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第二十六話 戦う理由



 父上の領地に戻った俺は、さも早馬で駆けてきたような演技をしながら屋敷の中に入った。


「父上……! 父上!!」

「はっはっはっ!! あの日の王国軍と皇国軍の顔を見せてやりたいわ! ワシは戦況をジッと見守り……おっ? ロイ、どうした?」

「……何をしてるんですか?」


 屋敷の応接室。

 そこで父上はソファーに座っていた。

 金髪の美女を横に侍らせて。

 自分の武勇伝を意気揚々と語る姿は、ちょっと見てられない。

 なんて思っていると。


「見てわからんか?」

「わかりませんけど……」

「お前の次の母上を作ろうとしておるところじゃ」

「……」


 少し理解に時間がかかった。

 そして理解した後、俺はゆっくり腰の剣を抜いた。


「腕がなぜ二本あるか知ってますか? 一本くらい切り落とされても大丈夫なようにです。亡き母上の墓に供えてあげますよ」

「ま、待て!? 待ってくれ! 冗談! 冗談じゃ!!」


 父上はソファーの後ろに逃げ込む。

 それを見て、金髪の美女はくすくすと笑った。


「さすがルヴェル男爵のご子息。面白いですね」

「冗談が通じなくて困る……」

「では、またご贔屓に」

「ああ、また頼むぞ」


 そう言って美女は部屋から去っていった。

 それを見て、俺は剣を鞘にしまう。


「誰です?」

「商人じゃ。闇の、な」

「闇の商人?」

「高くつくが、なかなか流通しないものを売ってくれる。それで? 何事じゃ?」

「帝国軍の作戦がわかりました。四十万で陽動を行い、大公国の首都を精鋭部隊で落とす気です」

「帝国軍も切羽詰まっているようじゃのぉ。皇帝から圧力でもかけられたか? いきなり詰みの一手とは……勝負に来たのぉ」


 父上は面白いとばかりに笑う。

 自分の国が狙われたというのに、笑ってられるあたり、やっぱり頭のネジが何本か抜けているんだろうな。


「して、策は考えてきたか?」

「四十万は大賢者が引き受け、大公国の救援は剣聖が行います。ただ、帝国軍の作戦日時が読めないので、間に合うかどうか……」

「日時など予想するだけ無駄じゃ。感づかれたと潜入している部隊は察したはず。作戦日時が十日後だろうが、一月後だろうが、今日動くに決まっておろう」

「しかし、それだと四十万が陽動になりませんが……」

「そんなこと潜入部隊には関係ないわ。敵国に潜入していて、バレたんじゃ。動かなければ全滅。とにかく首都を目指すじゃろう。ただ、帝国軍とて複雑な作戦を実行する以上、潜入部隊と意思疎通する術を持っているかもしれん」

「俺みたいに瞬時に移動できる奴がいると?」

「それか、古の魔族のように遠く離れていても会話ができる者がいるのか、じゃな」

「魔族は伝説上の存在です」

「お前とて伝説上の存在じゃ。たしかに大陸の支配権をかけて人類と争い、魔族は敗れた。しかし、全滅したかどうかはわからん」


 父上はそんなことを言いながら、杖をついて歩き始める。

 その後に続きながら、俺はあることを聞く。


「ところで、師匠たちは?」

「旅に出たぞ。またそのうち帰ってくる。安心しろ」

「心配したわけじゃありません。というか、居てくれれば楽だったのに……」

「期待はするな。先代は所詮先代。表舞台からは退いた身じゃ」

「いいご身分ですよ、本当に」


 人にすべて押し付けて、自分らは旅とは……。

 ここにどっちかがいてくれれば、それだけで学院の安全は確保できたのに。


「それはそれとして……レナは学院か?」

「ええ……ルヴェル男爵家の者が二人ともいなくなれば、いらぬ悪評が立つからといって……」

「立派じゃな。ワシの娘とは思えん」

「まったくです」

「そこは否定しろ」


 父上は顔をしかめながら、自室に入る。

 そこで父上は自らの鎧を身に着け始めた。

 俺はそれを手伝う。


「学院は首都防衛の最終ラインじゃ。間違いなく戦いが起きる。急がねばならんな」

「はい、できればその前に食い止めたいんですが……たぶん難しいですね。残って戦いに加わる生徒たちもいます。ひどい事態にならないといいんですけど」

「ほう? 学院が大切か?」

「暮らしていれば愛着くらい湧きます」

「そうかそうか」


 父上はなぜか嬉しそうに頷く。

 そしてすぐに真剣な顔つきで問いかけてくる。

 

「作戦のことを皇王は知っているのか?」

「いえ、時間がないのでヴァレールと俺の独断です」

「仕方ないことじゃが、そうなると確実に王国を味方につけねばならん。剣聖として独断で動いてはならん。国王と剣聖、皇王と大賢者。どちらも関係が悪くなれば、帝国軍を追い返しても不和が残る。剣聖として国王を立てるのじゃ。そして国王を説得して、剣聖を派遣させよ。そうなれば戦後、皇王が激怒したとしても国王が間に入ってくれる」

「ややこしいですね……」

「ややこしくて当然。剣聖と大賢者はどちらも国の要。柱石じゃ。振る舞いに気を付けなければ争いを引き起こしかねん」

「わかっているなら、なぜ俺を学院になんて置いておくんです? 剣聖と大賢者に集中させてくれればいいのに……」


 思わず愚痴がこぼれる。

 それに対して父上はフッと笑う。


「ワシがお前を学院に在籍させている理由がまだわからんようじゃな?」

「わかりませんよ。父上の考えることは」


 鎧を着た父上は剣を腰に差すと、俺を見つめる。

 そして目を細めた。


「答えを教えてやろう」

「どういう風の吹き回しです?」


 父上が答えを教えてくれるなんて……。

 わからないことは考えろといって、決して答えを教えてくれないのに。


「答えを知ったところでもはや変わらん。だから教えるのだ」

「はい……?」

「これはワシの持論じゃが……戦争で殺そうが、平和な時代で殺そうが、人を殺せば人殺しじゃ。その事実に変わりはない」

「……」

「戦争は愚かしい行為じゃ。しかし、どれだけ愚かだと思っていても、敵が迫ってくるならば戦うしかない。奪われるくらいなら奪うほうがマシだからじゃ。人を殺さねばならん。じゃが、我らは獣ではない。殺人の快楽におぼれたりはしない。狂気に呑み込まれたりもせん。なぜか? ここに理由があるからじゃ」


 父上は俺の胸を叩く。

 そしてニヤリと笑った。


「戦うための理由。ワシはたしかに謀略家で、人殺しじゃ。しかし、すべては――領地を、家族を守るため。それがブレたことなど一度もない。王国だろうが、皇国だろうが、帝国だろうが、関係ない。ワシの領地に、家族の居場所を奪おうとするならどれほどの大軍だろうと、ワシは立ち向かう。それがワシの戦う理由だからだ。そして……お前の戦う理由が学院じゃ」

「どういうことですか……? 俺も父上と同じで家族のために……」

「家族だけでは軽かろう。相手は帝国。守らねばならないのは三国の民。家族のためにというには多すぎる。ゆえに、お前を学院に通わせた。あそこに通う彼ら、彼女がお前の守るべきものだ。名も知らぬ他国の誰かを守るのではない。親交を結んだ学友の国を守るのじゃ。ひいては学院の友を守るのだ。若者こそが国の未来。あの学院でお前が過ごす他愛のない日常。それがあちこちにある。それを守るのじゃ」


 父上はそう言うと深くため息を吐いた。

 そして。


「お前は強い。ワシでは計り知れんくらい、な。ゆえにこそ、守ることはできるだろう。しかし、守るものが見えない防衛戦にはいずれ綻びが生じる。たしかに学院に通わないほうが楽だろう。だが、当事者意識が芽生えなければ、いずれは防衛が作業になる。そして戯れになるだろう。そうなってはお前は……ただの人殺しの怪物じゃ。覚えておけ。あそびのない仕掛けはすぐに壊れる。余裕がなければいかん。学院での生活がお前のあそびじゃ。無駄こそ至上。学院での生活がお前の精神を癒し、お前に守るべきものをしっかり見せてくれる。押し付けられたから守るのではない。お前が守りたいから守るのだ。そして、今のお前は……レナだけでなく、学院自体を守りたがっているように思える。つまり、ワシの策が成功したということじゃ」


 父上は俺の肩を叩き、そのまま歩き出す。

 そして。


「学院にて待つ。男なら守りたいものは自分の手で守って見せよ。時間くらいは稼いでやろう。剣聖にして大賢者ならば、すべてを完璧にこなせ。そのうえで、見せ場は取っておいてやろう。遅れるようなヘマはするでないぞ?」


 そう言って父上は集められるだけの手勢を集めて、出陣した。

 それを見送り、俺はため息を吐いて王国へ向かうのだった。


まだまだ体調不良継続中……( ノД`)シクシク…

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― 新着の感想 ―
[良い点] 父上の魅力が描写されてて「うおおおお!!!」ってなりました。 [一言] ゆとり、余裕、遊び、たゆみ。 たくさんの言葉で紡がれる「それ」の肝要さを知った上で、実践できる者にしかない強さってい…
[良い点] お大事に  親父カッコいい。
[気になる点] 体調に気を付けて無理しないで下さいね。 [一言] 偉大なる父ですね。 ってか、智謀の父親の武力の力はいかほどなのかな?
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