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52.寝取られたけどチョコが美味い 王太子side

 おかしい。

 どうして私のレイアが、他の男に抱かれているんだ?

 どうして淫欲に溺れたように恍惚としながら、獣のように腰を振っているんだ?


 あんなのはレイアじゃない。

 レイアというのは純真無垢で、一途に王太子を慕っている、可愛らしい少女であるべきだ。

 断じて、王太子以外の男に股を開き嬌声をあげる売女じゃない。


 だから、アレは私のレイアじゃなくて、もっと違う何かなんだ。




---




 気付けば私は椅子に座らされ、出された紅茶を飲んでいた。


「顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」


 横から声をかけられる。そちらを向くと、騎士たちを蹂躙したあの化け物執事がにこやかな笑みを浮かべている。

 その目がまったく笑っていないことに気付いた私の喉がヒュッと恐怖に音を鳴らす。

 思わず口から出そうになる悲鳴を精一杯の理性で押し留め、王族としての虚勢を張る。


「だ、大丈夫だ。気にしないでくれ」


 ティーカップを傾け中の紅茶でカラカラに渇いた喉を潤す。

 恐怖でろくに味も分からないまま飲み干すと、ようやく少しだけ平静を取り戻せた気がした。


「もう下がっていいよ、ジイさん。ありがとね」

「はい。それでは御前を失礼させていただきます」


 私の目の前に座っていた人が執事を下がらせる。

 ホッと安堵したのも束の間、対面している相手の顔を見て私の背筋は再び強ばる。


「レイア……」

「昨日ぶりですね、王太子殿下」


 いつもと同じような満面の笑みで私に笑いかけてくれるレイアがいた。

 ……いや、違う。

 さっきの執事と同じ、目が笑っていない、まるで私のことをゴミだと言わんばかりに蔑んだ目。

 思い返せば、ずっと前から──そう、出会った時からレイアはこんな笑い方をしていなかったか?

 本心をひた隠した愛想笑いを。


「ち、違う。キミはレイアじゃない」

「……ハァ?」


 乙女ゲーのレイアは、もっと感情を表に出していた。

 嫉妬や怒りといった感情を人に向けることはあっても、こんな風に愛想笑いしながら侮蔑の目を向けるなんてことはなかった。

 そうだ、私の目の前にいるのは本物のレイアじゃない。

 そうに違いないんだ。


 爪を噛み、ブツブツと自分の考えを口にして整理していたら、目の前から特大のため息が聞こえる。




「いつまでゲームと現実を混同してるんだ?」




 弾かれたように顔を上げる。

 呆れたように私を見ているレイア……いや、そんなことはどうでもいい。

 いま『ゲーム』と言ったか?

 やっぱりそうだ、このレイアは偽者。私と本物のレイアの仲を引き裂こうとする悪者だったんだ。

 わたしと同じ異世界転生者。いったいなんの目論みがあってこんな邪悪な真似をしたんだ。


「ふざけるな! わたしのレイアを返せ!」


 この犯罪者め! 殺してやる!

 しかし、わたしが目の前の偽者に掴みかかろうとした次の瞬間には、床へ叩きつけられる。


「グゥ……ッ、離せ! 離せよぉ!」


 後ろ手に組み敷いてきた相手を見る。レイアの言いなりになっているユーリだ。

 そうか、お前も共犯者だな! レイアの事を憎んでいたものな!

 どんな卑劣な手段を使ったかは知らないが、孤児だった自分を拾ってくれた主君を裏切って偽者に手を貸すとは、愚か者め!


「……お嬢様。この人はいったい何を言っているんでしょう?」

「耳を貸しても無駄。妄想癖のある救いようのない馬鹿だから」


 殺してやる! お前ら全員、王族命令で処刑してやるからな!

 本物のレイアを見つけ出して、わたしは真実の愛を貫くんだ!

 お前らに逃げ場はない、救いもない! ただ自らの罪を悔やみ嘆いて死ね────


 パァン………………ッ!


「いい加減に現実を見ろって言ってんだよ、この阿呆が」


 レイアの偽者に平手打ちされた頬がジンジンと痛む。


「テメーの目の前にいる私は、紛れもなく公爵令嬢レイアだ。

 前世の記憶があるとか、転生したとか、そういう諸々も全部ひっくるめて私なんだよ」


 両腕を組んで堂々と胸を張って言う少女は、とてもゲームの可憐な悪役令嬢とは似ても似つかない。


「だいたい中身が乙女ゲーと違うって言うなら、まず他でもないお前自身が入れ替わってる偽者ってことになるじゃねえか」


 ……私が、偽者?

 それは違う。だって私は生まれながらに王族で、前世でこの世界の、レイアの不幸な未来を知っていて、だからわたしはれいあを救ってあげなきゃって……。


 不幸? 誰が?


 私の前にいるレイアは、不幸だった?

 屈強な男に抱かれ悦んでいた女の子は、間違いなく幸せそうに見えた。


 つまり私が救うべき相手は他にいる。

 どこに? 分からない。

 だってレイアは私の前にいるのに。

 レイアが偽者?

 そんなはずない。

 わたしがレイアを見間違えるはずがない。


 そうだ。レイアの中身が偽物なんだ。

 だから乙女ゲーとは違う展開になっていて、おかしなことになっているんだ。

 じゃあ、本物のレイアはどこ?

 魂だけが違うのなら、レイアの魂も別の肉体──違う誰かに宿っているはず。


 それって本当のレイアなの?


 でもわたしはレイアを救いたくて私に転生してきたから、レイアを救うのは私の使命で………………




 私って、誰だっけ?




「お前に都合の良い悪役令嬢レイアはもういない。

 だいたいこの世界は現実で、ゲームの世界とは全然違う。

 理想の王子様ごっこするのは結構だけどよぉ……」


 現実ってなに?

 わたしが間違えてたの?

 昨日から一睡もしていない寝不足だからか、頭がガンガンと痛んできた。

 目の前にいる誰かの声が、遠くからボンヤリと響く。


「……そろそろ、現実を見た方が良いんじゃねえの?」


 その言葉を聞いたのを最後に、私は意識を失った。




---




 目を覚ますと、そこは知らない場所だった。

 どうやら私はソファーで横に寝かされていたらしい。


 身体を起こしてまず目に止まったのは、ソファーのすぐ側に転がされているモノ。

 手首と足首を縄で縛られたジェームズは、口まで布を噛まされており、滑稽な呻き声をあげながらもがいていた。

 うわっ、目が合った。


「ンムッ!? ムムッ! ムーンー!」


 助けを求めて必死に何かを訴えるジェームズ。

 しかしその無駄に長い髪の毛を振り乱し転がる情けない姿があまりに滑稽で、笑ってしまわないように思わず目を背ける。


「ンムムムッ!? ムムッ! ンムムムッ!!」


 うるさい。防犯ブザーかキミは。


 周囲を見渡す。

 少し離れたところに、レイアがタナベ男爵令息の膝上にまたがり誘惑している姿が見えた。

 聖女アンズと婚約者レイアを侍らせて、困ったような顔をしながら満更でもなさそうなタナベ令息に少し殺意が芽生える。


 しかし私は人として、男として、タナベ令息に負けたのだ。

 敗者がどうこう言ったところでおこがましいだけだろう。


 レイアの心に寄り添わなかった。

 すべては乙女ゲーのシナリオ通りに進むのだと信じて疑わなかった。

 幼少期の婚約者選びの時からゲームと齟齬が生じていたのに、自分に都合の良い事しか考えなかった。

 ゲームの設定上のレイアだと思い込み、現実のレイアと向き合わなかった。

 自分の思い通りにならなければ癇癪を起こし、王族という立場をかさに着てすぐ権力を振りかざした。

 こんな独りよがりで男など、嫌われて当然だろう。


 守ると言いながら、誰よりもレイアを傷付けていたのは私だったのだから。


 男の膝上で腰を振りキスをねだる、私が誰よりも愛していた人。

 その目がほんの一瞬だけ私の方を向いた。

 交わる視線、高鳴る鼓動。

 レイアのピンク色で可愛らしい舌が、艶やかな唇をソッと舐め上げる。


 その妖艶な仕草に、思わず喉がゴクリと鳴る。

 もう諦めたはずなのに、まだ何かを期待してしまう浅ましい自分がいる。


 しかし、私の期待を弄ぶように。あるいは嘲笑うかのように。

 レイアは小馬鹿にしたように鼻で笑うと、再び目の前の逞しい男に求愛の腰振りを再開する。


 その視線が私の方へ向くことは、もう二度となかった。




「どうぞ」


 目の前で行われる情事一歩手前のイチャラブ行為に見入っていると、目の前にマグカップが差し出された。

 差し出したのは、あの騎士たちを蹂躙した化け物執事。

 その目はやはり、私を蔑むような色をしている。

 しかし気のせいだろうか、わずかに哀れむ感情も混ざっていたように見えたのは。


「ホットチョコレートです。……沈んだ心を癒すには、甘いものですよ」

「………………ありがとう」


 マグカップを受け取り、中にある茶色でドロッとした液体を喉に流し込む。

 歯が溶けるように甘ったるいチョコの味が、私の苦い失恋に染み渡るようだった。

 本当はレイアがこれでもかとチョコを食わせて鼻血ダラダラからの出血多量で死亡エンドにしようと思ってましたが、あまりに可哀想なので止めました。

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