第八話 決闘の申し込み
「お兄様?」
出かける日の朝。
しれっといるユキナを見て、レナが笑顔で圧をかけてくる。
それに対して、俺は苦笑いを浮かべる。
「口を滑らしちゃってな……」
「まったく……お兄様はいつも脇が甘いんですから……」
文句を言いつつ、レナは許してくれた。
そんな俺たちを見て、ユキナはクスリと笑う。
「仲がいいのね?」
「ユキナさん! 同行は認めますけど、邪魔しないでくださいね!」
「わかってるわ」
「わかってるならいいですけど……どうして制服なんですか?」
レナは多少不満そうにしつつ、ユキナが白い制服を着ていることを問う。
今日は休日。レナは私服のワンピースを着ているし、俺もラフな格好だ。
向かうのはアンダーテイル。平日なら制服でも珍しくないが……。
「外に着ていくような私服は持ち合わせていないの。興味もないから」
さらりとユキナは告げる。
そんなユキナを見て、レナは小さく呟く。
「超絶美人の特権……」
それに対して、俺は確かにと頷く。
服に興味がないのは、何を着ても一緒だからだろう。
素材が良ければ、よほど下手な調理をしなければ美味しくなる。それと一緒だ。
ユキナは素材が一級品。とくに服に拘る必要はないのだ。
「こほん……それじゃあ気を取り直していきましょう。今日は本屋巡りです」
■■■
「わぁぁぁ!! あのシリーズの新刊です! これは!? あの魔導書の簡略版が出ているなんて!!??」
アンダーテイルにはいくつか本屋がある。
レナはその一つで大はしゃぎしていた。
「毎週、この調子なの?」
「月に一回だけだよ。頑張ったご褒美ってところかな?」
「ご褒美ってことは本が好きなのね」
「ああ、好きだな。昔はそれしかなかったから」
俺の言葉にユキナは怪訝そうな表情を浮かべた。
それに対して、俺は深く息を吐く。
別に隠すことでもないからいいだろうと判断して。
「……俺の趣味が風景画って話をしたっけ?」
「いえ、初耳ね」
「……子供の頃、レナは部屋から出られないほど病弱だったんだ。レナの世界は小さな部屋だけ。だから俺は外で見た景色を描いて、レナに見せるようになった。言葉だけじゃ伝わらないから。問題があるとすれば、いつまで経っても俺の腕が上達しなかったことだけど、レナは目を輝かせて見てくれた。そのうち、それが趣味になった。そして、レナも外の世界に興味が出てきて、本で外の世界の情報を取り入れるようになった。レナが本好きなのはその名残だよ」
「ルヴェル君は……妹想いなのね」
「俺だけじゃない。うちの家族はレナにだけはとことん甘い。外で遊ぶ俺や兄をいつも羨ましそうにしていたから。不憫で見てられなかった。だから、今はしたいことをさせてあげたい」
「良い家族ね。羨ましい」
「自分でもそう思う」
俺の言葉にユキナは目を丸くする。
そしていつもより少しだけ明るく笑った。
「ルヴェル君は……面白いわね」
「そのルヴェル君ってのやめない? レナと一緒にいるとややこしいだろ?」
「やめていいの? 名前で呼ぶなんて友達みたいじゃないかしら?」
「君がどう思っているか知らないけれど、友人程度には思っているよ。俺は」
それは正直な気持ちだった。
剣聖の後継者候補というのは抜きにしても、ユキナは一緒にいて心地よい人だ。
一生懸命だし、人に気を遣うこともできる。
レナが本気で拒絶しないのは、そういう良い部分を感じているからだろう。
そうじゃなきゃ同行を許可するわけがない。
レナにとって、この時間は大切だ。
子供の頃、できなかったことの穴埋めだから。
俺を連れていくのもそれが理由。幼い頃、一緒に出掛けることができなかったから。
それなのに同行を許可した。
正直、意外だった。
「……あんまりこういうこと言うべきじゃないと思うのだけど……」
「うん?」
「私……友達がいないの。だからどうすればいいかわからないわ、今……」
いきなりボッチ宣言をされても、俺もどうすればいいかわからない。
喉まで出かけたその言葉を飲み込む。
さすがに俺でもわかる。思ったことを言うのは悪手だ。
「……たしかに一人のときが多いか」
「馬鹿にしてる?」
絞りだした言葉に対して、ユキナが冷ややかな目と声で返してくる。
まずい、これも悪手だったか。
どうも余計な言葉を言ってしまう。
悪い癖なのかもしれない。
「いや、確認しただけで……その……俺も友人が多いわけじゃないから何とも言えないけど、君が嫌じゃないなら名前で呼んでほしい。俺は君を友人と思っているし、あとは君次第だと思うよ」
「じゃあ……その……嫌じゃなければ……ロイ君と呼ぶわね」
ユキナは珍しく弱々しい口調でそう告げた。
それに俺は苦笑しつつ、小さく頷く。
そんな会話をしていると。
「お兄様! 次のお店にいきましょう!」
両手にたくさんの本を抱えたレナが店から出てきた。
その本を受け取り、俺は笑みを浮かべるのだった。
■■■
俺の両手には顔まで積み上げられた本があった。
そのほかにもレナとユキナで手分けして本を持っている。
なかなか大漁だ。
「すみません……ユキナさんにまで持たせてしまって……」
「いいのよ。ついてきたのは私だもの。それにしてもすごい量ね。読み切れる?」
「一か月あればたぶん……」
「本当に本が好きなのね。それなら」
そう言ってユキナは自分のポケットから一冊の本を取り出して、レナが持っている本に重ねた。
「これは?」
「剣聖だった祖母が記した本よ。魔導師であるレナさんにもためになると思うわ」
「元剣聖の本!? そんな貴重な本を貸していただくわけには……」
「もう暗記してるわ。それに部屋に写しもあるから」
「でも……」
レナはチラリと俺を見てくる。
それに対して俺は小さく頷く。
「受け取っておけ。元剣聖が直接書いた本なんて、読める機会は早々ないぞ」
「い、いいんでしょうか……?」
「お邪魔したお詫びよ」
「で、では……大切に読ませていただきます!」
今日一番といっていいほど、レナの顔が輝いた。
貴重さでいえば手元にある本の中でも一番だろう。
ユキナは簡単に渡したが、それは家族だから手元にあるものだ。市場に出回っているものじゃない。
奥義書に近いだろう。
一子相伝の書物ということだ。
それを読む機会は本当に貴重。
レナは喜んでいるが、王国中の剣士が大金を積んでも欲しがる書物なのは間違いない。
「ありがとう」
「気にしないで。気持ちだから」
ユキナはフッと微笑む。
ただ、その笑みは学院の正門に差し掛かったところで消え去った。
そこにはティムと取り巻きの学生たちが立っていた。
「君も学ばないな、ユキナ君」
「タウンゼット先輩……」
「僕は君に優しくしすぎたみたいだね」
そういうとティムはユキナの腕を掴んだ。
そして無理やり引っ張ろうとする。
「なんですか!?」
「来るんだ! お友達ごっこはもうおしまいだ! 僕の妻になる以上、相応しい振る舞いをしてもらう!!」
そう言ってティムは無理やりユキナを連れていこうとする。
そんなティムの手をレナが掴んだ。
「事情は知りませんけど、無理やり連れていくのはおかしいです!」
「うるさい!」
自分に指図されたのが我慢できなかったのか、ティムは勢いよくレナの手を払った。
そのせいで、レナの体勢が崩れる。
レナとて学院で学ぶ優秀な魔導師だ。体勢を崩した程度で、怪我はしない。
けれど、レナはユキナから貸してもらった本を優先してしまった。
大事に抱えたせいで、受け身が間に合わない。
ただ、そんなレナをユキナが支えた。
「大丈夫!? レナさん!」
「あ、だ、大丈夫です……ありがとうございます……」
ユキナはレナを立たせると、怪我がないか確認する。
そしてティムのほうを振り向き、冷たい目で睨みつけた。
「私の友人の妹に……何をするんですか!?」
普段のユキナからは想像もできないほどの怒りに、ティムや取り巻きは思わず一歩下がる。
それぐらい怒ったユキナは怖かった。
けれど。
「ふん、怪我をしたわけでもないんだ。責められる謂れはない。さきに僕の腕を掴んだのはそっちだしね」
「……謝ることもできないんですか?」
「謝る必要性があるかい?」
「……謝ってください」
「断る」
「実力行使で謝らせても構いませんよ?」
ユキナは冷たい声で告げる。
それは脅しじゃない。
「私闘は禁じられているのを知らないのかい? どうしても僕に実力行使したいなら、決闘でも仕掛けるんだね。ただし、周りからどう思われるか考えたほうがいい。婚約者に決闘を仕掛けるなんて前代未聞だからね。君はよくわかっているはずだ。僕らの結婚は望まれているし、希望だと。それを君は踏みにじる気かい?」
ティムはそう言いながらユキナに迫る。
自分だけならともかく、自分の家にも関わる問題なため、ユキナは強く出れない。
それに気をよくしたのか、ティムはユキナの腕を掴んだ。
「君は僕に従っていればいいんだ。そういう運命なんだから!」
ティムはユキナを引き寄せ、無理やり連れて行こうとする。
そんなティムに対して、俺は頭をフル回転させていた。
こういうのは〝作法〟が大事だからだ。
「どうやるんだっけな……ああ、そうだそうだ」
俺は持っていた白いバッジを取り出す。
学院の紋様が彫られたそれは、肌身離さず身に着けておけと言われている。
そしてこの学院において、実力行使で問題を解決する方法。
それが〝決闘〟だ。
やり方はバッジを相手に投げつけ、決闘を申し込むと宣言する。
バッジを相手が拾えば決闘成立だ。
もちろんバッジを拾わなきゃ成立しないが、バッジを投げつけられて拾わないのは臆病者と揶揄される。
だから。
「じゃあ――代わりに俺が決闘を申し込む」
そう言って俺はティムに向かってバッジを投げつけた。
ティムに当たり、地面に転がったバッジが金属音を鳴らす。
それを見て、ティムは怒りに体を震わせた。
「言っている意味がわかっているのかい……?」
「もちろん」
「僕は剣魔十傑の第六席……君は落第貴族……勝負になると思っているのかい? その場の感情なら見なかったことに……」
「いやいや、そういう確認はいいんで。早く拾ってもらえます? 先輩」
俺は落ちたバッジを指さす。
もちろん早く拾えよという目で。
格下からの挑戦を格上が逃げるのは恥だ。
さきほどティム自身が言ったのだ。自分と俺とでは勝負にならないと。
それなら逃げるわけにはいかない。
ゆっくりとティムはバッジを拾う。
そして。
「その決闘……ティム・タウンゼットが受けた」
「日時や場所はいつでもいいですよ。そちらに任せます」
俺が笑いながら告げると、ティムは勢いよくバッジを投げ返してきた。
「僕を舐めたこと、必ず後悔させてやる!!」
ティムはユキナから手を離し、怒りに肩を震わせながら学院に戻っていった。
きっとこれから俺に思い知らすために、準備を始めるんだろうな。
ご苦労なことだ。
「さて、帰るか」
「お、お兄様!? 決闘だなんて!? 勝算があるんですか!?」
「さぁ? やってみればわかるんじゃないか?」
レナの言葉をのらりくらりとかわしながら、俺は散らばった本を片付けるのだった。