第十一話 うまい話
ロイとティムの決闘は泥試合の様相を呈していた。
ティムのほうが圧倒的に上だが、場外の恐怖で踏み込めない。
ゆえに決着がつかないのだ。
そんな決闘の観客席。
ユキナの隣には背が高い金髪の男性がいた。
シュッとした中年で、センスの良い服を見事に着こなしている。
「息子がすまないね、ユキナ君」
「いえ……タウンゼット公爵」
「私は君の学院生活に干渉する気はない。あとで息子にもよく言い聞かせておくよ」
柔和な笑みを浮かべながら、ティムの父親、エディ・タウンゼットはそう告げた。
優雅に椅子に腰かけ、エディは息子の戦いを見つめる。
「しかし、決闘が終わったら説教だな。ティムには」
ユキナからの返答を待つが、返答はない。
答えづらい事柄だったかと反省しつつ、エディは言葉を続ける。
「場外負けが怖いせいか、いつもどおりの動きができていない。君なら一瞬で終わらせることができるだろうし、ティムにはもっと精進が必要だ。そうじゃなければ君と釣り合わないからね」
「……場外負けが怖いだけではありません。ロイ君が常にリズムを崩してくるので、攻撃のテンポを掴めないんです」
ティムの攻撃に対して、ロイは防戦一方。
そう見えるが、状況をコントロールしているのはロイだった。
攻撃させて、相手を疲れさせる。相手が気持ちよく攻撃できないように、受け方を頻繁に変えて、相手のリズムを崩す。
そのせいでティムは攻勢に出ていながら、決めに行くことができなくなっていた。
「さすがはユキナ君だ。いや、ここはさすがルヴェル男爵家のご子息というべきかな」
落第貴族と呼ばれる落ちこぼれ。
そうエディは聞いていた。
しかし、ふたを開けてみれば意外にやる。
自分から決闘を仕掛けただけのことはある。
感心していると、杖の音が聞こえてきた。
そして、その音は自分の隣で止まる。
「隣……よろしいですかな?」
「もちろん」
そう言ってエディは空いていた隣の席に、灰色の髪の男が座った。
それを見て、エディは呟く。
「遅かったですね。ルヴェル男爵」
「我が領地は田舎ゆえ、移動に時間がかかるのですよ、タウンゼット公爵」
そう言ってライナス・ルヴェルは笑う。
それに対して、ユキナの隣に座っていたレナが声を発する。
「遅いですよ! お父様!」
「おお、レナ。すまんすまん。これでも急いだんじゃが……おっと? 隣におられるのがクロフォード嬢かな?」
「お初にお目にかかります。ルヴェル男爵、ユキナ・クロフォードと申します」
「ライナス・ルヴェルだ。息子がすまんな。賞品のような扱いは正直、嫌だろう。根性が曲がった奴ですまんすまん」
ライナスはそうニヤリと笑う。
なぜなら賞品扱いしているのはロイではなく、ティムだからだ。
エディは軽く顔を引きつらせながら話題を変える。
「ところで、ルヴェル男爵。愚息がご令嬢にひどい仕打ちをしたそうで。息子に代わり、謝罪いたします。申し訳なかった」
「はっはっはっ!! よいのです。アルビオス王国は剣の国。我がベルラント大公国とは女性の扱い方が違うのでしょうなぁ!」
愉快そうにライナスは笑う。
チクリチクリと刺されているエディは、不快感を堪えつつも笑顔を維持した。
しかし、言われっぱなしではプライドが許さない。
自然と話題を決闘に向けていた。
「たしかに女性の扱い方も知らない無骨者ですが、剣の腕はなかなか。剣魔十傑にも名を連ねています。正直、ルヴェル男爵のご子息にしては考えなしでしたね」
「いやいや、ワシの息子はようやっておりますよ。格上との戦い方というのを心得ておる。一方、ご子息は力が出し切れぬ様子。賓客まで招いて負けたら大変ですからなぁ。クロフォード家との婚約も負けたりしたら……おっと、これは不吉でしたな。失敬」
「いえ……」
自分で自分の首を絞めた愚か者。
そう暗に示し、ライナスはティムのことを笑う。
それに対して、エディは肩を震わせて耐えていた。
「たしかにご子息はよくやっている。けれど、いくら策を弄しても一対一の決闘でモノをいうのは地力。その地力では私の息子のほうが勝っているようです」
「いやいや、ひょっとするとひょっとするやもしれませんぞ? 地力で勝る相手には、地力を出させねばよいだけのこと。その点、我が息子はしっかりとそれを行っている」
「おや? ルヴェル男爵はご子息の勝利を信じておられるので? 失礼だが、策士と呼ばれるルヴェル男爵にしては……少々、客観性を欠くのでは?」
「身内のことですからなぁ。息子が誇りをかけて決闘を挑んだのです。ワシくらいは信じてやらねば。それにワシの息子です。勝算のない戦いは致しませぬ」
「なるほど、すごい自信だ。では、私も息子を信じましょう。残念だが、ご子息に勝ち目はありません」
一瞬、親同士の視線が交差する。
そしてライナスはフッと笑った。
「……そこまで言い切られてはこのライナス・ルヴェル、退くわけには参りませんなぁ。勝つのは我が息子です。賭けても良い」
「そのままお返ししましょう。勝つのは私の息子です。こちらも賭けてもよい」
こうなると意地と意地のぶつかり合いだった。
互いに視線を逸らさなくなった。
それを見て、レナが口をはさむ。
「お、お父様、落ち着いて……」
「口を挟むでない。タウンゼット公爵、言葉を撤回するなら今のうちですぞ?」
「それはこちらのセリフだ、ルヴェル男爵」
「では……ワシは領地にある国境付近の金山を賭けましょう。知っておりますよ、我が領地と接する貴族はあなたのご親戚だ。金山の領有権を主張する準備をしておるとか。どうせ曖昧な場所にある金山だ。そちらのご子息が勝ったら、領有権を差し上げましょう。ご親戚が領有権を主張した際は、こちらは一切、異を唱えないとお約束いたします」
「大きく出ましたね。そちらがそう来るなら私もそれ相応のモノを差し出さねば……馬車五台分の金塊でいかがですか?」
「おやおや、自信がないのが見え隠れしておりますぞ? あなたの経済力を考えれば、その程度は痛くもないでしょう? ご子息を信じられぬならそう言ってはいかがか?」
「これは失礼……では十五台分でいかがか?」
「よろしい。証人は誰になさいますかな?」
「この場にいる貴族全員でよいのでは?」
「それはいい。二言はありませぬな?」
「もちろん」
ヒートアップした二人の会話は、周りの貴族にも聞こえていた。
ライナスは念を押すように告げる。
「各々方、聞いておりましたな?」
聞かれて、周りの貴族たちは返事をする。
ただ、返事などに意味はない。
これだけ人がいる場で賭けた以上、やっぱりやめますなど許されない。
証人も多数いる。
その状況にほくそ笑んでいたのはエディのほうだった。
そもそも賭けなど成立しないレベルの戦いだ。
それなのに賭けに引き込むことができた。
圧倒的な優位にエディはあった。
たとえ〝灰色の狐〟と呼ばれる食わせ者でも、これだけの証人がいれば逃げきれない。
この勝負、自分の勝ちだ。
うまい話だった。そうエディが確信したとき。
ライナスが口を開いた。
「そういえば……言い忘れておりました。我がルヴェル男爵家には秘剣が伝わっておりましてなぁ。所詮は田舎貴族の秘剣。タウンゼット公爵はご存じないでしょうから、説明いたしましょう」
「ほう? どんな秘剣ですかな?」
この状況を逆転できる秘剣などあるわけがない。
とっておきがあったとしても、これだけの実力差を覆せるわけがない。
そうエディが思っていると。
「戦場では使えない秘剣でしてな。受けたダメージを魔力に変換して、剣に流し込むのです。消えゆく火の最後の輝きのような最終手段。名は――秘剣・灯火」
肩が凝ってきたが、ここが踏ん張りどころ!!
行くぞーーーー!!!!(`・ω・´)ゞ
応援よろしくお願いしますm(__)m




