が良いんじゃ……いらないんですね、分かりました。
で、何の用事だったっけ?
「なぜ貴様は私たちに喧嘩を売るのか、という話だ」
売った覚えも買った覚えもないんですが?
え? 失礼な物言い?
………………すいません。これが素の自分なんです。
「それだけじゃない。アンズの周りをウロチョロするとは目障りな――」
「あぁ、それずっと前から不思議なんだよね」
アンズって、言い方は悪いけどたかが平民じゃん?
勉強できるから学費免除の特待生って扱いで貴族学院に通ってるけど、身分の差ってのは学院内でも多少は現れる。
平民は平民同士で固まるのが常だし、貴族と関わるにしてもせいぜいが男爵子爵って下位の貴族くらいなもんだ。
つまり、俺とかユードリック? みたいな奴がアンズと交流を持つのは分かるんだけど、伯爵家とか侯爵家の跡取りが明らかに平民を優遇するような形で友好関係を築くのは何でなのかなって不思議なんだよね。
アンズの実家が豪商で王国内の商業を牛耳ってるとかだったら話は変わってくるんだけど、ただの家族経営の飲食店だ。
侯爵や伯爵が仲良くなるメリットを感じられない。
まあ、身分の違いなんて気にならないくらいアンズが好きなんだとしたら、それは構わないんだけどさ。
「貴様は何も知らないのだな」
鼻をフンッて鳴らされた。花粉症かな? 王太子殿下といいセドリックといい、今年の春は杉の猛威が社交界に大打撃を与えそうだね。全部伐採しないと(使命感)。
「アンズには、聖なる癒しの力が宿っている」
どうしたの? 急に妄想と現実の区別がつかなくなった? 金玉蹴り飛ばしてあげようか?
……冗談だよ。そんな必死に股間を守らないでよ。
「ゴホンッ。無学な貴様でも『聖女』の伝承くらいは知っているだろう?」
王国に危機が迫る中で現れる神の御使い、でしょ?
あらゆる厄災を払い除け、王国に繁栄をもたらす奇跡の存在。
聖女を支える伴侶は聖騎士と呼ばれて全ての悪意から聖女を守るとかなんとか。
「そうだ」
「で、その聖女がアンズ?」
「そうだ」
………………嘘だぁ。
そんな大昔の伝承を大真面目に信じてる人がいるかね。
神話とかそういう類のおとぎ話でしょ? 現実に聖女がいたかも怪しいって言われてるし。
「いや。聖女はたしかに実在していたし、私たちのごく身近にいる」
仮に百歩譲って聖女が実在するとしても、それがアンズだって証拠は何だよ?
「貴様にもあるだろう? アンズに治療された傷があっという間に治癒した経験が」
……まあ、たしかに。
チョコ食べすぎが原因で出た鼻血はまだ止まらない。
朝、アンズにハンカチもらった時はあっという間に止まったのに。
「ジェームズの治療がすぐ終わったのもアンズのおかげだ」
おのれ聖女許すまじ。
そうか、お前だったのか。
俺の全てを賭けた必殺の金的蹴りを無に帰したのは。
許さん。許さんぞアンズ! 世界がお前を許しても、この俺だけはお前を許さない!
「今の説明で信じるのか……」
信じろって言ったのはセドリックじゃないか。
過程は良いんだよ。大事なのは結果だ。
食堂のおばちゃんもそう言ってた。
最終的に美味い飯が出来ればいいんだってさ。
「まあそういう訳で、アンズは王国の未来を守るために重要な人物なんだ」
なるほど。
まあ疑い半分ってところだけど分かったよ。
で、そういうのって王太子殿下とか王族がアンズを保護するもんじゃないの?
たしかに侯爵家は国内でも有数の権力を持つ貴族だけど、アンズにちょっかい出してたら王家が黙っちゃいないんじゃない?
「私たち3人は、アンズの聖騎士候補だ」
なるほど。王太子殿下は国王になるから聖騎士にはなれないと。
だから貴族令息の中から、有力な奴が聖騎士候補に選ばれたと。
つまりアレか。将来はアンズと結婚するための婿候補。
アンズは国のために働いてもらう代わりに好きな奴を選べ的な?
「そういうことだ」
なるほど。だからアンズと仲良くしようと必死だったわけだ。
アンズのことを特別好きだって訳じゃなかったのか。
「いや、そういう気持ちもある」
チョコの1つももらえないのに女子に付き纏って「好き」だのなんだの、一歩間違えればストーカーだぞ。
「グッ……! 放っておけ!」
いやいやこれは大事なことだよ。
セドリックたちがアンズに絡みだしてからだいぶ経ってるぞ。
それこそ年単位だ。それだけ時間を費やして女1人落とせないなんて、イケメンの名が聞いて呆れるぜ。
「だが、お前はそもそも聖騎士候補ですらないだろう?」
うん? そりゃそうだけど。
………………あぁ、そういうこと?
聖騎士になる資格がないんだから、アンズと仲良くするなって?
「そうだ。聖騎士候補の選出には王家と公爵家を始めとする多くの有力貴族が関わっている。
その中から聖騎士を選ぶことはアンズにも命令されている。
これは王国の意思であり決定事項だ。覆ることはない」
まあそりゃ、田舎の存続ギリギリの男爵家から聖騎士候補が選ばれるわけないわな。
俺には権力闘争とかよく分からないけど、色々と難しい話があったんだろ?
ポッと出の、来年の学費の支払いすら怪しい、大して成績も良くない落ちこぼれが聖女様と仲良くしていたら困る人が大勢いるわけだ。
だから、俺に身を引けと?
アンズと関わるなっていう訳だな?
「そうだ。貴様にアンズと関わる資格はない」
そうかそうか……。
セドリックの言うことはよく分かったよ……。
「分かってくれたか」
ああ、よく分かった。
分かったよ。
その上で言わせてもらう。
「なに?」
アンズからもらったチョコ、マジうめえええええええ!!!
こんな美味いもんすらもらえない婿候補、マジざまああああああ!!!笑笑笑
「きっさまぁああああああああああ!!」
やーいやーい、ブチ切れてやんのー。
「もういい! 貴様がどうなっても私は知らん!」
すっかり怒って顔を真っ赤にしたメガネことセドリックくん。
どうやら糖分が足りていないようですね。
まあ俺のはやらんけどな!
「あぁ、そうだ。1つだけ言っとくことがあったんだ」
「なんだ! 貴様と話すことなんて何もな――」
「ジェームズ。あいつだけは聖騎士にするなよ」
セドリックの真っ赤な顔が、スッと元に戻った。