42.王太子殿下の回顧録 其の五
嘘だ嘘だ嘘だ!
どうして逃げるんだレイア! しかもよりによってそんな浮気者と一緒に!
分かってるのか!? そいつはキミと聖女を二股していたクゾなんだぞ!?
あぁ、クソ! 公爵邸に逃げ込まれてしまった。
いくら王太子とはいえ、勝手に貴族の家に入ることはマナー違反だ。
だから何度も先触れを出しているというのに!
おのれ公爵め。私とレイアの仲を引き裂こうというのか!
そういえば婚約の打診を何回送っても「娘には他に婚約者がいる」と断り続けてきたな!
こっちが気を遣っているのに即答で拒絶してくるとは、さては王家に盾突く気か!
この国賊め! 今に見てろよ、思い知らせてやるからな!
そうと決まればさっそく父に言って、公爵邸に兵を差し向けてもらおう!
「いや~、それはマズイよ息子ちゃん。余、困っちゃう」
なぜですか父上! 国王に逆らう貴族なんか断罪すればいいじゃありませんか!
「公爵家って我が国の大貴族だし、王太子の横恋慕が理由で攻め入ったとか絶対ヤバイって」
横恋慕じゃない! 私とレイアは相思相愛、真実の愛を誓い合ったんだ!
「いや~、ないでしょ。公爵家から国王である余に向けて、王太子の暴走をどうにかしてくれってクレーム来てたくらいだし」
………………は?
クレーム? なにそれ聞いてない。
「好きな女性を見繕っていいとは言ったけど、他の男の婚約者に入れ込むとは思ってなかったし。
急かした余も親としてはあんまりよくなかったけど、息子ちゃんがやってたこともだいぶヤバイからね?
フィアンセいる令嬢に言い寄って相手の男を公衆の面前で罵倒してマウント取るとか仮にも王太子のやる事じゃないよね~」
待ってください、話がよく見えてこないんですが────
「そんなわけだから、事が大きくなる前にちょっとしばらく1人で頭を冷やしなさい」
気付いたら、私は自室に謹慎を言い渡されていた。
どうしてだ! 納得できない!
きっと父上は公爵に騙されているんだ、そうに違いない。
こんなところでジッとしているわけにはいかない。
こうしている間にもレイアは公爵たちに虐待され、好きでもない貧乏貴族と結婚させられようとしているんだ。
誰かいないか!
………………よし、よく来たなジェームズ。馬の用意までしているとは準備が良いな。
騎士団の手助け? そうか、お前の父親である伯爵は騎士団の重鎮だったな。
レイアたちは辺境の男爵領まで馬車で移動しているだと?
おのれレイアを無理やり手籠めにして私から奪うつもりか!
こうしてはいられない。
行くぞ、レイアを救出するんだ!
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夜通しで馬を走らせ続け、見えてきた宿場町。
斥候によれば、ここの宿の1つにレイアたちが滞在しているらしい。
目標の宿屋に突撃すると、待っていたのは小奇麗な服を着た老人がたった1人。
「お引き取りください。皆様は招かれざる方々ですので」
私が王族と知っての狼藉か!? さては貴様もあの貧乏貴族の手下だな!
騎士たちよ、殺してかまわん。やれ!
「ホッホッホ。この老体に傷をつけるには10年……いや、100年早いですぞ」
え、なにあれ。
重い鎧を身に付けた騎士たちが空中に投げられてるんだけど……?
王国騎士団ってドラゴンをも倒す精鋭揃いの最強騎士の集まり、のはずなんだけど?
ちょっとジェームズ!? 顔を真っ青にして震えてないで、どうにかしろ!
あの化け物を倒す秘策があるんだろう!?
投げ飛ばされたお前たちもこっちを見るな! さっさと突撃しろ!
相手にこっちを殺す気はないようだ。何度でも突っ込んで敵が疲弊するのを待て!
……
…………
………………
夜が明けたんだけど?
なんなのあの爺さん。体力無尽蔵か?
聞いてないぞあんな化け物がいるなんて!
これじゃレイアを救うことが出来ないじゃないか……!
「おや、アンズ様。おはようございます。こちらは危ないので近付かない方が────ふむ?」
あれは……聖女?
やはりこの宿にレイアたちが泊まっているのは間違いなさそうだ。
いやでも門番すら倒せないのでは意味がない……。
「口で言うよりも直接見せた方が身の程を知れる……? なるほど、そういうことでしたら」
………………おや? あの化け物老人が道を開けたな?
ふ、フーハハハ! どうやらとうとう観念したらしい!
さあどこにいるんだレイア! 私がキミを救いに来たぞぉ!
どこだ? この部屋か!?
………………違った。乙女ゲー攻略対象の1人ユーリだった。
なんか馬鹿でかい張り型を使って自分を慰めていた。
お前、そういうのするのはいいけど声はもうちょっと抑えた方が良いぞ。外まで聞こえるから。
────お、おい! 張り型をこっちに投げるな! 汚いだろうが! オエッ!
じゃあこっちの部屋か!?
………………違った。レイアの弟レオナルドだった。
壁に顔面を擦りつけながら下半身を揺らしてどうしたんだ?
あぁ、隣のユーリの部屋が覗ける穴が開いているのか。
お前、ユーリの痴態を見て興奮していたのか? 何というか、その……ごめんね?
────じゃあ、私は行くけど……うん。ホントごめんね?
閑話休題。
さあ残すはこの部屋だけだ!
どうやら部屋から話し声も聞こえてくる。これは間違いなくレイアの声!
「レイア! 助けに来たぞ!」
部屋の扉を蹴り壊し、囚われのレイアに声をかける。室内は────
むせるような性臭。雌が発情した時の甘ったるい匂いと雄の体液が発する海鮮物のような臭いが混ざり合い、汗によって発酵したような、鼻をつまみたくなるような臭い。
部屋の中央に置かれたベッドの上では、全裸の男女が身体を重ね合っている。
男の方は筋骨隆々としていて鍛え上げられて引き締まった、誰もが憧れる鋼の肉体。
細く引き締まっていて流麗で中世的な身体つきをした自分とは違う男らしさの結晶。
騎士団でもお目にかかれないような素晴らしい体躯に押し潰されるように寝転がっていたのは、想い人のレイア。
美しく整えられていた桃色の髪は振り乱され、白濁の液体が透明に乾いて固まったようなものがあちこちにこびりついている。
目を合わせた者を魅了するような瞳は潤んでおり、自分を組み敷いている男に熱い視線を送っている。
細く白い首から、幼く慎ましやかな胸のラインには無数の小さな痣があり、男が幾度となく彼女の身体に唇を落としていた証拠が浮かび上がっている。
下腹部はポッテリと膨れ上がっている。脂肪によって増量されたような膨らみ方ではなく、ちょうどヘソの下。女性の大切な器官がある部分だけが大きく膨らんでいるのがよく分かる。
そして何より男女の股は、お互いの愛情と情欲を表すかのように深く結びついている。
「れ、レイア……?」
唖然としつつも、自分が愛する人へ声をかける。
しかしお互いに想い合う仲だったはずの少女はこちらへ汚らわしいモノを見るような目を一瞬向けただけで、再び目の前の雄へと熱く求愛するような視線を捧げる為に戻ってしまう。
「ねぇリュート? もっとい~っぱい、チューしてほしいのぉ♡」
「いやいや、人が見てるから。さすがに我慢してくれよ」
小鳥のように口づけを乞う少女を押し留めて、男がゆっくりと身体を起こす。
その途中で、男女を繋いでいたモノがズルリと音を立てて小さな鞘から抜き取られる。
ボトリッ
そうして抜き取られた男の大剣。そのサイズは男として生まれ変わった自分のそれよりもはるかに巨大で強大、様々な汁に塗れて光に反射し輝く様はより一層、凶悪な印象を抱かせる。
ユーリが使っていた張り型をはるかに凌駕するその大きさに、自分の本能が、男としてのプライドが。
グシャリと紙を丸めて潰したような。
完全に敗北を認めた音がした。
「うそだ………………」
自分の想い人が、自分よりもはるかに優れた雄の所有物になっていた衝撃に、王太子の全身からすべての力が抜け落ちていった。




