第十九話 タダは駄目
昨日はすみませんでしたm(__)m
よく寝れました!
「やぁやぁ、また会ったね!!」
次の日。
俺はアンダーテイルへ買い出しに来ていた。
レナからサボるなら買い出しをしてきてと、お願いされたからだ。
学生が食事をとる時、選択肢は二つ。
一つ目は学食でご飯を食べる。寮生の大半はこれだ。
二つ目は自分で作る。
これには自分たちで食材を用意する必要がある。
俺とレナは基本的に夕食に関しては後者だ。
レナが料理を作るのが好きというのもあるが、そういう機会でもなければ俺が食事を抜くからだ。
眠いときはご飯なんて食べずに寝てしまう。
それを避けるために、レナが提案したことだ。
学食のモノより美味しいし、俺に異論はなかった。
ただ、アンダーテイルの物価は高いのだ。
貴族の子弟が大半を占めるグラスレイン学院。そこをターゲットにして成長した町のため、どうしても安さより品質をどこも追い求める。
おかげで、俺たちは節約を余儀なくされる。仕送りがあるとはいえ、無駄遣いができるほどじゃない。
タウンゼット公爵からの馬車十五台分の金塊もまだ届いてないし、そうじゃなくても父上は子供に大金を持たせることを嫌う。
工夫しなくなるからだ。
金が無いからこそ、知恵を出す。金があればそれで大抵のことは解決してしまう。
頭のネジが外れている人だが、そういうところはしっかりしている。
というわけで、俺は安くなっていた野菜類を買った。
どこから入手しているのか知らないが、レナはあちこちの店の情報を持っている。安売り情報はいつも的確だ。
我が妹ながらしっかりしている。
そんな買い出しの帰り。
俺はコロッケを売っている屋台に足を止めていた。
別に欲しかったわけじゃない。
見知った顔がエプロン姿で、屋台でコロッケを売っていたからだ。
その見知った顔はニコニコと笑いながら、俺に手を振っていた。
「……何をしている?」
「何って……コロッケ売ってるけど……見てわからない?」
見知った顔、アネットは不思議そうに首を傾げた。
そこに疑問を抱いたわけじゃないんだが……。
まぁいい、関わらないでおこう。
俺は一つ頷くと、その場を後にする。
だが、背中に声が届く。
「あああぁぁぁぁっっ!! こんなに美味しいコロッケが二個!! 売れ残っている!!」
「……」
「どうしよう? 売れ残ったら怒られちゃうかも……」
振り返ると、アネットが茶目っ気のある笑みを浮かべていた。
無視して帰ることもできたが、このまま帰ったら気になってしまう。
しょうがないので、戻って俺は告げた。
「コロッケ……二つ」
「毎度あり!」
お金を出すと、慣れた手つきでアネットがコロッケを差し出してくる。
そして俺が受け取ると。
「おじさーん!! 売り切れたよー!!」
「おー! いつもありがとね! そのまま帰っていいよー!!」
「はーい!」
店主に声をかけたアネットは、帰宅の許可をもらい、そのままエプロンを外して俺のところまでやってくる。
そして。
「ありがとね! ロイ君! おかげで完売だよ!」
「……」
人好きのする笑みを浮かべて、アネットはえへへと笑う。
人たらしというのは、こういう子のことを言うんだろうなと思いつつ、俺は二個あるコロッケのうち、一つを差し出す。
「……なに?」
「元々そのつもりじゃないのか?」
「どういうこと?」
「いや、二個買わせて、一個は自分が貰うつもりなんじゃ……」
「そんなことしないよ! 二個ともロイ君が食べて! 男の子なら二個くらい余裕でしょ?」
「見てわからないのか? 俺はこの後、夕食が控えているんだ」
元々、食べるほうじゃない。
こんな時間にコロッケを二個も食べたら、夕食に支障をきたす。
レナに怒られるのは勘弁だ。
「でもぉ……」
「でも?」
「タダは良くないよ、タダは。知ってる!? タダより怖いものはないんだよ!?」
大げさにアネットはタダの怖さをアピールしてくる。
どうやらタダは駄目らしい。
頑なに受け取らないアネットに対して、俺はため息を吐く。
「昨日、絵を直してくれただろ? そのお礼だ」
「えっ? あれは勝手にやっただけだし……」
「タダは駄目なんじゃないのか?」
「あうぅ……」
痛いところを突かれたアネットは、変な声を出しながら視線を逸らす。
そんな中、ぐぅ~とアネットのお腹が鳴った。
さすがのアネットも恥ずかしかったのか、顔を赤くしてお腹を押さえる。
「うううぅ……こ、これは違うの!! 今日はね! 一日中、何も食べてなくて! 食いしん坊なわけじゃないんだよ!!」
「で? 食べるのか? 食べないのか?」
「食べるっ!!!!」
観念したのか、アネットが両手を差し出してきた。
そして、アネットはモグモグとコロッケを食べ始めた。
お腹が空いていたからか、すぐに食べ終わってしまう。
「ご馳走様でした! やっぱりここのコロッケは絶品だなぁ。どう!? どう!? 美味しいよね!?」
「ああ、美味しい」
ぐいぐいアピールしてくるアネットに対して、俺は正直に答えた。
たしかに美味しい。
これなら二個、三個食べられるかもしれない。
そんなコロッケを食べながら、俺は歩き始めた。
その横をアネットも歩く。帰り道が一緒なのだから仕方ない。ついて来るなとは言えないだろう。
だから、俺は訊ねた。
「どうしてコロッケ売ってたんだ?」
「お金が欲しいから!!」
隠す素振りもなくアネットは告げる。
ただ、俺が聞きたいのはそういうことじゃない。
アネットをジッと見つめると、アネットは苦笑した。
「仕方ないなぁ……コロッケ買ってくれたから教えてあげるよ」
短い付き合いだが、アネットは馬鹿じゃない。
頭の回転はむしろ速いほうだろう。空気が読めないお気楽娘というわけではなく、あえて空気を読まずにお気楽娘をやっているというのが正しい。
すぐに俺の意図に気づいたのもそのためだろう。
「あたしの家、すごい貧乏なんだよね」
「没落したって言ってたな」
「そうそう。あたしの両親は数年前に亡くなっちゃってさ。その後はお爺ちゃんに育てられたんだ。けど、お爺ちゃんも亡くなっちゃってね。元々、没落していた家だし、遺産もほとんどなかった。だから、妹や弟を養うお金が必要なんだよ」
「なるほど。学院には国の援助で来たのか?」
「そうだよ。うちには弟が三人、妹が二人いるからさ。一番年上のあたしがお金を稼がなくちゃなの」
「……魔法の才能があってよかったな」
何と言えばいいかわからず、とりあえずそれだけ絞り出した。
アネットは問題児だが、天才でもある。
おそらくルテティア皇国は家族の面倒を見る代わりに、アネットに学院へ通うように持ち掛けたんだろう。
学院の費用もすべて国持ち。
九死に一生を得たといったところか。
「本当にね。正直、体でも売ろうかな? って思ってたんだ。それぐらいしか生きる術もなかったし。そこでね? 見るからに怪しいおじさんが現れたんだよね。男前だったけど、よからぬことを考えてますって顔の人。その人があたしの才能を見抜いて、すべて手配してくれたんだ! 家族は養ってくれるし、あたしの学院でのお金も全部、国が出してくれるって」
「……」
よからぬことを考えてますって顔の人……。
思い当たる奴が一人いる。
そんな稀有な特徴に合致する奴が。
ちょっと待て。
もしかしてヴァレールが言っていた面白い人材って……アネットのことか?
だとしたら、どうかしている。
確かにアネットは天才だ。
けれど、大賢者の弟子に勧めるのはどうかしている。
「あれ? 気分を害しちゃった?」
「いや、少し疑問で。なぜそれでお金が必要なんだ? 家族は国が養ってくれるんだろう?」
「簡単だよ。支援を受けられるのは学院在学中だけだから。それに生活は保障されているけど、贅沢ができるわけじゃないしね。お金は貯めておかないと」
「ルテティア皇国なら魔導師になれば、家族を養うくらいできるだろ?」
「それはそうだけど……魔法の練習もできないんだよ? 魔導師にはなれないよ、あたしは」
そう言ってアネットは笑う。
少し悲し気な笑顔だ。
学院だって悪気があるわけじゃない。
アネットの巨大な才能を持て余した結果、学院内での魔法の使用を禁じた。
仕方のない処置ではあった。
魔法を使用すること前提で、学院は作られている。当然、各種防御魔法も完備だ。それをアネットはあっさり突破してしまう。
とりあえず禁止にするしかなかったのだ。
けれど、それはアネットにとって自分の道を閉ざされたに等しい。
そこで落ち込むだけじゃなくて、なるべくお金を稼ごうというのはアネットらしい逞しい考えだが……。
「けど、こっそり稽古しているあたり、魔導師になることは諦めてないんだろ?」
「そりゃあね。ソニエール伯爵家は炎の大家。お爺ちゃんは……いつも誇らしげだった。自分に才能があるなら、家の復興を成し遂げたい。それができたら家族も養えるしね。それに……」
「それに?」
「目指せるなら大賢者を目指したいよ。一度だけ、今代の大賢者の魔法を見たことがあるんだ。凄かった。魔導師ならみんな憧れるんじゃないかな? あんな風になれたらいいなって思ったんだ。みんな、目を輝かせて見てたから。いつかね? あたしの炎を見てね? 憧れる子供が出てきたら……それはすごく素敵なんじゃないかなって思うんだ」
そう言うとアネットはフッと微笑む。
快活な笑みではない。
どこか達観したような、落ち着いた笑み。
それを見せながらアネットは呟く。
「ありがとう。君は聞き上手だね」
そう言ってアネットは俺とは違う道へ向かっていったのだった。




