13.悪役令嬢の記憶 其の二
「もうお嫁に行けない……」
「大丈夫よ! リュート君がもらってくれるから!」
リュートと別れる時、全然そんなつもりなかったのに泣いた。
今生の別れって訳でもないのに、めちゃくちゃ泣いた。
もう明日からリュートの声が聞けない、顔が見れないって思ったらダメだった。
最初は止めようとしてたリュートも泣いてからはもう止まらなかった。
小一時間くらい泣いたと思う。
最終的に、泣き疲れて寝た間に俺は馬車に積み込まれた。
ドナドナ ド~ナ~ド~ナ~
公爵領に戻ってからは、貴族の令嬢としての勉強に打ち込んだ。
あと何年かしたら貴族学院に通う年齢になる。
そこでは当然、公爵家の1人としての立ち振る舞いが求められる。
リュートの婚約者として成長しないといけない。
『俺』とか言ってる場合じゃないのだ。
庶子だとか関係ないのだ。
前世なんて関係ないのだ。
お父様とお母様に恥をかかせない為。
リュートと幸せな未来を築く為。
『私』は公爵令嬢として必死に勉強した。
月に1回、リュートから送られてくる手紙が勉強に疲れた心を癒してくれた。
『父ちゃんがまた無駄に高い絵を買ってきた』
『母ちゃんが明らかにガラス細工のブローチを高額で宝石商から買ってた』
『メイド長の手首にいつの間にか金色の腕輪がくっついてる』
………………リュート、大丈夫かな?
とりあえず、男爵家に援助してるお金の一部を私とリュートの結婚資金として貯蓄するようお父様に頼んでおいた。
義父母に預けておいたら全部使われちゃうかもしれないし、領地運営に十分な額はあるから大丈夫だと思う。
あと、私が帰ってきた時には弟が産まれていた。
今度は正真正銘、公爵と正妻の間に出来た嫡男だ。
私の腹違いの弟は可愛い。
前世の妹も生意気で小憎らしいところが可愛かったけど、こっちの弟はヨチヨチ歩きしてる様が実に可愛い。天使かな?
ひょっとしたら跡継ぎが出来たから追い出されるかもって思ったけど、そんなことはなくお父様もお母様も、変わらず私のことを可愛がってくれた。
こんな良い家族に恵まれて、私は幸せだ。
私を引き取ってくれた家族に報いなければ。
そんなこんなで勉強することしばらく。学院に通うまであと1年を切った頃。
私にもだいぶ、貴族令嬢らしい所作と教養が身に付いてきた。
立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花。
なんたって元々の素材が違う。
こちとら乙女ゲーの悪役令嬢ぞ?
ヒロインのライバル的存在がブサイクなはずもない。
磨けば光るし、褒めれば図に乗るのだ。
「さすがですお嬢様!」
口の上手いメイドにおだてられて、妾はたいへん満足じゃ。
ドヤァ。
ただ、問題が1つ。
「本日はお日柄もよろしくってございますですわよ」
「口調が行方不明です、お嬢様」
言葉遣いがちっとも良くならないでごぜえますわよ!
こりゃヤバい。
主に家庭教師をしてくれてる女の人の視線がヤバい。
残念な子を見るような目をしてる。
「これはちょっと……間に合わないかもしれませんね」
諦められた。
どうしたもんかと悩む。
きちんとした言葉遣いを身につけないと、学院で恥をかく。
公爵家に迷惑をかけるわけにはいかない。
助けてリュートえもん!
『話さなかったらいいんじゃない?』
それだ!
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ふっふっふ。
『深窓の令嬢』作戦は今のところ成功している。
鍛えられた貴族流の微笑みを絶やさず、何か話しかけられたら小首を傾げる。
これだけで周りは勝手に勘違いしてくれる!
もちろん全く話さないというわけにはいかないけど、「はい」「いいえ」くらいの簡単な受け答えならボロが出ることもない。
「下賤でふしだらな庶子という噂は真っ赤な嘘でしたのね!」
「男勝りで言葉遣いも汚い恥知らずだなんていう噂もありましたわね!」
「野山を駆け回り男子に交じって遊んでいる野生児だなんて、ひどい噂もありましたわ!」
ごめん、それだいたい事実だわ。
この調子なら、私の本性に気が付く人もいなくなるだろう。
学院に入学して1週間。順調に打ち解けることができた。
誤算だったのは、リュートと違うクラスだったこと。
どうやらこの学院は、伯爵家以上もしくは成績優秀者が上位クラス、子爵家以下か成績劣等者が下位クラスといった具合に分けられているらしい。
公爵家の私と男爵家のリュートだと、クラスが別々だった。
クラスが別だと、会う機会が滅多にない。
公爵令嬢がわざわざ下位クラスに顔を出すなんて醜聞に繋がりかねないし、リュートも爵位を気にしてか、私に会いに来てくれなかった。
せっかく同じ学院に通ってるのに、会えないなんて寂しい。
………………というか、婚約者なんだから別に堂々と会えば良くない?
伯爵家と子爵家の男女が庭園でイチャイチャしてるなんてよく見かけるし、私もリュートとイチャイチャして良くない?
というか、したい。
よし、会いに行こう!
思い立ったが吉日。椅子を立ちあがって廊下に出る。
そんな私の行く手を阻むように、立ち塞がる男がいた。
「ああ、レイア嬢よ。貴女はなんと可憐なのだ」
乙女ゲーの攻略対象、王太子だった。




