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第三十一話 帝国軍大将



 いち早く学院に到着したライナスは、手勢を率いて帝国軍の攻勢が緩い場所から学院に入った。

 そのまま、最も敵の攻勢が激しい正門へと向かったのだ。


「城壁へ登れ! 帝国兵に自慢の魔道銃の味を教えてやるとよい!!」


 そう言ってライナスは手勢を城壁に登らせた。

 ライナスが率いた手勢は五百人。

 しかし、そのうちの三百人が魔導銃を携帯していた。

 闇の商人から購入したものだ。

 良いものは使う。

 ライナスらしい選択だった。


「ルヴェル男爵!」

「おお、クロフォード嬢。ご無事でなによりだ。ロイからも頼むと言われているので、な」

「援軍感謝いたします。ロイ君は……」

「領地で休ませている。相当無理をして駆けたようだったからな。おかげで間に合った」

「そうですか……」


 ユキナはひとまずロイが無事なことにほっと息を吐いた。

 帝国軍は想像以上に近づいていた。

 伝令に出たロイが襲われている可能性もあったのだ。


「ほかの諸侯もそろそろ動き出す頃合いじゃ。時間を稼げば勝てるぞ」

「だといいのですが……」

「何か懸念でも?」

「帝国はどういうわけか、魔物を従えています。それは常識的にありえないことです」


 ユキナの言葉にライナスは頷いた。

 そして自分の予想が正しそうだとも感じていた。

 魔物は魔族が作り出したものだ。

 魔族が帝国に与しているならば、この状況の説明がつく。

 しかし、あえてライナスはそのことを伏せた。

 言ったところでどうにもならないからだ。

 やるべきことは一つ。


「考えるだけ無駄なこともある。今は少しでも時間を稼ぐ。それしかできん」

「そうですね……指揮をお任せしても?」

「承知」




■■■




 ライナスが学院に入ったことにより、学院の防御は分厚くなった。

 そのことは対峙している帝国軍が一番わかっていた。


「正門、突破できません!」

「裏門、攻勢に失敗いたしました!」


 次々に入る報告に潜入部隊を率いる壮年の帝国軍司令官、バッハシュタインは目を瞑る。

 バッハシュタインは南側の戦線で活躍した将軍であり、階級は大将。

 いくつもの国を落とした功績のある英雄だ。

 今回の大規模侵攻に際して、南側から呼び戻されて、この潜入部隊を任せられた。

 すべては自分たちの働き次第。

 ゆえにバッハシュタインは、タランタシオを使って学院を素通りする計画を立てた。

 三国の精鋭が集まる学院の戦力を侮っていなかったからだ。

 なにより。


「祖国を守らんとする若者は強いな……やはり、敵に回したのは間違いか」


 三国同盟があるからこそ、学院は存在する。

 その生徒たちは大公国の存在価値をよく理解している。

 だからこそ、自分の国のために大公国を守る。

 初陣で竦んでくれれば楽だったが、士気が上がってしまった。

 勢いに乗った若者たちを止めるのは至難の業だ。

 しかも確かな能力がある。


「報告!! 学院内にて現在指揮を執るのは、ルヴェル男爵とのことです!!」

「三国一の謀略家か。外から騎馬隊が学院に入ったという報告があったが……ルヴェル男爵だったか」


 全軍をあげてでも止めるべきだったかと後悔しつつ、バッハシュタインは立ち上がる。

 そして。


「私の魔導鎧を! 私が前線に出る!」

「はっ!」


 学院内にたしかな戦術家が入ったならば、猶予はない。

 時間稼ぎをされてはかなわない。

 今すぐ攻めかかるしかないとバッハシュタインは判断したのだ。

 そんなバッハシュタインの後ろに控えていた、黒いローブの人物がつぶやく。


「手助けはいるか?」

「いらん。これは帝国軍の戦だ。部外者は黙っていてもらおう」

「では、お手並み拝見といかせてもらおう」


 黒いローブの人物はフッと笑うと、その場をあとにする。

 忌々しそうにその背を睨みつつ、バッハシュタインは魔導鎧を着て、自らの大剣を握ったのだった。




■■■




「なんだ!? あいつは!?」

「止まらない!!」


 正門。

 そこでバッハシュタインは魔導銃や魔法をすべて剣で弾きながら、前進していた。

 そして正門に取りつくと。


「貴様らだけの技術と思わんことだ……」


 自らの魔力を剣へと込める。

 そして。


「魔剣――爆流火」


 魔剣化を行い、その莫大な威力で正門を一撃で破壊した。

 そのままバッハシュタインは壊れた正門を通って、学院の中へ入る。

 すると。


「撃てぇ!!」


 中で備えていた魔導科の生徒と、ルヴェル男爵旗下の魔導銃兵が一斉に射撃を開始した。

 その一斉射をバッハシュタインは魔剣の一振りで防いでみせる。


「ルヴェル男爵とお見受けしたが……?」

「いかにも。そちらは?」

「帝国軍大将バッハシュタイン」

「南方戦線の英雄か。皇帝はさぞや三国に手を焼いているようだ」

「そのとおり。しかし、それも今日まで」

「それはわからんぞ?」


 ライナスの言葉と同時にユキナがバッハシュタインに斬りかかった。

 バッハシュタインはユキナの一太刀を受け止めると、爆炎を浴びせようとする。

 しかし。

 爆炎はユキナの作り出した氷の防壁に防がれた。


「小賢しい、氷の魔剣か」

「小賢しいかどうか……食らってみなさい」


 ユキナは全力でバッハシュタインを凍らせにかかる。

 しかし、バッハシュタインも全力でユキナを燃やしにかかった。

 炎の魔剣と氷の魔剣。

 ぶつかり合いは完全な互角だった。


「これでは埒が明かないな」

「どうかしら?」


 ユキナはそのまま間合いを詰める。

 そして、バッハシュタインに近接戦を挑んだ。

 魔剣の特性を使うのではなく、純粋な剣技勝負に出たのだ。


「舐められたものだ。私のような古参の将軍は元々、自らの力で栄達した。今はさらに魔導具の補助がある。勝ちは万に一つないぞ!」

「ペラペラと。舌を噛むわよ」


 ユキナは息継ぎすらせず、全力でバッハシュタインを攻撃していく。

 その圧倒的な手数に、さすがのバッハシュタインも防戦に回らざるをえなかった。

 しかし、バッハシュタインは冷静だった。

 素晴らしい攻撃ではあったが、いずれ息が切れる。

 無理をした代償に隙ができる。それを見極めればいい。

 青いな、とバッハシュタインは笑う。

 戦場で最も大事なことは死なないこと。つまり防御こそが大切だ。

 攻撃だけでは格上には勝てない。

 そしてバッハシュタインの予想通り、ユキナは限界がきて、一瞬だけ動きが止まる。

 その隙を逃さず、バッハシュタインは剣を振った。


「貰った!!」


 確実に当たる一撃。

 そのはずだった。

 しかし、ユキナはその一撃を受け止めた。


「なに……?」

「攻撃の瞬間は隙だらけね」


 ユキナがそうつぶやいた瞬間。

 バッハシュタインの後ろにはアネットが回り込んでいた。


「一騎打ちなんて言った覚えはないよ?」

「くっ!」


 アネットは遠慮せず、バッハシュタインに対して火球を放った。

 すでに学院内に侵入を許した以上、学院に配慮する必要はない。

 考えることは味方を巻き込まないこと。

 その点もユキナが一気に攻勢に出たことで、味方との距離ができて解決していた。

 バッハシュタインは咄嗟に対応しようとするが、ユキナにカウンターを仕掛けたことで対処が遅れてしまう。

 剣で防ぐことができず、魔導鎧の性能を信じて、火球を受けるしかなかった。

 爆発の瞬間、アネットとユキナは同時にバッハシュタインから離れる。

 だが、二人に油断はない。


「ありゃりゃ……帝国軍の大将って強いんだねぇ」

「ええ、想像以上だわ……」


 火球を完璧に食らったバッハシュタインだったが、致命傷は避けていた。

 魔導鎧で大部分を防ぎ、軽い火傷を負っている程度。

 まだまだ健在だった。


「さすがは三国の逸材が集まる学園……大した威力だ」


 バッハシュタインはそう言いながら、焦げて役に立たなくなった胸当てを強引に外す。

 もはや魔導鎧としての機能は消失しており、ただの重い鎧と化していたからだ。

 しかし、その程度で済んだ。

 普通の鎧では防ぎきれなかった。


「育ち切る前にここで斬っておくのが帝国のためか。ルヴェル男爵と共にその命、もらい受けよう」


 そう言ってバッハシュタインが笑った時。

 バッハシュタインの後ろから伝令兵がやってきた。

 そして、何かバッハシュタインに耳打ちする。

 バッハシュタインは驚いたように目を見開くが、すぐに頷くと踵を返した。


「あれ? 帰るの?」

「事情が変わった。許せ、若き逸材たち。これからはただの虐殺だ」


 そう言ってバッハシュタインは部下と共に引き上げていく。

 学院の生徒たちは敵を追い払ったことに歓声をあげたが、すぐに敵が引き上げた理由を知り、黙り込んだ。

 帝国軍は学院のことを無視して、進軍を開始していた。

 その代わり。

 周囲を埋め尽くさんばかりの黒い狼の魔物が学院を囲っていたのだった。


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