11.チョコが迫る
「こうしてお話しするのは、随分と久しぶりですね」
「そ、そうですね」
なんで?
どうしてレイアがここにいるんだ?
いつも側にいる王太子殿下その他とりまきの皆さまはどうした?
困惑しながら返事をすると、レイアの目がスッと細くなった。
「おや、いつの間にそんな丁寧な言葉遣いを覚えられたんですか? 日進月歩とは言いますが、しばらく会わないうちに随分と貴族らしくなられたようですね」
意訳『そんな気持ち悪い口の聞き方するんじゃねぇ』
いやまあ、そりゃ幼馴染みですから、小さい頃からタメ口でしたけども。
今の敬語はそういう、心の距離感とかではなくレイアから発せられる圧力のような何かにビビった結果でしてね?
「言い訳はいらない」って感じで視線がきつくなったので黙ります。
「あ、はい。ホントすいません」
「…………すいません?」
「いやー! マジごめんっていうかー!? めんごめんご的なサムシング的なー!」
敬語使うだけでぶちギレられるお嬢様とか勘弁してください。
いやホント。人目につかない裏庭とはいえ、いつ誰が来てもおかしくない。
俺とレイアが婚約者であることは一部を除いて知らないはずだし、公爵令嬢と男爵令息が逢い引きしてるなんて噂になったらレイアと公爵家の名前に傷が付く。
それに、万が一にも王太子殿下がこの場に来てみろ。
飛ぶぞ? 俺の首が。
そんな危険を犯してまで俺に話しかけてくるなんて、いったい何の用だ?
「んで、急にどうしたんだ?」
「あら、用事がないと話しかけてはいけないのですか?」
そう言いながら俺の胸元にしなだれかかってくるレイア。上目遣いで潤んだ瞳に目を奪われる。
エッッッッッッッ!!
落ち着け俺。
あまりの可愛さにグラッと来て力いっぱい抱きしめそうになったが、落ち着け。
たしかにレイアは可愛い。
ちっちゃくて可愛い。
黙って微笑んでいれば、庇護欲を誘う小動物のような愛らしさを持っている。
アンズがボンキュッボンで背も高い、スタイル抜群ムチムチ女の子だとする。
というか、事実としてそうだ。
一方のレイアは、アンズの真逆。
背が小さい。お尻も小さい。胸も小さい。
「殺すぞ」
──はっ!? 胸元から殺気が!?
「どうかしましたか?」
慌てて殺気の出所に目を向けるも、そこには微笑みを絶やさないレイア。可愛い。ヨシ!
どこか怖さも感じる微笑みから視線を反らす。
とにかく。
その小さくて愛らしい見た目と、か弱そうな雰囲気から庇護欲をそそられるのがレイアだ。
特に学院に入学してからはあまり積極的に口を開かなくなったその人見知りぶりがもう大人気。
如何にも貴族らしく凛とした華やかさを持つご令嬢たちと違うレイア独特の可愛らしさに胸を貫かれた思春期の少年たちは少なくない。
王太子殿下もその1人だ。
『貴族らしくない』という点では共通しているが、容姿や雰囲気が真逆のレイアとアンズはこの学院の人気を二分するアイドルだ。
王太子殿下とか聖騎士候補三人衆がいるから直接的に関わってこないけど、男子は皆ワンチャン狙ってる。
高位の貴族はレイアを、低位の貴族はアンズを。
そんなアイドル的存在であるレイアと逢い引きしてる様子を見られたらどうなるか。
明日の献立は俺の合い挽きハンバーグ決定である。やめちくり。
「ちょっと距離が近くない?」
「婚約者として適切な範囲だと思います」
本当に~? そっか~(納得)。
公爵令嬢として恥じない教育を受けたアンズが言うならそうなんだろう。
婚約者としての距離感はな!
あれ? じゃあ問題ないのでは?
とはならんのだよバカめ! 危うく騙されるところだったぜ。
婚約者だとバレる事自体がマズい。
ただでさえアンズと仲良しという理由でクラスの男子から白い目で見られてる俺がレイアの婚約者だとバレてみろ。想像するのも恐ろしい。
ただでさえ貧乏を理由に女子から見向きもされないってのに、同性の男連中からも見捨てられたらもう学院に居場所なくなっちゃうよ。
ということで、レイアには悪いけど少し離れさせてもらおう。
「それにしても、今日は天気がよくて暖かいな~(スススッ)」
「私はまだ肌寒く感じます(スススッ)」
ピッタリ……
……ダメみたいですね。
しかたない。レイアが飽きるまで付き合うか。
可愛い幼馴染みと密着できて役得だし、誰も通りかからないのを祈って時が立つのを待つしかあるまい。
「おっ? リュートじゃん。何やって……」
そこに現れる知り合い1号!
時を戻そう!
「……取り込み中か。失礼しました~」
残念! 時は戻らない!
待って! 違うの! 説明させてー!!
ダメでした。レイアにガッシリしがみつかれた俺は身動きが取れず、知り合い1号の背中を見送ることしかできない。
何ちょっとスキップしてんねん。言いふらす気か? 絶対そうだろクソ野郎!
俺は……! 無力だ……!!
肩を落として自分の至らなさを噛み締めていると、レイアが「そういえば」と話を切り出した。
遅いよ。もう俺の心はズタボロになっちゃったよ。
「平民の娘と、ずいぶん仲がよろしいんですのね?」
いつもの、鈴が鳴るような可愛らしく響く声とは違い。
獣が唸るような、ゾッとする低い声が耳元で囁かれた。
「婚約者を捨て置いて、他の女にうつつを抜かす悪い犬にはお仕置きが必要ですね?」
あかん。
心だけじゃなく身体までズタボロにされてしまう。