第二十一話 英雄の稽古場
最初にアネットと出会った森。
俺は足音を殺して、そこにいた。
泉の前にはアネット。
俺は木に寄りかかりながら、様子をうかがう。
魔法はこの前と同じ初歩的な魔法。
普通は威力を上げる練習をするが、アネットの練習は逆。
学院内で魔法を放てるように、威力を抑える練習だ。
けれど、目いっぱい頑張った結果。
泉の上で大きな火球が爆発して、アネットはまた泉の水を被った。
俺はそれを見て、木から離れた。
最初とは逆。
俺がアネットに近づいていた。
「気が散らないように気を遣ってくれたんだ……」
「気づいてたか」
「これでも周囲の気配には敏感なんだ……」
こちらを見ないため、アネットがどんな表情を浮かべているかはわからない。
けれど、元気とは程遠いだろう。
俺はアネットの頭に持ってきたタオルをかぶせる。
「風邪、引くぞ?」
「馬鹿みたいって思うでしょ……? 最初は濡れるのが嫌で対策してたんだ……けどね? それって失敗前提でしょ? それじゃ駄目だって思って……何もしなくなったんだ。濡れるのが嫌ならコントロールしなくちゃって自分にプレッシャーをかけてたんだけどさ……」
アネットはタオルを抱きしめるように握る。
そして。
「もう濡れるのも慣れちゃったよ……」
泣いているんだろう。
声がいつもと違う。
毎回毎回、自分の成長のなさを水と共に実感させられるのはしんどいだろう。
普通に学院で実感させられてもしんどいのに、アネットはわざわざこんなところにやってきて、実感させられている。
もう心が限界なんだろう。
それでも。
「成長は足掻かないとできないぞ」
「……ロイ君って……もしかしてひどい人……?」
「かもな」
俺はアネットへ左手を差し出した。
だが、アネットは手を握りはしない。
それに対して、俺はため息を吐く。
「アネットさん、案内したい場所があるんだけど?」
「……気分じゃない」
「いじけてるとチャンスを逃すぞ?」
「……」
「はぁ……アネット!!」
昨日会ったばかりの子を呼び捨てにするのは気が引けるが、他人行儀ではきっとアネットは動かない。
強く名前を呼ばれて、アネットは肩をびくつかせた。
「お、大きな声出さないでよぉ……泣いちゃうよ? いいの?」
「もう泣いてるだろ? いいから来い」
おずおずと手を出すアネットの手を掴み、俺は引っ張って歩き出す。
アネットは顔を伏せたまま、俺に引っ張られるままだ。
いつもの元気は鳴りを潜めている。
いくら陽気なアネットでも落ち込むことはあるということだ。
それはしょうがないだろう。
弟や妹の将来。
国からの期待。
将来への不安。
それらをすべて解決する方法が、学院で魔導師として大成すること。
ようやく見えた解決の道なのに、それが自分の能力のなさで途絶えそうなのだ。
もちろん、学院だってアネットの才能を腐らせる気はないだろう。
今は座学を頑張ってもらって、アネットが問題なく魔法を放てる環境を作る。
けれど、その環境が整う保証がない。
アネットにとってちょっと待ってというのは、死刑宣告に近いのだ。
説明くらいはされただろうが、きっとアネットには届かなかっただろう。
そんな中、俺は森の開けた場所にたどり着いた。
「ここは……?」
「試しに魔法を撃ってみろ。あの木に」
俺は一際大きな木を指さした。
それに対してアネットは首を横に振る。
「だ、駄目だよ……燃えちゃうんだよ!? 火事になっちゃう!」
「平気だからやってみろ」
「でも……」
踏ん切りのつかないアネットに対して、俺は腕を組んだまま何も言わない。
本人がやるかどうかだ。
しばらく考えたあと、アネットは告げた。
「し、信じるからね!? 燃えたら……一緒に消火してくれる!?」
「大丈夫だから。何か起きたら全部なんとかしてやる。何も起きないけど」
「本当!? 嘘だったら許さないからね!!」
そう言ってアネットはもうどうにでもなれとばかりに、右手を木に向けた。
そして。
「知らないよ! 【火球】!!」
泉に向けて放った時のように魔法を放った。
なるべくコントロールしようとしているようだが、そもそもコントロールは反復練習で身に着けるものだ。
一日に一回、多くて二回程度のアネットがコントロールできるわけがない。
大きな火球が木へと向かっていく。
そして直撃した。
「あわわわっっ!!??」
「大丈夫だって。よく見ろ」
俺は木を指さす。
煙が晴れた後、木は何事もなく立っていた。
周りに燃え移ってもいない。
「えっ!? えっ!? えええぇぇぇ!!??」
「ここは魔力が流れる〝星脈〟の密集地点だ。魔力の恩恵を受けた木々の生命力は尋常じゃない。燃やしたくても燃えないし、たとえ燃えても一瞬でかき消えてしまう。古来、こういう場所で英雄は稽古をしていたらしいぞ。アネットにとっても良い稽古場だろ」
「……〝星脈〟の密集地点なんて……初めて聞いたよ……どうやって見つけたの……?」
「良さそうな風景を探してたら、たまたまな。あまりにも異質な場所だから獣が避けてた。それで気になって調べたんだ」
特徴は嘘じゃない。
けれど、見つけた理由は違う。
〝星霊の使徒〟である俺にとって星脈を見つけるなんてわけはない。もちろん密集地点も楽勝だ。
見えているのだから、密集しているところを探せばいい。
「ここなら何度も魔法を撃てる。センスでどうにもならないなら、練習量だ。頑張れ」
俺はそう言うと、近場の木に背を預けて座る。
そのまま、スケッチブックと筆を取り出した。
「えっと……」
「帰り道が心配だから終わるまで一緒にいる。俺は俺で描いているから。終わったら訂正箇所を教えてくれ。それが〝対価〟だ。タダは危険らしいからな」
「ロイ君……ありがとう!!」
アネットは感極まった様子で抱き着いてきた。
びしょ濡れで。
「濡れたままくっつくな! それに喜ぶのが早い! 練習できるようになっただけだろ!」
「任せて! しっかり練習して、あっという間に剣魔十傑になって、十二天魔導になってみせるから! そしたらこの恩は何倍にしても返すからね! 楽しみにしてて!!」
そんな宣言をすると、アネットはスキップしながら木の方へ向かっていく。
これまでは好きなように魔法を放てなかったが、これからはできる。
嬉しくて仕方ないらしい。
そういう姿を見ていると、微笑ましくなる。
誰であれ、活気に満ちているのは良いことだ。
沈んでいるよりはよほど見ていて気分がいい。
ただ。
「あいつ……」
濡れた服で抱き着いてきたせいで、スケッチブックも濡れてしまった。
俺はモヤモヤしたまま、ため息を吐くのだった。




