41.王太子殿下の回顧録 其の四
表面上はいつもと変わらないレイアと、今日も逢瀬を重ねていく。
しかし私には分かる。レイアは今、心に深い傷を負っているに違いない。
信じていた婚約者の浮気。しかも相手は、自分とは正反対な容姿の女性。
いくら取り繕っていても、レイアの事を誰よりもよく知る私にはレイアの嘆きや悲しみが手に取るように分かる。
しかし婚約者のあまりにも酷い裏切りにも関わらず、レイアは婚約破棄をするつもりはないようだ。
私が証人になろうと言っても首を縦に振らない。
いったい何故だ……?
まさかレイアが、あんな貧乏男爵家の長男に本気で惚れているなんてことはあり得ない。
なぜならレイアは私と結ばれる運命だからだ。
聖女なんて異物さえいなければ、私はレイアと相思相愛なんだ。
レイアを迎え入れる準備は出来ている。
あとはレイアの気持ちが固まるのを待つだけ。
それはもうすぐだと思っていた。
しかし、いつまで経ってもレイアが婚約破棄に踏み切る様子はない。
きっと勇気が出ないんだろう。
他の女にうつつを抜かすような下衆でも、幼い頃にはそれなりに親しくしていたんだろう。
だが、そろそろ心を決めてもらわなくては。
学院卒業まであと数か月に迫ってきた。
両親からは早く婚約者を決めろ、孫の顔を見せろと圧力をかけられている。
レイアに踏ん切りがつかないのなら、相手に諦めてもらうのはどうだろうか。
そうだ、それがいい!
あの男は、レイアの気持ちがまだ自分にあると思っているから蔑ろにできるんだ。
レイアがすでに自分よりも優れた男と愛し合っていると知れば、きっと諦めるだろう。
自分のものだと思っていた女性を他の男に取られた屈辱と絶望に歪む顔が楽しみだ。
ちょうどバレンタインデーがやってくる。
リュート・タナベの目の前でレイアからチョコレートを受け取り、自分がすでに見捨てられた哀れな負け犬であることを思い知らせてやろう。
下級クラスに顔を出せば、やはり聖女からチョコをもらいイチャついているクズ男の姿があった。
ふんっ。ご満悦でいられるのも今の内だ。
さあレイア、キミを蔑ろにする婚約者の目前で、私にチョコを渡すんだ!
そんな不安そうな顔をしなくてもいいんだよ。あの貧乏人が激高して危害を加えようとしてきても、私が絶対にキミを守り切ってみせるから。
ほら早く、こっちにそのチョコを渡すんだ。
顔を真っ赤にして、やっぱりレイアは可愛いなぁ。
なかなかチョコから手が離れないだなんて、愛する私にチョコを渡すのが恥ずかしいんだね。
大丈夫! キミの想い、すべて私が受け止めてあげるから!
フッフッフ、さあどうだ貧乏人! レイアの愛が込められたチョコレートは私がもらい受けたぞ!
どうだ、悔しいだろう? 飄々とした態度で「俺は気にしてませんけど」アピールかい?
貴様みたいな見た目も貧相で学業も学院底辺な落ちこぼれが、二度とレイアの婚約者だなんて口にするんじゃないぞ!
………………頷いた? 頷いたな!?
貴様みたいな輩よりも私の方がレイアにふさわしいと認めたな!?
そうだ、そうだとも。分かればいいんだ!
さあどうだレイア! これで名実ともに、私とレイアは相思相愛の恋人どうしだ!
真っ青な顔で落ち込むレイアの肩を抱く。
次の授業も、昼食の最中も、レイアは下を向いて黙ったまま。
自分の婚約者だった男のあまりにも情けない姿に言葉も出ないんだろう。
そんなレイアを慰める為に、私が人肌脱ごうじゃないか。
邪魔者は排除したし、お互いの気持ちを確かめ合う為にも、愛の口づけを交わすとしよう。
さあレイア、目を瞑って。キミの悲しみに空いた心の穴を、私の愛で埋め尽くしてあげよ────
「近寄るんじゃねえよ、人間のカスが」
レイアのビンタが頬に炸裂した。
そう理解した瞬間には、私の身体が教室の壁にめり込んでいた。
ど、どうして……?
薄れゆく意識の仲、レイアがどこかへと走り去っていく後ろ姿がボンヤリと見えた。
自分で書いててなんだけど、めちゃくちゃ気持ち悪いなこの王太子。




