2.チョコが甘い
「……おい。いいのかよ」
「何が?」
知り合いが不機嫌そうな顔をしている。
そんな顔だからチョコもらえないんだぞ。やーいブサイク。
「そうじゃなくて、お前の婚約者だよ!」
たしかに俺の婚約者は可愛いけど、それがどうした?
お前にはやらんぞ?
「王太子にチョコ渡してるけど良いのかって訊いてんだよ!」
改めて2人の様子を見る。
頬どころか顔を真っ赤に染めてチョコの包みを差し出しているレイア。
それを日頃のアルカイック・スマイルではなく満面の笑みで受け取っている王太子殿下。
王太子の反対の手はレイアの桃色の髪の毛を一房手に取って弄んでいる。その距離感、まるで恋人!
………………うん。
「仲が良いな! ヨシ!」
「目玉腐ってんじゃないのかお前」
ひどい! チョコレートどころか腐ったカカオ豆すらもらえない非リアからのやっかみがひどい!
「いい加減にしないとぶっ飛ばすぞ」
そう捨て台詞を吐き、知り合いは呆れ顔で去っていった。
ふっ、またしても勝ってしまった。
怖いわー! 俺の口喧嘩の才能が怖いわー!
さて、負け犬は去った。これで落ち着いてチョコを味わえる。
それでは改めて、この一際大きいやつをパクリ。
うん、やっぱりチョコが美味い。おばちゃん最高!
「美味しそうなもの食べてるじゃない」
「出たな、知り合い2号」
「友だちですらないの!?」
図々しいにも程がある。これは俺が汗だくになって手に入れたおばちゃん特製チョコレートだぞ。何人たりとも触れることは叶わぬわぁ! ガーッハッハッハ!!
「いや知ってるわよ。アタシのお母さんだもん」
「まさかマザコンだったのか知り合い2号」
「ぶっ飛ばすわよ」
それ何なの? 俺をボールに見立てたホームランダービーでも流行ってるの?
「まあいいわ。はい、義理チョコ」
「何でもご命令くださいアンズ様」
私はアンズ様の忠実な下僕にございます。
「お返しは30倍返しでいいわよ」
我が家に没落しろと仰るか。
震える手でアンズからチョコレートを受け取る。
ひゃっほーい! 女子からの手作りチョコレートだぁい!
「家宝にします」
「早めに食べちゃいなさい」
アンズは俺が働いている食堂のおばちゃんの一人娘だ。
というか、バイト先はアンズに紹介してもらった。
平民ながら学業優秀で特待生として入学したアンズは、経営学を学んで実家の食堂を王国で一番繁盛させるんだと頑張っている。ええ娘や。
その経営学、うちで活かさない? 今なら王都よりも小さい領地が付いてくるけど。
「アンタにはレイアがいるじゃない」? なにか関係あるのかそれ?
「あと、お母さんからの伝言なんだけど」
「はいはい、なんでしょうか」
おかしいな、来月のシフト締切は来週だったはずだけど?
「………………その、」
おや、珍しい。日頃は歯に衣着せぬ言葉で俺のガラスのハートをぶち壊してくるアンズが言葉を濁すとは。
「鋼鉄製の心臓がなんだって?」
「思春期男子の心の弱さを舐めるなよ!」
スライムよりもプニップニやぞ!
「じゃあ壊れないじゃない」
……本当だ!
おい、なんだその目は。アホな子を見る目で見てくるんじゃない。
いや確かに俺はアホだけど。
「……まあ、いいわ。それで伝言なんだけど」
そうだった。話を脱線させないでさっさと本題に入りなさい。
「脱線させてる奴がそれを言う?」
「ほらまた脱線した」
「ああ言えばこう言う……!」
ほーれほれ、口喧嘩じゃ勝てないんだからさっさと言いにくいこと言って楽になっちゃいなさい。
そんな顔を真っ赤にしちゃって、アンズちゃんじゃなくてリンゴちゃんにでもなるつもりかしら。あざと可愛いわアンズちゃん!
「ホワイトデーのお返しは…………ゴニョゴニョ」
「聞こえん」
まったくもって聞こえん。ラブコメの主人公にでもなった気分だぜ。テンションあがるなー。
「だから! ホワイトデーのお返しは『孫の顔でも良い』って言ってたわよ!」
………………孫?
「…………な、なによ」
俺とおばちゃんに血のつながりはない。
血がつながっているのはアンズだ。
つまり孫の顔を見せるには、アンズが子どもを産む必要があるわけで。
…………ま、まさか!
「俺に、貴族との良縁を用意しろと言うのか!」
無理だぞ! こんな貧乏で性格悪い男爵令息にまともな友だちがいるわけないじゃないか!
アンズみたいな可愛くて良い娘を、そんなろくでもない連中に任せるわけにはいかない!
「駄目だぞアンズ! あんなロクデナシ共と結婚するなんてお父さんは許しません!」
「…………そうね。アンタはそういう奴だったわよね」
な、何故だ! なぜそんなアホな子を見る目をしてるんだ!
まさか、これが反抗期ってやつなのか!?
「それで、アレは放っといていいわけ?」
露骨に話を逸らされた。
アレと指差された方を見れば、未だにチョコレートの包みを受け渡ししている王太子殿下とレイアがいた。
……いや、長くない? さっきから十分近く経ってると思うんだけど。
お互いの顔を寄せて、何か小声で話してるみたいだ。
キスしちゃう? それともしない? どっちなんだい!
すっかり2人の世界に入ってしまっているようで、周りにいる令嬢たちがちょっと気まずそうにしている。早くチョコレート渡したいだろうに、可哀想。
ちなみにどちらもチョコレートの包みから手を離していない。
何がしたいんだ、レイア……。渡すならスッと渡さないと王太子殿下も困っちゃうじゃないか。
いや、困ってないな。むしろ嬉しそう。めっちゃニコニコしてる。じゃあ問題はないか。
「仲が良いな! ヨシ!」
「馬鹿なの?」
馬鹿じゃないやい! ちょっとだけ勉強が苦手なだけだい!
ただ学年の平均をちょこっと下回ってるだけだい!
そう。チョコだけにね!
「馬鹿なのね」
ひどい。泣いちゃう。チョコ食べて我慢しよう。
「なにこれ、めちゃくちゃ美味い」
「そ、そう?」
果実のソースがチョコの中に入ってるのか。甘いだけじゃなくて程よい酸味が口の中に広がって、まるで味のハーモニーや~。
「ありがとうアンズ。これ最高だわ」
「と、当然でしょ! アタシが作ったのよ?」
うむ、さすがはおばちゃんの娘。料理の練習、頑張ってたもんな。
偉い偉い。チョコレートは美味い美味い。鼻血は赤い赤い。
あびゃー。
「何やってんの!? チョコの食べすぎよ!」
「失礼な! ちょこっとしか食べとらんわい!」
チョコだけにな!
「つまらないこと言ってないで鼻押さえなさい!」
はい、すいません。
渡されたハンカチで鼻を押さえて上を向く。
調子に乗って食べすぎた。本当、ごめんね心配かけて。
そんな感じで大騒ぎしていると、後ろから右肩をグワシと掴まれた。そこに紫ちょうちょはいないよ?
「おい貴様!」
「あびゃびゃびゃびゃ」
「ちょっと! 鼻血出してるんだから刺激しないでよ!」
「えっ、あぁ……すまない……?」
ごめんね。いやマジでごめん。怒ってるんだとは思うんだけど、もうちょっと優しくしてくれると嬉しいな。俺、初めてなの……///
「気持ち悪い」
ごめんなさい。
「まったく。また貴様かタナベ男爵令息」
はい、どうもタナベ・リュートです。
振り返れば、そこにはメガネをかけたイケメン+α。ひゃあ、おでれえた。右を見ても左を見てもイケメンだ。オラ、ワクワクすっぞ~。
気付いたら3人のイケメンに囲まれていた。こ、これが今流行りの乙女ゲーってやつですか。まるでヒロインにでもなったみたいだぜ。テンション下がるなー。
「アンズに近付くなって何回も言ってるよね?」
右から話しかけてきたのはヤンチャ系イケメン。身長ちっちゃいね。可愛い♡
「学習能力がないなんて、猿にも劣る畜生ですね」
左にいるのはロン毛糸目系イケメン。風呂の時間が長そうだね。キッショ。
「まったくだ。こんな奴と一緒にいたら駄目だよアンズ」
「そうだよ、あっちに行こう! お茶しようよ!」
「こっちまで知能レベルが下がってしまう前にこの場を離れましょう」
ちなみにヒロインは俺じゃなくてアンズだったりする。キーッ、この泥棒猫!
「離しなさいよ! アタシはリュートと話してるんだから邪魔しないで!」
「あっ、鼻血止まった」
「言うとる場合か! 馬鹿リュート!」
チョコレートは1日2,3個までにしないと駄目だね。反省しよう。
イケメン3人にドナドナされていくアンズに手を振る。
「ハンカチは新しいの買って返すからなー」
「余計な見栄を張ってんじゃないわよ貧乏貴族ー!」
ひっでえ悪口。あんな女のどこがいいんだイケメン3人衆。
……顔か? 顔だな(確信)。
杏色で光に当たると煌めいて見える髪、勝ち気そうで芯のある強い光を放つ目。レイアと並んで学園で一、二を争う美少女っぷり。
気が強くて遠慮しない裏表のない性格も貴族には珍しいから惹かれる気持ちもよく分かる。
平民であんだけ顔が整ってんのも珍しいよな。貴族は割と皆、整った容姿してるけどさ。
案外アンズも、レイアみたいにどこぞの貴族様の隠し子だったりするのかもな。
ところであのイケメン3人衆、名前なんなんだろうな。
毎回すぐにどっか行っちゃうから分からないんだよな。
「おい、貴様」
なんだいなんだい。今日はイヤに貴ばれちゃう日だな。貴族だって自覚が湧いてきちゃうぜ。
チョコレートの包みを片付けながら振り返るとまあ、ナイトディナーショー。
間違えた。なんてことでしょう。そこには王太子殿下が立っていたではありませんか。