第三十三話 白の剣聖
「逆にすればよかったか……?」
俺は剣聖として走りながら呟く。
すぐに転移すればいいと頭の中の自分がささやくが、そんなことをすれば剣聖も転移ができることになってしまう。
転移は大賢者の特権。
剣聖はあくまで高速で移動できるだけ。
その前提を崩すことはできない。
ゆえに、逆にすればよかったと後悔が出てくる。
剣聖として四十万を相手にしていれば、大賢者として学院に駆け付けられた。
今更言ってもしょうがないことだが。
とにかく無心で走る。
四十万を迎撃してから、それなりの時間がかかっている。
いまだ剣聖が駆けつけてないのは自然なことだ。
だが、四十万の帝国軍が動いていたということは、潜入部隊も動いている。
一番の心配は四十万の帝国軍が迎撃されたことを、潜入部隊が知ること。
完全な不意打ちで軍の大部分を攻撃したから、潜入部隊に連絡を取る手段があったとしても破壊したはずだ。
けれど、もしかしたら生き残りの中にその手段を持つ者がいたかもしれない。
とはいえ、ちまちまと残敵掃討をしている時間はなかった。
普通、連絡手段は指揮官の近くにある。
問題ないと思いたいが、万が一、連絡手段が生きていた場合、潜入部隊は陽動失敗の報告を受け取るだろう。
まぁ、あの大惨事のあとに冷静に潜入部隊へ報告できる者が何人いるか、という話ではある。
まずは状況の整理、軍の立て直し。追撃を避けるために撤退。
それから報告だ。タイムラグが必ず発生する。
大丈夫だと思いたいが、もしも潜入部隊が報告を受けたら、全力で学院を落とすだろう。
とにかく首都を落とさなきゃ駄目だからだ。
そんなことになっていてくれるな、と心の中で呟きながら、俺はただ走る。
■■■
「見えた!!」
学院はいまだに健在。
防御魔法も生きているし、外に向かって魔法も放たれている。
しかし、様子がおかしい。
戦っているのが帝国軍ではなく、大量の魔物だ。
しかも学院から遠ざかるように大型の魔物に乗って、帝国軍が移動している。
「何がどうなっているのやら……」
呟きながら、俺は両腰の剣を抜いた。
そのまま目いっぱい跳躍して、空から学院を目指す。
状況は外から大群。中にも何体か魔物が侵入している。
その中でも目を引くのは狼男と戦うユキナの姿だった。
かなり危うい勝負をしているが、どうにか狼男を倒して、立ち上がっている。
そのことに一安心しつつ、俺は立ち上がったユキナに迫る二体の狼男に狙いを定める。
真っすぐ降下し、すれ違いざまに首を落とす。
だが、侵入している魔物はこいつらだけじゃない。
俺は右手の剣を鞘にしまい、後ろにいるユキナを引き寄せる。
「掴まっていろ」
ユキナを片手で抱きかかえるようにして、俺は学院内にいる魔物を排除に動く。
高速で移動しながら、空から確認した魔物たちを瞬時に切り伏せる。
そして。
俺は正門の城壁で動きを止めた。
驚くユキナをそっと降ろし、おそらく魔物を操っているだろう黒いローブの人物に目を向ける。
そのローブの人物はジッと俺を見つめたあと、口を開いた。
「……名は?」
「アルビオス王国七穹剣第一席――剣聖クラウド。三国の盟約に従い、馳せ参じた」
「大賢者が四十万の帝国軍を迎撃したというのは誤報ではなかったか……」
俺がここにいると言うことは、帝国軍の陽動が機能していないということだ。
そのことにフッと笑ったあと、ローブの人物はローブを外した。
金髪に尖った耳、そして色白の肌。
輝く金色の瞳に、顔に浮かんだ特徴的な紋様。
そこには文献にしか出てこない魔族の特徴に合致する男がいた。
「やはり下等な人間は何人集まろうと役に立たんか」
「その口ぶりからするに、魔族か?」
「いかにも。私は魔族のクラルヴァイン。故あって帝国に協力している」
「伝説上の存在が帝国に協力する理由は気になるが……」
俺は言いながら鞘にしまった剣を再度引き抜く。
話をしていても、黒い狼の魔物はゆっくりと学院に近づいてきている。
尋問をするならこいつらを排除したあとだ。
「今日は上古の遺物と会話をしに来たわけではないのでな」
「たかが人間が……調子に乗るな」
クラルヴァインが手を振ると、一斉に黒い狼が走り出した。
それに対して、俺は正門前の黒い狼たちを瞬殺し、そのまま学院を一周するように走り出す。
走りながら、両腕の剣を振り続け、黒い狼たちを始末していく。
数だけは多いが、単体の性能はそこまではない。
だが、放置すれば学院を襲う以上、一匹も放置できない。
すべての黒い狼を倒し終えた俺は、正門前へと戻ってくる。
そして。
「さて……これで少しはゆっくり喋れるな。とりあえず数千年もどうやって生き長らえたのか聞いてもいいか?」
「やはり時というのは恐ろしい……人間どもに植え付けたはずの恐怖が消え去ってしまうのだからな」
そう言ってクラルヴァインは腕を振った。
すると、クラルヴァインの影がどんどん大きくなっていく。
そこから出現したのは赤い竜だった。
しかし、世間一般の竜とは違う。
二足歩行だし、体長もせいぜい三メートルくらい。
鎧を着た竜といったところか。
その手には剣が握られている。
「私の得意分野は魔物の創造。私の傑作、竜闘士は人間程度には……」
意気揚々と語るクラルヴァイン。
そのクラルヴァインの背後に回った俺は、その腹部を剣で貫いた。
魔物の創造が得意分野ということは、研究者ということだ。
本人の戦闘力は大したことはないんだろうと思ったが、案の定だったな。
何体も出されても面倒だから、こういう奴はさっさと始末するに限る。
「かはっ……」
「言ったはずだが? 会話をしに来たわけじゃない」
剣を引き抜き、俺は竜闘士と向き合うのだった。




