17.チョコが近い
「いや普通に考えてみろよ。婚約者がいる相手を口説くって常識なさすぎてドン引きするだろ?」
た、たしかに。
俺とレイアが婚約者だと知っていないならまぁ仕方ないと思えるけど、王太子殿下ガッツリ知ってたしなぁ。
知ってた上で俺のこと散々煽り散らかしてたし、まあ非常識ではある。
「でもほら、王太子殿下イケメンじゃん?」
「リュートの方がカッコいい」
むほっ……!
女の子にカッコいいと言われて喜ばない男がいるだろうか。いや、いない。
頬を赤く染めながら上目遣いで見上げてくるレイア。これが俺の婚約者だって? なんだこの可愛い生き物は! 前世の俺はどんだけ徳を積んだんだい!
「そしたら、ほら。お金持ちだよ? 王太子殿下」
「裕福な暮らしよりも、好きな人と一緒にいられる方が大事だから」
そう言ってキュッと俺の手を両手で包むように握ってくる。
アーーーッ!! 駄目です! 可愛すぎです! 王都全域に可愛すぎ注意報が発令されました! 対策はありませんので甘んじて受け入れてください!
「じゃあ朝の一件は、義理チョコ渡してただけ?」
「いや、リュートに渡すためのチョコを強奪されたから取り返してた」
「マジかよ王太子最低だな」
ふざけんな! すっかり騙されてたぞ!
何が相思相愛だ、ただのストーカーじゃねえかあの変態王子!
レイアが俺のために用意してくれたチョコを横取りするなんて、ゆ゛る゛さ゛ん゛!!
「リュートと話したいのにベタベタ近づいてくるし、リュートは私のこと避けてるし」
べべべ別に避けてないし?
ただ、お邪魔虫になりたくないから空気を読んで離れてただけだし?
「寂しかったな~。助けてほしかったな~」
「本当にすいませんでした」
最低なのは王太子じゃなくて俺だ! レイアのSOSを無視してバイトに勤しんでいたなんて……!
「いや、そもそもなんでバイトしてたの?」
「そりゃ公爵家からの援助が打ち切られてたからだけど」
「援助、打ち切ってないけど?」
「え?」
「え?」
………………え?
「私とリュートの結婚資金があるから多少はその貯蓄には回してたけどさ」
「ああ、最初に援助の額が減ったのはそういうことだったのか」
「でもそれ以外のお金は今まで通りに男爵家の金庫に入れてたはずだけど?」
え、じゃあ何? お金ないってのは両親の嘘だったの?
嘘ついて息子の学費をケチってまで高い買い物したかったとか、もう病気だよ。
自分の両親が買い物依存症だとか信じたくないんだけど。
「でも邸宅は本当に売り払ってたみたいだし、もし嘘だったらそこで止めるんじゃないかな」
「公爵家から出たお金がどっかに消えてるってことか?」
バレたら公爵家を敵に回すのに、そんな馬鹿な真似をする奴がいるか?
男爵家とは言えどクソがつくほどの貧乏なのに、そこからさらにお金を横取りするとか人の心は無いんか。
「まあ、怪しい人に目星は付けてるけど」
さっすが名探偵レイアさん! ちゃっちゃと問題解決してくださいよ!
「まずは最近、お義父様に近付いてる商人でしょ……」
「あぁ、その商人はアンズの紹介だから大丈夫だと思うぞ」
「は?」
「は?」
「………………はぁ?」
やべ、なんか地雷踏んだかもしれん。
「スゥーーーッ……
ハァーーーッ……」
大きく深呼吸を繰り返すレイア。怒りの矛先が王太子から俺に向いたのを感じる。
お静まりください……! どうかお静まりください土地神さま!
生贄が必要? じゃあ俺が生贄になります。何の解決にもなってないねコンチクショウ。
「………………まあいいや」
キタ━━━(゜∀゜)━━━!!!
勝ち確です! 演出はいりました!
いやぁ念じてみるもんだね。レイアが気まぐれ起こしてくれたおかげで九死に一生を得ましたよ!
「それじゃあお仕置きね」
駄目でした。
さようなら皆さん、どうやら俺はここまでのようだ。
あとは頼んだぞ、レイヴン。俺の屍を越えてゆけ。
目を閉じて両手を合わせる。
この世からおさらばする覚悟を決めた俺の膝上に再び、柔らかくぬくもりのある重みが登ってくる。
恐る恐る目を開ければ、今度は俺に正面を向いて座っているレイアの姿。
うーんこれは、このまま首を絞められる流れですか。
さようなら父ちゃん母ちゃん、バイト先のおばちゃん。
先立つ不孝をお許しください。
いつレイアの華奢な指先が俺の喉元に喰らいついてくるかと恐怖に震えていると、「んっ」という声とともに、何か黒い物が差し出された。
「食べて」
漂ってくる甘い匂い。これはもしかしなくてもチョコレートじゃないでしょうかレイアさん。
「そうだよ。食べて」
いや別に俺は良いんだけど、というかレイアからチョコもらえるとかめちゃくちゃ嬉しいんだけど。
これって俺へのお仕置きのはずなのに、これじゃむしろご褒美というか本当にこれで良いのかと思うんですよ。
「いいから。早く食べて」
いや、そんなにグイグイ押し付けてこられると顔がチョコまみれになっちゃうんですが──
「た・べ・て・?」
アッハイ。
レイアにチョコを食べさせてもらう。
うん、美味い。というか甘い。
アンズのチョコには果物が入っていて甘さ自体は控えめだったけど、レイアのチョコは歯が溶けそうになるほど甘い。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
よく咀嚼してから飲み込む。
その感想をレイアに伝えると、レイアは嬉しそうに笑った。
あ^~、可愛いっすね~。
じゃあ、そろそろ教室に戻ろうか。
公爵令嬢がこんなところでサボリなんて良くないでしょ。
立ち上がろうとした俺を、しかし膝上のレイアが押し戻した。
「はい、食べて」
2個目もあったのか。気付かなかった。
もう一度、口に入れられたチョコをしっかり味わう。
うん、美味しい。
レイアも満足した? じゃあ行こうk──
「はい、食べて」
あれデジャヴ?
まあもらうけど。
「はい、食べて」
無限チョコレート編でも始まったの?
「はい、食べて」
あの、レイア?
俺の為にたくさんチョコレート用意してくれたのはありがたいんだけど、お腹がちょっと……いやかなり一杯なんだよね。お昼ご飯も食べたしさ。
また後で大事に食べるから、普通にチョコ渡してほしいなー、なんて思うんだけど。
「食べて」
アッハイ。
「食べて」モグモグ、ゴクン「食べて」モグモグ、ゴクン「食べて」モグモグ、ゴクン「食べて」モグモグ、ゴクン「食べて」モグモグ、ゴクン「食べて」モグモグ、ゴクン「食べて」
もうやめて! アタイのお腹が張り裂けちゃう!
「………………もうなくなっちゃった」
た、耐えた! 危なかった、胃の限界を超えて口から溢れ出るところだった。
残念そうにしているレイアには悪いけど、なくなってくれて本当に良かった。
ウェップ。
さて、それじゃあそろそろ教室に戻ろうか。
お互いに誤解も解けたことだし、これからは積極的に会いに行くよ。
だから、そろそろ膝上から降りてくれませんかね。
「イヤ」
イヤじゃないねん。
おいやめろ抱きつくなすり寄ってくるな俺の体臭を嗅ぐな。
「体内は上書きしたから、あとは外にもマーキングしとかないと……」
何か物騒なこと言うのやめてくれません?
さっきから目が怖いよ。前に会った時はもっとキラキラした目をしてたでしょキミ。
いいから早くどきなさい。お腹だけじゃなくて理性的にもいっぱいいっぱいだから。
幼馴染だからってあんまり俺のことを信頼すんなよ!?
あんまり可愛いと、何仕出かすか分からないんだからね!?
よっこいせと持ち上げて地面に降ろす。
うわ、めっちゃケツ汚れてる。
冷や汗かいたから、座ってたところの地面がグショグショだよ。
「すぐ会いに来てよ? そうしないと私──」
どうなっちゃうか分からないから。
そう言ってニッコリ笑うレイアの目が全然笑ってない。
次はない、と言われているようで戦々恐々としますよ。
あまりの重圧で心臓がバックンバックン、ドッキドキ!
もしかして、これが恋……? こんなの初めて///
「アンズ、聞いてくれ!」
おっ?
トキメキを感じながら建物の角を曲がろうとした時、よく見知った顔がいたので隠れる。
コッソリと覗き見ればなんということでしょう。
神妙な顔をしたアンズとセドリックが向かい合っていた。
「私は、アンズを愛している!」
キャーーーー!
愛の告白よーーーー!!