15.もしも襲われたら?
次の日。
目覚めた俺の視界にまず飛び込んできたのは、リオンの海色の瞳だった。
肘をついてこっちを見ている。
もしや、ずっと観察してたのか?
「オハヨウ」と一言。
「おはよ――…ハッ!」
俺も挨拶を返しかけて、すぐに昨晩のやりとりを思い出した。
そうだ、コイツ俺をキスするフリしてからかいやがったんだ!
今思い出しても恥ずかしい…。
俺はバッと毛布に隠れて、ジトーッとムカつくイケメン面を睨む。
「なんだよ」
「なんだじゃねーよ!お…お前、次昨日みたいなことしたら絶交だからな」
「昨日のって?」しらじらしいな!
「そらお前、キ、キ…キ……」
くそう、こっぱずかしくてうまく言葉に出せん。
どもるそばから顔が赤くなっていくのが分かる。
そんな俺をリオンは愉快そうに眺めている。こ、この…余裕ぶりやがって。
「キ・ス・だ!あんま人を馬鹿にすんなっつってんだ!」
ようやく言えた。ビッと指さすがリオンは何も言わない。
ただちょっと笑みを浮かべるだけだ。
ほどなく起き上がってベッドに腰かけた。
「別に馬鹿にしたわけじゃない。…その様子だと目論見は成功したみたいだな」
「ハ?どゆことだよ」
「警戒してるだろ、今」
「…!」
図星をさされて固まった。
たしかに、そのとおりだ。
昨日はそのまま眠っちまったけど、改めてコイツが近くにいることを自覚するとどうしても緊張してしまう。
今度はホントにキスしてくるんじゃないかって…。
「ふ、ふん」
鼻を鳴らして上体を起こす。コイツに心を読まれてるようで腹立たしい。
精一杯の強がりだ。
リオンは腰かけたまま俺を見下ろした。
「…昨日聞いたかぎり、アオトの世界はずいぶんガニメデに寛容なんだな。恋愛に性別は関係ないなんて、こっちじゃ考えられない発言だぞ」
「ま、まあ…こっちの世界に比べりゃ大らかなんだろうな…」
「おかげでお前のスタンスに納得がいった。お前が無防備すぎる理由も…」
「む、無防備?」
オウム返しで言うと、ふいにリオンの両手が伸びてきた。
そして俺の両頬に手を添えてきたのだ。
昨晩と同じように。
ふたたび体が硬直してしまう。
リオンはいたって真面目につづける。
「…言ったろ、この世界じゃガニメデの人権はほぼ無いに等しい。そしてソイツらは…得てして犯罪に走る傾向がある」
「え…な、なんで」
「さあ。理不尽に周りから貶められている…と感じることで、自暴自棄になるのかもしれない。中には品行方正だったのに、同性愛を告白したことで周囲から避けられ精神を病み、本当に性犯罪を犯した事例だってある」
うわあ…なんかリアルな話…。
ニワトリが先か卵が先かみたいな話だ。
“犯罪予備軍”だから周りに嫌われるのか、周りに嫌われるから犯罪者になるのか。
この世界じゃ、どっちが真実なのか見分けられないほどガニメデへの偏見が強いんだな。
だから、そういう人たちの犯罪を防げず、より一層周囲の偏見は強くなっていくと。ひどい悪循環だ。
…まあ、そういうやべー事案があることは分かった。
「つまり??」
「今のお前は、そういう奴らの格好の餌食なんだよ。もし外でそんな態度をとってみろ…速攻、路地裏に連れ込まれて慰み者にされるぞ」
「ひぇっ……エッ、なぐさみっ…!?」
「かもしれねえってことだ。法的には互いの合意がありゃ性行為も許されるわけだし、お前のスタンスを『合意だ』と捉えるバカが湧かないとも限らない」
ひ、ひえぇ…。
マジモンの犯罪者にとっては、俺はいいカモってことかよ。
「だから警戒心高めとけってことだ」
リオンはそう話を締めくくった。
確かに「偏見ないでーす」とか触れまわって襲われたりしたら目も当てられんわ。
コイツの行動は俺を心配してのことだったんだな。
…いやでも、俺だって見るからに危なそうなヤツには近づかねえよ?
俺はドヤって思いきり胸をドンと叩いた。
「心配しなさんなリオン。俺だって人並みの警戒心は持ってんだよ。
俺が無防備になんのはお前にだけだ!」
「…」
「…」
ん?
何やらリオンがめちゃくちゃジト目で見てくる。
「はあ?」
うわ、なんか一気に機嫌悪そう。
急にどうしたんだ。怒らせたのか?
俺はあわてて説明を付け足した。
「だ、だから、お前はそういう奴らとは違うだろ?ところかまわず欲丸出しなんてこと絶対ないじゃん。だから俺は安心して過ごせてるわけで」
返事はない。
俺が目を白黒させていると、ハアーーと大きなため息をつくリオン。
そしてこちらを横目で見やる。
「…じゃあもし俺が、欲丸出しでお前を押し倒したとしたら?」
「えっ?はは、冗談きついって!そんなの想像できねーよ!」
「――…」
…黙りこんじまった。
なんだか今朝のこいつは様子が変だ。
どうしたんだろう。リオンが俺を襲う『もし』なんて…。
もしなんて…。
…。
…もしあったら、俺はどうするんだろう?
一瞬、AV知識に基づくピンク色の妄想が浮かびかけた。
ラブホで体験したようなディープキスから始まり、身体のいたるところにリオンがキスを落とす。
服を脱いで、外気が肌に触る。
下半身も完全に素っ裸になって、リオンと俺のアレが…。
…あれ、男同士ってどっちがドコに入れんの?穴ねーじゃん。
俺がコイツに?
それとも…。
リオンのが、俺の身体に…?
「………!!」
俺は反射的にブンブン頭を振った。
(…で、でも、そこらのおっさんよりはマシだよな…。何しろ、天下のイケメン騎士団長サマだし!)
って、なにを真面目に考えてんだか…。
顔の熱をごまかしたくて、俺はリオンの手から逃れようと腕をつかんだ。
「とっ、とにかく心配いらねーよ!いーからメシ食おうぜ!」
「…」
リオンは動かない。うつむいていて表情が分からんが、心なしか顔が赤いような?
おい…本当にどうした?
「リオン?」
「……お前、そういうとこ…ほんとに…」
と…。
ぐら…とリオンの上体が傾いで、俺の方へ倒れてきた。
「エッ…うわわっ、リ、リオ…」
お、重っ…。
なんで急に体預けてきて…。
まさか。
「ちょ、ちょいちょい待て待て待てっ」
直前のやりとりと妄想で、一気に顔が赤くなる俺。
慌てふためいて必死に引きはがそうとするが、俺の貧弱じゃコイツの身体はびくともしない。
リオンはだまって俺の肩に頭をあずけるばかり。
な、なんだなんだ。
まさかホントに俺を襲おう…とか…。
かっ考えてないよな!?
リオン!?
「リ、リオンのエッチー!むっつりスケベー!」
恥ずかしさのあまりしょうもない叫びを漏らしたところ、ようやくコイツからの反応があった。
「――へくしっ」
………あれ?
くしゃみ?
「おいリオン。どうした」
違和感を感じて肩をゆする。
リオンはボソッと答えた。
「………だるい…」
「は??」
「風邪だ…」
「…」
…はあ?