12.「好き」は罪じゃない
リオンは変な顔して振り返った。
「何言ってんだ」と目が言っとる。
俺は勢いよく立ち上がった。
「つまりなにか?お前は誰かとつるむことで、恋愛関係に発展するかもしれんとそんなにビビってるわけかよ」
どしどし距離を詰めていく。
思いがけない反応だったようで、リオンは若干たじろいだ。
「ビビってるわけじゃない。当然の予防策だ、俺が同性愛者である以上…」
「が、がにめ?いや、飛躍しすぎなんだよ!お前はそんなに誰かれ構わず好きになっちまうのか。なんだ、産まれたてのヒヨコかお前!」
「そういうことじゃねえ万が一っつってんだ!俺が少しでも誰かを好きになった時点で、それは『犯罪』になるから…」
「あぁぁそうだ法がイカれてんだった。そんならおかしいのはこの世界だ!」
リオンは本気で引いたようだ。
「おかしいのはアオトだろ…。別にお前にそういう欠陥があるわけじゃなし」
理解不能という表情だ。
俺は歯ぎしりしたい気持ちになった。
価値観がちがうことがこんなにももどかしいとは。
ああそうさ、俺は別に男を好きになったことなんてない。
ならリオンは異常なのか?
お前の心は欠陥品だっていうのか?
「そんなことは関係ないんだよ…」
「…?」
自分のもどかしさが上手く言葉にできず、やっとそれだけひねり出す。
『好き』が否定されるというなら、俺が小鳥遊さんに恋をしたのも罪か?
もう一度恋がしたいと、女神に願ったことも罪か?
お前と仲良くなりたいっていう気持ちすら否定されるのかよ。
おい、リオン。
「カタチのないものを法で縛るなんておかしいって気づけよ。誰かを好きになるのは人にとって当たり前のことだろうが。寝る場所なんてどうでもいい…俺は、お前をもっと知りたい」
「な…」
リオンは口を開いたが、言葉は出てこなかった。
俺は思いっきり足を伸ばしてコイツの前に立つ。
手を伸ばせば届く距離。
「…そう願ってお前のそばに寄るのは、そんなに間違ったことか?」
どうしてこんなにムキになっちまうんだろう?
自分でもよく分からない。
ただ、コイツがそんなことのために俺を避けるのが堪らなく悔しいんだ。
好きにならないために。
誰かに心を寄せないように。
ひとり孤独に生きることのなんと寂しいことか。
顔を上げると、リオンの美しい青い目がこちらを見ている。
俺はビッと指さした。
「…今夜、絶対かえって来いよ」
仕事場に泊まるなんて許さないからな。
…そう宣言して、俺は勢いよく二階への階段を上がっていった。
リオンは何も言わなかった。
~~~~~
王城にある騎士団長の執務室。
西日が差し込み、室内がオレンジ色に染まっている。
ずいぶんと日が長くなったもんだ。リオンは書類をまとめて息をついた。
出勤してから数時間が経った。
耳の奥には、いまだに碧人との会話が残っている。
(俺のことをもっと知りたい、か――…)
そんなことを言われたのは初めてだった。
リオンは今まで、自分の性的志向を誰にも話したことがない。
唯一の幼馴染であるジュディにすら言っていない。
勘のいい彼女ならきっと気がついているだろうが、なにせ法で禁止されている感情だ。彼女があけすけに聞くことはまずないだろう。
周囲の人々に対してもそうだ。
街の人々も騎士団の部下たちも、慕いはしても親しむことはない。
リオン本人がそう仕向けている。彼が張った透明なバリアは、静かに、しかし確実に周囲の人間を拒み続けていた。
…その強固なバリアを、碧人は当然のように通り抜けた。
蔑まれこそすれ、受け入れられることのない秘密だ。
カミングアウトした時点で拒絶されることを覚悟していたリオンは、碧人の言葉に驚愕した。
「『誰かを好きになるのは当たり前』…だなんて…」
正直、考えたこともなかった。
同性しか好きになれない自分が、誰かを想うことは罪だからだ。
今、自分を慕ってくれている者たちも、きっと秘密を知ったら幻滅するだろう。
寂しくないとは言わないが仕方がないことだ。誰とも深い交流のないことがせめてもの救い。
軽率に相手を想って傷ついた経験だってあるのに。
罪だと押し殺してきた感情を。
諦めて捨て去ろうとした気持ちを。
お前は否定しないのか――。
…気持ち悪く、醜く、欠陥だらけの自分を…?
(止めてくれ…。期待したくなる)
いっそアイツの提案に乗ってやろうかという気持ちがわいた。
一緒のベッドに入れば碧人だって、自分がいかに非常識な判断をしたか気がつくだろう。
次の瞬間には自分を拒絶するのだ。
それを機に陛下に進言して、もっと正常な者の家にアイツを保護してもらう。
それでいい。
それで元通りだ。
今までもこれからも、俺はひとりで生きていけばいい…。
「…」
リオンはしばらく黙っていたが、やがて書類提出のため部下を呼んだ。
日は暮れかけていた。
~~~~~
約束どおり、リオンはちゃんと帰ってきた。
夕飯を食べ、風呂に入る間もずっとお互い黙ったままだ。
なんか、気まずい…。
俺はまた考えなしに行動しちまったんかな。
とか思っていると、二階へ上がるときになってリオンの方から声をかけてきた。
「寝るぞ」
と一言。
お?
ホントに一緒に寝てくれんの?
思わず面食らって返事をし損ねると、
「嫌か?」
眉ひとつ動かさず首をかしげてくる。
相変わらず表情が読み取れん。
「や…ビックリして。その、デリカシーないこと言ったかなとか思ってたから…」
「問題はない。…その代わり、もし俺がお前に不快な行為をした場合は言ってくれ。即座に警吏に自首しに行く」
「だから極端すぎんだよ!」
どうも物事を重く考えすぎるヤツだな…。
「一緒に寝るだけで『セクハラされた』なんて思うわけないだろ。もうちょい人に慣れろよな」
そう言いながら階段を上がり、布団に体を滑り込ませる。
扉のそばでリオンが立ち止まっている。
所在なさげな様子がなんか小さい子どもみたいだ。
なんだ、こいつも可愛いとこあるじゃん。
ちょっとリオンより優位に立てた気がして、俺はニヤリと笑った。
「ほら入れ!」
「…」
なんとも妙な顔をしながら、リオンはベッドに腰を下ろした。
俺は構わずバフッと枕に頭をあずける。
ふわふわだ。それによく分からんがいい匂いもする。
昨日のラブホとは全然ちがう。
これがお日様の香りってやつか…。
ああ、もう眠くなってきやがった。
思えばこの世界に来て、こんなにリラックスした気持ちになれたのは初めてだ。
「あったけーな…。俺ン家を思い出す…」
むにゃむにゃ呟くと、リオンの含み笑いが聞こえた。
「…本当に警戒心がないな…。俺が隣にいて――…怖くはないのか?」
まだ言ってんのか。
まったく…。
「んなわけねーだろ…。襲われるってわけじゃねーんだから…」
「…」
リオンからの返事はなく、俺はさらに睡魔にのまれていく。
ベッドのスプリングがきしんだ。
隣でリオンが横になる気配がした。
…ふと、耳元に息がかかったような気がして…。
「…襲っちまうかもしれないぞ」
リオンの声音は低く小さく、俺はくすぐったくて笑みをこぼした。
「んだよ……俺に…惚れてんの…?」
問うたまま意識は暗転した。
やっぱり相当疲れがたまっていたみたいだ。
最後の方なんて、自分の言葉すら上手く聞き取れなかったから。
まして、俺が眠りについたあとのリオンの呟きなんて…。
コイツが俺の髪をなでたことなんて、俺が覚えているはずはないのだ。
「…さあな――…」