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1.チョコが美味い

 チョコが美味い。


 その昔、異世界からやってきた勇者が提唱した文化『バレンタインデー』。

 気になる異性にチョコレートという嗜好品を贈り気持ちを伝えるという行事。

 最近では義理チョコと言って、日頃お世話になっている人に対してチョコレートを贈るという流行りもあるらしい。


 おかげさまでチョコが美味い。


 庶民の間で有名なこの行事は、数年前に特待生として入学した平民の女性によって、俺の通うこの貴族学院でも流行している。

 令嬢たちが国内でも腕よりの菓子職人たちに依頼して作らせた最高級のチョコレートが、今日この日に学校の内外を縦横無尽に飛び回る。それがバレンタインデーだ。

 大抵は婚約者だったり友人だったりに贈られるチョコレートはしかし、今年はその限りではない様で、とある男子の元に集まっている。


「なんだリュート、チョコもらったのか? 誰からだ?」


 たまたま前を通りかかった知り合いが、俺――リュート――の頬張っているチョコレートを見て羨ましそうに訊いてくる。あげないぞ。


「バイトしてる店のおばちゃんからもらった」

「なんだ義理か」


 なんだとはなんだ失礼な。

 おばちゃんの作る料理は美味いんだぞ。街一番の料理人と言っても過言ではない。

 国王陛下お抱えのパティシエにだって負けない。そのぐらいの実力はあるんだぞ。

 ……さすがに盛ったわ。おばちゃんゴメン。


「まあ義理の1つでも、まったくもらえないようなお前よりはマシだな」

「ぐぬぬ……っ」


 ヘッ、勝った。

 ちなみに貴族の俺がなんでバイトしてるかと言うと、我が家が貧乏だからに他ならない。

 広い王国の領地。その国境にほど近い田舎。田んぼと牧場しかないような土地が、俺の父である男爵が治める領地だ。

 王都にあるこの学院に子どもを通わせるのは、貴族として当然の務め。

 しかし学校というのは如何せん、お金がかかる。それも貴族の為の学校となればなおさら。


『社会勉強として生活費くらい自分で稼ぐんだ! 決して我が家にお金がない訳じゃないからな! 分かった!? 分かって!!』


 とは父の言葉だ。

 変な意地を張るくらいなら認めてしまえばいいのに、息子には偉ぶりたいお年頃らしい。我が親ながらみっともない。


 という訳で、俺は学院から出てすぐ近くの食堂でアルバイトさせてもらっている。

 そして昨日、店主兼コックのおばちゃんからバレンタインデーのチョコレートをもらったという訳だ。

 ちなみに来月にはホワイトデーというのがある。

 バレンタインデーのチョコレートを3倍にして返さなければならないという悪魔の行事だ。

 おばちゃんは言った。


『お返しは期待しとくよ、貴族さま!』


 常日頃はボロ雑巾の如く酷使しておいて、都合の良い時だけ貴族扱いである。ひどい。鬼、悪魔。

 だが俺はおばちゃんの期待に応えてみせる。いや、上回ってみせる。

 なぜならチョコレートというのは決して安いものではないからだ。


 チョコレートの原料となるカカオ豆は、王国内では栽培されていない。

 南方の連合諸国が統治するところでしか育たないのだ。

 数十年前まで王国と戦争していた連合諸国との交易は、現在とても盛んかと言えばそうでもない。

 まだ縁の薄い南方との通商を積極的に行う商会もあるが、国全体から見ればごく少数だ。


 そういうわけで、貴族にとってはそこまで高価ではないチョコレートも、一般庶民からすれば高級品といっていいだろう。

 バレンタインデーにチョコレートを贈るというのは、それだけ「貴方を特別に想っています」という意思表示でもあったわけだ。


 現在は上述の通商に積極的な商会のおかげでチョコレートの値段も下がってきたものの、それでもその他の小麦を使った菓子より高価であることに違いはない。

 そんな貴重な品を、ただのアルバイトに過ぎない俺にプレゼントしてくれたおばちゃんには、とてもじゃないが頭が上がらないのだ。


 もちろんそれとは別に、貴族としての意地もある。

 いくらボンビー男爵家とはいえ、これでも一端の貴族であることに変わりはない。

 庶民の期待に応え、庶民を幸せにする。

 貴族にはその責務と矜持があるのだ。


 つまりこれこそが、ノブ……


 ノム……?


 なんだっけ、忘れちゃった。

 まああれだよ。ノンオイル・ドレッシングだかなんだかってやつだよ。

 分かった? 分かって。


 あと誰か俺に、高級そうに見えて美味しいけど安いチョコレート売ってるお店を教えて? お金ないの。


 まあそんな経緯もあって「キャーーーッ!!」俺は授業の合間に糖分を「イヤーーーッ!!」補給するべくおばちゃん特製の「ヒーーーハーーー!!」チョコレートに舌鼓を打ってい「チョッゲプリィイイイイイイ!!」


 トゲピーいたって今。


「廊下が騒々しいな……」


 どうした突然。

 知り合いが急に意味分からないこと言い出した。


 ……いや、そうか。

 分かる、分かるぞ知り合い。男なら、それもまだ若い時分には、そうやって格好つけたい時ってのがあるもんだよな。

 お前も患ってしまったようだな。思春期男子特有のあの病気をよ。

 安心しろ。お前一人には行かせないさ。逝く時は一緒だ相棒!


「今日は、風が騒がしいな……」

「何言ってんだお前」


 解せぬ。


「ほらアレ見ろよ」


 そう指差された方を見てみれば、そこにいたのは金ぴかに輝く髪の毛を靡かせ、周囲に十数人の女の子を侍らせるイケメンの姿。


「なんだ、王太子殿下じゃん」


 我が王国の次期国王にして、我らが同級生がそこにいた。

 うーん相変わらずのイケメンっぷり。同じ男ながら、見ていて惚れ惚れしますなぁ。何あの笑顔、素敵すぎでしょ。世の女性を独り占めしてしまうおつもり?


 王太子殿下が笑顔で受け取っているのはもちろんチョコレート。バレンタインデーだからね。

 婚約者のいる令嬢たちも「これは義理だから」という言い訳の元、明らかに婚約者の令息に渡すよりも気合いの入ったチョコレートを渡している。


 王太子殿下にまだ婚約者がいないからって、玉の輿を狙う女の子のなんと多いことか。俺も参加していい? 実家にお金をたんまり持ち帰りたいの。


 そうして、瞳にハートを浮かべて蕩けた表情を浮かべている、そんな夢見る乙女たち。

 その中の一人、今まさに王太子殿下にチョコレートの包みを渡そうとしている、顔を真っ赤にした女子。


 俺の婚約者であるレイア公爵令嬢がいた。

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