26.公爵家の長い夜 其の四
公爵邸を守る騎士たちが日頃、鍛練に励む場所。修練場。
そこに向かい合うリュートとユーリを取り囲むように、公爵一家とそれに仕える騎士・使用人のほとんどが決闘の行く末を見守ろうと集まっていた。
ユーリが望むは、不貞を働く婚約者とレイアの婚約破棄・二度とレイアに近付かないという誓い。
リュートが望むは、ユーリに対する命令権。何でも1つ言うことを聞くという強制力。
何があっても決闘の結果を受け入れるというお互いの誓いと、立ち会う公爵の了承を得て、決闘と相成った。
しかし、この決闘に異議を唱える者が1人いた。
レイアの友人として招かれていた『聖女』アンズは、真っ青な顔で慌てふためく。
「ちょっとレイア! 本当にいいの!? リュートが負けたら離ればなれになっちゃうのよ!?」
隣で平然としているレイアの肩を揺さぶる。その豊満な胸も揺れる。それを見たレイアが嫉妬に震える。
「まぁ、リュートなら大丈夫でしょ。ドラゴン倒せるくらい強いし」
何とも思っていない顔で平然と答えるレイアの言葉を聞いて、その場にいる誰もが「また始まった……」と思った。
レイアが婚約者と過ごした思い出を語る時、必ず口にするのがドラゴン討伐だ。
幼い子どものごっこ遊びとして微笑ましく聞いていた周りの大人たちだったが、十分に大きくなってからも繰り返し語られる思い出話に若干、辟易していた。
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 相手はあのユーリよ? 万が一にも勝てるわけないじゃない!」
そう。なぜならタナベ男爵令息の相手はユーリなのだから。
男爵領から数年ぶりに戻ってきたレイアが街で拾ってきた孤児。それがユーリだ。
使用人として、護衛として、腹心の部下としてレイアの側仕えをする幼い子どもであったユーリに剣で勝てた者はいない。
連れてこられて数日剣を習っただけで、並みの騎士を瞬殺するという天賦の才能を見せつけた。
まさに天才。
その才能が表に出て他家や王家から引き抜かれる事を懸念した公爵によって、ユーリは公爵騎士団という花形ではなく、表向きはレイア専属の使用人として扱われた。
他家からの襲撃や暗殺は少なくなかった。
レイアの出自をよく思わない血統派、公爵の不貞を快く思わない侯爵派から、レイアは幾度となくその命を狙われた。
それでもレイアが一度も傷付くことがなかったのは、ユーリが傍で彼女を守ったからだ。
その実力も、忠誠心も、疑う余地はない。
公爵家の、単独での最高戦力。
それがユーリだった。
だからこそ、レイアの態度に疑問が出てくる。
誰よりもユーリの強さを知っているにも関わらず、自分の婚約者の勝利を信じて疑わない姿に首を傾げる。
「ドラゴンなんて北の山脈にしかいないんだから、南方の領地にいるリュートが倒せるわけないでしょ!」
王国の騎士団がその威信を示すため、数年に一度討伐していると噂のドラゴンは、多数の凶悪なモンスターが根城としている禁忌の土地、北方の大山脈。
男爵領がある南方諸国との国境付近では見ることすら叶わないはずだ。
さらに、もしドラゴンが王国南部に出没するとなればそれは国家の一大事に他ならず、公爵の耳に届いていないはずがない。
よって、レイアのリュートに対する評価は戯言の域を出ないと誰もが思っていた。
両親でさえも信じない妄言を、レイアは未だに信じ込んでいると思われていた。
「2人に剣を渡してきました」
「うむ。それでは始めよう」
レオナルドが戻ってきたのを見て、公爵は決闘の開始を宣言する。
タナベ男爵令息が決闘を断るのであれば、それでも良いと思っていた。
一時的な仕置きで地下牢に入れてはいたものの、娘たちの怒りのほとぼりも冷めた頃合いで解放しようとは思っていた。
決闘を断ったとて、甘い父親に代わって息子のワガママを諫めてくれたと心ばかりの礼を渡して娘に対する態度を改めるよう注意する。それですべて済むと思っていた。
まさか、自分と相手の力量も見極められないほどの愚か者だとは思わなかった。
ユーリとリュートは同じクラスであり、剣術の授業も一緒に受けていたはずだ。
ユーリが剣術に限っては他の追随を許さない成績を修めていたのを目の前で見ていたはずだ。
それにも関わらず決闘を受けるとは、どれだけ己惚れているのか。
娘との婚約破棄という大きな条件をアッサリ飲まれたことで、公爵のリュートに対する感情は極めて悪化していた。
レイアは嫌がるだろうが、このまま婚約を破棄してしまった方がレイアの将来の為になる。
男爵家に送っている援助もどこへ消えているのか分からないままだし、打ち切る口実になった。
そもそも毒にも薬にもならない末端の貴族だから利用したまで。
向こうも多額の金銭を得るというメリットがあったから協力してくれただけ。
お互いの利害関係が相互で成り立たないのなら、関係を保ち続ける必要もない。
「────始め!」
だから、ユーリには完膚無きに叩きのめしてもらおう。
公爵は開始の合図を出した。
刹那、ユーリの身体が滑るように動いた。
低い姿勢からリュートの懐に潜り込むと、地面スレスレから剣を振り上げる。
棒立ちのままのリュートでは、とても防げない。
誰もがそう確信していた。
バギンッ!
バシィッ!
短く甲高い、金属が割れた音。
それに続いて聞こえてきた、硬いものを受け止めるような音。
ユーリの剣は、リュートの喉元までは届かず。
リュートの手が、ユーリの剣を掴んでいた。
「……だから、リュートは強いんだってば」
静まり返った修練場に、レイアの呆れたような声が響いた。
セールに釣られて「NPCもの」を買いましたが、やっぱり女の子はアヘオホしてないと駄目だなって思いました。
補足:決闘に使われているのはホンモノじゃなくて練習用の模造刀です。
と思ったけど調べたら模造刀ってぶつけたらけっこう簡単に折れるんですね。
………………うるせえ! 俺の世界では折れないんだよ!
ご都合主義です。お許しください。




