12.悪役令嬢の記憶 其の一
【悲報】俺氏、乙女ゲーの悪役令嬢に転生する。
アィエエ!? 転生!? 転生ナンデ!?
SAN値チェック入りま~す。
99で~す。
ファンブルです本日は誠に誠にありがとうございました~。
………………はっ!?
失礼、あまりのショックに狂っていたようだ。
ということで、我輩は悪役令嬢である。
いや、これじゃ猫だな。
妾? 某? 拙者? オイラ? オラ?
ダメだ、迷走してきた。とりあえず今まで通りでいいや。
ということで、俺である。
『俺』ということから分かるように、前世は男である。それはもう立派な一物のついた♂であった。
そんな俺が、今世は女である。
パンツを脱ぐ。
姿見の前に立つ。
ない。
なんでや! 神様、あんまりじゃないですか。
童貞だってまだ捨ててなかったのに!
「キャー! お嬢様がご乱心よー!」
素っ裸の俺を見て、メイドがぶっ倒れた。
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公爵と娼婦の間にできた不貞の子。
それが俺ことレイアだ。
母親が金目当てで公爵家に売りに来た時に記憶が戻った。
ちなみに母親は遠くにぶん投げられた金貨の袋めがけて走り去っていった。
犬かお前は。
公爵からも、公爵夫人からも疎まれたレイアは政略結婚として王太子と婚約する。
その血筋によって王太子からも疎まれ蔑まれるレイア。
そして貴族学院で『聖女』として目覚めた主人公と王太子は真実の愛に目覚め、レイアは婚約破棄されるのでした。ちゃんちゃん。
いや、聖女も平民じゃねえか。
血筋で疎まれるって話なのにそのオチはどうなんだ、と思ったけど口に出さなかった俺は偉い。
妹が俺の部屋にしかない据え置きゲーム機を占領してプレイしてたもんだから、なんとなくのあらすじは覚えてる。
とりあえず、俺はこれから全ての人に差別される一生を過ごすんだ。
そう思うと気が重くなりながら、公爵夫人に「よろしくお願いします」と頭を下げ──
「可愛いわー! 今日から貴女は私の娘よー!」
──はい?
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溺愛ルートってマ?
聞いてた話と違うじゃないの!
クーリングオフよこんなもん!
対象外? うーんこの。
まあ嫌われるよりは良いのかもな。
そんな訳で、第二のお母様を得た俺ことレイアは公爵令嬢として受け入れられることになった。
公爵ことお父様は、お母様からお仕置きの鞭打ちされてた。
いや悦んでるんだけど。
ドMとかマジで気持ち悪いわ。
「ありがとうございます!」
……もう何も言うまい。
貴族らしくない不作法な俺だったが、すぐさま貴族教育が始まるかと思えばそうじゃなかった。
乙女ゲーだと、引き取られたその日から政略結婚の駒となるべく徹底的に教育されていたが、これも溺愛ルートならではか。
いくら溺愛されていても、俺は庶子。当然ながら、社会の目は厳しい。
「レイアたんに悲しい思いをしてほしくない!」
お父様の一声で、俺は田舎で引きこもることになった。
レイア『たん』て。
汚物を見るような目が気に入ったようでビクンビクンと悦びに震えるお父様。マジで気持ち悪いからやめてほしい。
なんだろう、娘で性欲満たすのやめてもらっていいですか
そんなこんなでやってきました辺境の男爵領。
ゲームでは登場すらしなかった片田舎。その男爵家の邸宅は、公爵邸よりも数段小さかった。
その小さい邸宅の裏庭で、俺と同年代の少年がいた。
「は~、お金がねえ。人がいねえ。税収まったく伸びやしねえ」
吉◯三がいた。
「オラこんな領地いやだ~。オラこんな領地いやだ~」
さて、この吉◯三歌いながらソーラン節を踊ってるのが男爵家の長男リュートだった。
同年代の子どもがリュートしかいなかったこともあって、俺はとにかく毎日リュートと遊んだ。
貴族なのに貴族らしくないリュートは、俺に対する偏見や差別もなかった。
俺の今世について話せば
「平民から公爵令嬢への成り上がりとか勝ち組じゃん」
貴族らしくない──というか女らしくない俺の口調、言葉遣いにも
「気を遣わなくていいから楽」
と、至って普通の友だちとして接してくれた。
俺も前世は男の身。この年頃の少年が何をしたいかなんてよく分かる。
「レイア! ドラゴン倒しに行こうぜ!」
そう、ヒーローごっこだ!
こっちの世界でいえば勇者ごっこ。リュートも年頃の男子とあって、そういう遊びが好きなようだった。
もちろんそういった少年の冒険心を良く知る俺は、快くリュートの勇者ごっこに付き合ってあげた。
誕生日に買ってもらった新品の短剣を腰にぶら下げ、意気揚々と歩くリュートの後ろをついていく。
俺の背中のリュックサックには、リュートがいつ怪我しても良いように傷薬や包帯が詰まっている。
山に登り、鬱蒼とした森を抜け、岩肌が剥き出しになった山頂までのハイキング。
そこにいたのは、真っ赤な火を吐き大空を飛翔する伝説の怪物。
いや、ごっこ遊びじゃないんかい!
「よっしゃー! ドラゴン倒したー!」
倒しちゃうんかい!
「怪我してない? たくさん歩いて疲れてない?」
こっちを気遣う余裕まであるんかい!
いや疲れてるけども!
「ありがとうございます! おかげで家畜が食われずにすみます!」
「おっちゃん所の牛肉美味いからドラゴンも気に入っちゃったんだろうねー」
村人に涙を流しながら感謝されるも、大したことはしてないとカラカラ笑っているリュートを見て俺は思う。
あれ? コイツめちゃくちゃすごい奴なんじゃね?
「いやいやいや」
「どうした?」
「あのドラゴンの亡骸から、素材とか肉とか採って売ればめちゃくちゃ儲かるじゃん!?」
「討伐した獲物は王家に献上するっていうのが、ひいじいちゃんの頃からの慣習だから」
もったいない!
ドラゴンさえ売れば、こんな貧乏生活からおさらばできるのに!?
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リュート・タナベという人物は、乙女ゲーの中には登場しなかった。
まだ小さい子どもなのに楽勝でドラゴン倒せる傑物が出てこないゲームって何よ。
とは思うけど、まあ出てこなかったものは仕方ない。
つまり、リュートは攻略対象キャラじゃないってわけだ。
このまま数年経てば、俺はきっとゲーム通り王太子の婚約者になるんだろう。
そして聖女に断罪されて国外追放とか死刑とか、悲惨な最期を辿る。
そんなのは嫌だ。
王太子の婚約者なんてまっぴらごめんだし、俺はもっとノビノビ自由に生きたい。
おや? こんなところに幼馴染みで同い年の男子がいるぞ?
身分は男爵家でちょっと低いし、領地はなぜか貧乏だけど、それを解決できる手段も十分にある。
王家に献上とかやってないで自領の為に売り払えや。
気心もよく知っているし、話していてとても楽しい。
腕っぷしが強くてカッコイイし男らしい。
女の子を気遣う優しさもある。
顔は……まあ、うん。普通かな。
明るくて、強くて、優しいとか超優良物件じゃないか?
いやまあ、バカだけどな。
座学とか全然ダメだし領地経営とか苦手だろう。
でも、そこは俺が隣で補ってやればいい。
乙女ゲーにも出てこないから、面倒くさい騒動に巻き込まれることないし。
リュートだったら、この先ずっと一緒にいてやっても良いって思えるし。
うん。決めた。
さて、8歳の誕生日の時、お父様とお母様がお祝いに来てくれた。
慰安旅行も兼ねてお忍びでやってきた両親と、親切な男爵一家に囲まれて過ごす誕生日はものすごく幸せなものだった。
この日の為に練習してきたダンスを、リュートと一緒にたくさん踊った。
リュートの楽しそうな顔、両親の嬉しそうな顔がよく記憶に残っている。
そんな風に、人生最高の1日といっても過言ではない誕生日を過ごした夜、お父様に思い切って打ち明けた。
「俺、リュートのお嫁さんになりたい!」
その数年後、俺が公爵領に帰る頃。
リュートは正式に、俺レイアの婚約者に決まったのだった。