第二十四話 帝国の作戦
ルテティア皇国。
黒の大賢者エクリプスの屋敷に俺はやってきていた。
緊急の来客が来たから。
ただ、慌てることなく俺はいつものペースで応接室へ向かう。
すると。
「遅いぞ」
「急いだほうだが?」
「こっちは王に報告する前に、お前のところに来ているんだ。もっと早く来い」
無茶なことを言ってくれる。
そう言いながら、俺は来客、ヴァレールの対面にあるソファーに腰かけた。
そこで俺はヴァレールが怪我をしていることに気づいた。
「怪我とはらしくないな」
「厳戒体制の帝国を無理やり突破したからな。とはいえ、最近鈍りすぎたと反省はしている」
ヴァレールの右腕には包帯が巻いてあった。
おそらく攻撃が掠ったんだろう。
帝国から逃げきって、それで済んでいるなら大したものだが、ヴァレール基準では鈍っているらしい。
「わざわざ帝国まで侵入していたということは、暗号文が解けたか?」
「無論だ。ただ、日にちまではわからなかった。とはいえ、厄介なことになる」
「だろうな。それで? 帝国は何を企んでいる?」
俺の問いにヴァレールは懐から地図を取り出し、机の上に広げた。
そして左手で帝国から王国、皇国へのルートを示す。
「まず、帝国は総勢四十万の軍勢で王国と皇国へ攻め入る。配分はわからん。二十万と二十万かもしれんし、三十万と十万かもしれん。とにかく大軍勢だ」
「それだけ集めたということは、ほかの戦線での戦いをやめたか」
「そういうことだ。帝国は本気で三国に集中し始めた。とはいえ、それは予想していたことだ。侵攻軍を跳ね返し続ければ、そのうち帝国が本腰をいれてくる。ただ、今回の帝国の本命はこの四十万じゃない」
ヴァレールの左手が動く。
指し示すのは大公国。
その港。
「四十万は囮だ。狙いは大公国。すでに部隊は侵入している。手薄な首都を制圧し、三国に楔を入れる気だ」
「……どうやって侵入した?」
「お前が倒したクラーケン、あれが帝国の差し金だそうだ。せき止められた船が一気に大公国に入ったとき、その混乱に乗じて侵入された。港は大混乱だ。バラバラで侵入されたら阻止できん」
「魔物まで導入するとは手が込んでいるな。しかし、潜入させられる人数にも限りがあるはず。いくら大公国の首都が手薄とはいえ、落とせるものか?」
「落とす気なんだから、落とす算段があるんだろう。こっちの想像以上に敵が多いパターンもある。船が殺到したのは大公国だけじゃない。皇国にも殺到していた。皇国から大公国に向かうルートは、海路ほど厳重じゃない。一旦、皇国に入って、大公国へ向かっていることも考えられる」
「なるほど。手段はいくらでもあるわけか」
ヴァレールの言葉を聞き、俺は一つ頷く。
首都を落とせるなら……良い作戦だ。
大公国は三国最弱だが、三国同盟の要でもある。
大公国が間に入るからこそ、長年いがみ合っていた王国と皇国の同盟を実現することができた。
その首都が落ちれば、衝撃は計り知れない。
大公国は学院以外にも多くの協力を両国にしている。
経済的支援、軍事的支援。どちらも、だ。
そういう支援のおかげで、両国は帝国に集中できている。
それは大公国を両国が守るという前提で成り立っている。
にもかかわらず、首都が落とされれば同盟の価値は地に落ちる。
両国が大公国を守れないことが証明されてしまうからだ。
「首都を落とされた時点で三国同盟は崩壊するな」
「盟約が意味ないと誰もが思うからな。少数で首都を落とされたなら、さっさと奪還すればいいと思うだろうが……俺なら王族や大臣級の者の首はすべて刎ねる。むしろそこに集中する」
「とりあえず国としての機能をマヒさせれば、王国と皇国の間に空白地を生ませることができるからな。次の王を誰にするか、今後、どうするべきか。王国と皇国が口を出してくるのは目に見えている。そして、それはいがみ合いに発展するだろう」
「そうなれば王国と皇国は二正面の戦線を抱えることになる。両国は同盟相手ではなく、潜在的な敵同士だ。大公国を離反させるでもよし、各個撃破でもよし。帝国はやれることが増える」
ヴァレールは左手を再度動かす。
場所は王国と皇国の国境。
そこを指でたたきながら告げる。
「大公国を助けたいが、陽動がデカすぎる」
「私が一人で引き受け、残る十二天魔導を大公国の防衛に当たらせる……という策を王が聞き入れると思うか?」
「思わんな。お前が皇国の名門出身なら王も信頼するだろうが、お前の出自ははっきりしていない。今まで以上の大規模侵攻となれば、王は十二天魔導を帝国国境に回したがる。お前の実力は関係ない」
「では、王国はどうだ? 剣聖が軍勢を引き受け、七穹剣が大公国の防衛にあたる」
「ありえん話だ。国王がどう考えるかわからんが、ほかの貴族がそれを許さんだろう」
となると、やれることは一つか。
できればやりたくないが。
なにせ、疲れる。
「では、すべての軍勢を私が引き受け、剣聖が大公国の防衛にあたる。これならどうだ? 逆でもいいが、私のほうが向いてはいるだろう」
「可能なら妙案だが……それでも王国を説得する必要がある。それに我らの王が許可するかな?」
「王には伝えん。独断でやる」
「わかっているのか? 一応、国家存亡の危機だが?」
「わかっているからだ。王に相談すれば、時間がかかる。今は時間が惜しい。お前は王国へ向かい、国王を説得してほしい。穏健派の国王なら説得できるはずだ」
「その間にお前は迎撃準備か。しかし……四十万だぞ?」
「問題ない。心配なのはそっちだ。説得できるか?」
「……やれるだけやろう」
「では、互いに急いだほういいな」
「王国へ向かう途中、大公国にも警告する。重く受け止めて、首都を放棄してくれると嬉しいんだが……」
「期待しないほうがいいだろう」
俺の言葉にヴァレールは肩を竦める。
そして風と共にヴァレールの姿が消えた。
それを見て、俺もその場を後にする。
日にちがわからないということは、すでに事が動き出しているかもしれないということだ。
とにかく今は時間が惜しい。
体調崩れた……(*´Д`)




