第十八話 炎の問題児
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ルテティア皇国から帰ってきた俺は、迎えに来たユキナに今日はサボると伝えた。
理由は天気がいいから。
風景画を描くにはぴったりな日だ。
こういう日は描きたい風景を見つけて、気ままに描くに限る。
俺の数少ない趣味の一つだ。
ユキナはあまりいい顔をしなかったが、無理して授業に出ろとは言わなかった。どうせ毎日午前サボっているわけだし、今更といえば今更だ。
ついていくと言わないのは、俺に気を遣ったからだろう。
一人になりたいときもあると、ユキナはわかっているのだ。
助かる配慮だ。
剣聖をやって、大賢者をやって、劣等生をやっていると、正直疲れる。
気が滅入るほどストレスが溜まっているわけではないが、それでもこういうストレス発散は適度に必要だ。
というわけで、俺は自前のスケッチブックと筆を持ち、雨が降ってきた時用にタオルを持ち、部屋を出た。
■■■
学院の外。
森の中を俺は歩き、中央にある泉にたどり着いた。
この森は小型のモンスターが出現する場所でもないし、滅多に人も来ない。
落ち着いて描くにはぴったりな場所だ。
「さて、描くか」
俺は木に背中を預け、泉を中心とした風景を描き始める。
お世辞にも上手いとはいえないが、筆の進みは悪くない。
子供の頃からレナに見せるために描いていたのに、なぜだか上達しない。
剣術や魔法なんて簡単に上達したのに、なぜなのか……。
やはり師匠がいないのがいけないのか?
剣術の師匠は先代剣聖だし、魔法の師匠は先代大賢者だ。
良い師匠を見つけるのも上達の早道か。
今度、絵が上手い人に習いにいくのもありだな。
そうこうしているうちに、風景画が出来上がった。
「ふむ……悪くない」
どう考えても下手で、子供の落書きのような絵だが、俺としては悪くない。
描こうとしたモノは描けている。
そんな風に思っていると。
「わっ!!」
後ろから抜き足差し足で近づいていた人物が、俺の耳元で少し大きな声を出した。
しかし、気づいていた俺はうるさそうにそちらを見る。
まず、目を惹いたのは綺麗な緋色の髪だ。
長いその髪をツインテールにしており、古びたリボンを巻いている。
その次に目を惹くのは、大きな赤みがかった茶色の目。驚きもしない俺を見て、丸くしている。
そして最後に、小柄な体を包む黒い制服。
魔導科の生徒だ。
年は俺と同じだろう。制服についているバッジが高等部のものだ。中等部のものは細部が少し異なる。
幼げな顔立ちだし、やっている行動も子供っぽい。
年上ではないだろう。
全体を総括すれば可愛い少女だ。ベクトルは違うが、ユキナとだって競えるだろう。むしろ、この子のほうがいいという奴もいるかもしれない。
そんな少女は、不思議そうにつぶやいた。
「おかしいなぁ。うわぁぁあぁって驚くはずなのに」
「期待に沿えず悪かったな。だいぶ前から気づいてた」
「あたしに気づくなんて!? 只者じゃないわね!?」
「俺が描き終わるまでいたからな。さすがに気づく」
少女は俺を発見してすぐに声をかけたりしなかった。
俺が絵を描いていることに気づき、それが完成するまで潜んでいたのだ。
邪魔をしないように。
「むむっ、さっさと脅かすべきだったか……」
「そしたら怒ってた」
「そうだよねー、うーん、優しさが裏目に出ちゃったかぁ」
少女は軽く舌を出すと、無邪気に笑う。
そしてグイっと俺に顔を近づけて、俺の風景画を覗きこんだ。
「……味があるねっ!」
「やめろ、フォローしようとするな。下手なのはわかってる」
俺はため息を吐く。
それに対して、少女は両手を俺に出してくる。
「手を加えてもいい?」
「いいけど……」
「やった! 待っててね。こーして、あーして……」
少女はてきぱきと俺の絵に手を加えていく。
そして、あっという間に子供の落書きだった俺の絵を、それなりに見られる風景画に変えてしまった。
あまりの変貌に俺はポカーンと口をあけてしまう。
「筋は悪くないけど、基礎的な部分が足りてないかも。引き出しが少ない中で、頭で描いた絵を描こうとするから、ちぐはぐになっちゃうんだね!」
「……なるほど」
「あたしも絵で食べている人ほど上手くないけど、子供の頃にいろいろやってたから、こういうの得意なんだー」
少女はニッコリと笑う。
天真爛漫。
そんな言葉がぴったりな少女だ。
ここまで笑顔が似合う子もそうはいないだろう。
少女はそのまま俺から離れて、泉のほうへ歩いていく。
そして。
「下がって、下がってー。危ないよー」
「うん?」
「もう描き終わったし、ここ、あたしが使ってもいいよね?」
「使う……?」
「そう! ここはあたしの秘密の特訓場なの!」
少女は泉に向かって右手を向ける。
嫌な予感がして、俺は背中を預けていた木の後ろに避難する。
少女の指にとんでもない魔力が宿っていたからだ。
「よーしっ! 【火球】!!」
初歩的な炎の魔法。
本来なら小さな火の玉を生み出すだけの魔法。
家事の際に唱えられるレベルの魔法。
それなのに、少女の指からは巨大な火の玉が生まれ、泉の中央まで進んでいき、そこで爆ぜた。
あまりの威力に泉の水が空へ舞い、雨のように空から降ってくる。
「冷たいっ!!?? また失敗……びしょ濡れで帰らないとだぁ」
少女はもろに水を被ったせいか、ずぶ濡れだ。
色々と疑問だ。
なぜこうなるとわかっているのに、タオルすら用意していないのか。
あんな威力で撃てば、水が雨のように降ってくるなんてわかりそうなものだが。
「ねーねー、タオル持ってない?」
「持ってるからそっち向いてろ!!」
少女は気にせず俺の方を向いてくるが、ずぶ濡れなせいで服が透けている。
無頓着なんだろうな、と思いつつ、俺は少女に向かって持ってきたタオルを投げる。
「ありがとう! 優しいね、君。さすがは妹さんのために第六席に決闘を挑んだだけのことはあるよ!」
「俺のこと知ってるのか?」
「もちろん。有名人だもん。落第貴族とか言われてるのに、剣魔十傑の第六席に勝ってしまった問題児。ロイ・ルヴェル君でしょ?」
少女はタオルで濡れた髪や服を拭き終わると、俺の方にタオルを投げ返す。
そして快活な笑みを浮かべながら告げた。
「けど、有名人ってことならあたしも負けてないよ? ルテティア皇国きっての名門! だいぶ前に没落したけど、知る人ぞ知る炎の大家! ソニエール伯爵家の第二十三代当主! アネット・ソニエールとはあたしのことだよ!!」
少女、アネットはそう言って胸を張る。
ただ、俺の知っているアネット・ソニエールの特徴とは違った。
そんな名家の血筋とは知らなかった。
しかし、名前は知っている。
アネット・ソニエール。あまりにも威力の高すぎる炎魔法を扱う問題児。実習のたびに火事騒ぎを起こすため、学院内での実習を禁止されてしまった少女。
魔法は実践が大切だ。それなのに実践が禁止されていては、学院に何を学びに来ているのかわからない。
学院の教師陣すら持て余す炎魔法の天才にして、問題児。
それが俺の知っているアネット・ソニエールだ。
12時更新……(*´Д`)




