第二十八話 大魔法
帝国軍四十万。
その姿を肉眼で捉えることはできない。
しかし、俺はしっかりとその動きを捉えていた。
魔法で作り出した球が帝国軍を捉えたからだ。
「やはり動き出していたか」
球を通して、頭の中に映像が流れる。
空からの映像で、眼下には隊列を組んで前進する帝国軍の姿があった。
さすがに四十万もいると、多い。
いまだに軍勢は二つに分かれていない。ギリギリまでは一塊で進軍する気なのだろう。
好都合ではある。
「最大火力の一撃でどうにかするしかないか……」
とにかく敵が多い。
撤退に追い込むには相当な損害を与える必要がある。
司令部を潰したとしても、ほかの場所に指揮官級の者がいた場合、きっと進軍は続く。
なにせ目的が陽動だ。
戦力がある程度維持できていれば、目的を果たそうとするだろう。
それでは困る。
大魔法による一撃で撤退してもらわないと。
こっちには時間も人手も足りないのだから。
「空虚なる魔天――」
敵との距離がある今、詠唱に時間がかかることはデメリットにはなりえない。
俺が使うのは上古の神淵魔法。
基本的には長い詠唱を使わない魔法だ。
戦闘で使うために、そういうものが省かれたからだ。
しかし、その中でも特殊なものも存在する。
威力を重視し、準備に時間がかかるこの大魔法はその一種だ。
「神光は満ち満ちた――」
詠唱の数だけ魔法陣が増えていく。
展開されるのは敵軍の頭上。
「禍光招きたるは無垢なる問い――」
その魔法陣の大きさは俺が使う神淵魔法の中でも飛びぬけてデカい。
三つの魔法陣が出現したことで、兵士たちも異常に気付いたようだ。
明らかに何かがおかしい、と。
「無知の咎を其の身で受けるがいい――」
四つ目の魔法陣が出現する。
一つ目より二つ目。
二つ目より三つ目。
魔法陣は徐々に大きくなっている。
そして魔法陣はゆっくりと回り始めた。
「神威は天に在り――」
五つ目。
その頃になって、帝国軍は防御態勢を取り始めた。
逃げることは不可能だからだ。
そんな帝国軍に対して、俺は残酷なまでにあっさりと。
最後の言葉を告げた。
【神威ノ天答剣】
空に浮かぶ五つの魔法陣。
さらにその上から巨大な剣が降ってくる。
光が集まったその剣は、一つ目の魔法陣を通過して、巨大化した。
さらに二つ目、三つ目と通過するごとに剣は巨大化していく。
すでにその大きさは数十メートルを超えている。
これは軍勢に対する魔法ではない。
これは対都市用の攻城魔法。
守りを固める都市を、その守りの上から容赦なく破壊する無慈悲な大魔法。
四つ目を通過した段階で、帝国軍側も何重もの防御魔法を展開した。
四十万を守るように半球状の透明な壁が出来上がる。
しかし。
五つ目を通過し、百メートルを超える超巨大な剣へと変貌したそれは。
帝国軍の防御魔法に触れた瞬間、その防御魔法を砕いてしまう。
ガラスの割れるような甲高い音とともに、帝国軍の防御魔法は崩壊していく。
そして何も守るものがなくなった帝国軍の頭上に、光の剣が降ってくる。
もはや逃げられないと悟った帝国軍の兵士たちは、絶望しながら空を見つめる以外に手はなかった。
衝突。
大きな土煙がまきあがり、その後に光の剣が爆散する。
その爆発によって、さらに土煙が巻き起こる。
もはや何が起きているのかわからない。
兵士の悲鳴も圧倒的な物量と爆音によって消え去ってしまう。
やがて、土煙が晴れると、そこには巨大なクレーターが出来上がっていた。
圧倒的威容を誇った四十万の帝国軍の姿もない。
奇跡的に生き残った兵士もいるようだが、もはや組織立って動くことはできないだろう。
この惨事を見て、まだ戦う気になる者はそうはいないはずだ。
自分でやっておいて、こんなことを言うのはおかしな話だが。
「戦争じゃなくて虐殺だな」
四十万の軍勢が一瞬で壊滅した。
半分は間違いなく死んだ。半分も無傷ではない。
衝撃波で吹き飛ばされた者が多数いる。
辛うじて生きている者も、時間が経つごとに死んでいくだろう。
帝国軍相手にここまでの損害を与えたことはない。
いつも司令部を潰して、撤退させていたからだ。
それが一番効率的だったから。
そして、今はこれが一番効率的だった。
今、俺はこの大陸でもっとも人を殺した人間になったわけだが。
不思議なことに、とくに思うことがない。
これまでも殺してきた。
だから数が増えても何も感じない。
必要だからしただけのこと。
そう思いながら、俺はフッと笑う。
なるほど、父上の言う通りだ。
俺にとって帝国軍を迎撃することは〝作業〟となっていたようだ。
周りからは、さぞや化け物に映るだろう。
けれど。
そんな化け物にも守りたいものがある。
帝国兵を殺しても大して心は動かないが、学院に敵が向かっていると思えば、心がざわつく。
このざわつきが、まだ俺が人である証拠でもある。
「行くか」
なくすわけにはいかない。
大切なものだ。




