10.身体の異変
結局、好奇心に負けた。
ジュディから返答はない。
ダメ元…だったとはいえ、やっぱり余所者の俺が聞いていいことではなかったか。
答えをあきらめたころ、ポツリとジュディがつぶやいた。
「リュカ…ってのは、ルーカスの愛称」
「…え?」
「私たちの幼馴染だった。3年前に亡くなったけどね」
え――…。
亡くなった…。
ということは、鏡で見たのは3年前の映像だったわけか。
幼馴染の死体を抱えてリオンは泣きじゃくっていたのか…。
…。
「そのこと、リオンには言った?」
「い、いえ。あいつのトラウマなんじゃないか…って思って…」
「優しいね。その判断は正しい」
ジュディはゆるく笑みを浮かべた。
「ねえ。アオトはリオンのこと、どう思う?」
「えっ?」
いきなり話題が飛んだな。
どう思うかってどういうことだ?
「どう…って言われても、俺昨日あいつと会ったばっかりですよ」
首をかしげて答えると、ジュディは思案するように口をつぐんだ。
「…昨晩の魔力暴走…の件、リオンから聞いた。あいつがやった応急措置もね」
「…うえっ!?き、聞いたって」
「うはは、顔真っ赤!」
か、からかってんのか!思わず顔を拳で隠す。
「その様子だと、忌避感は薄いみたいだね?」
「は…キヒカン?なんで」
「あいつがやったのは有効な治療だったけど、抵抗がある人も多いから」
あ、ああ…。
まあ、びっくりはしたわな。
そういや、昨日リオンもベロチューの直前にすげえ保険かけてたな。
あくまで治療であり、他意はないということ。
何しろ熱で余裕がなかったもんで、早くしろって雑に促しちゃったけど…。
「…?」
童貞の俺が言うのもなんだが、たかがキスだぞ?
リオンもジュディもなんか身構えすぎっつーか…。
あいつがしてくれたのは、そんなに後ろ指さされるようなことか?
「そりゃビビりましたけど…。アイツは俺を助けてくれたんですよ。なんで嫌がるんですか?」
「――…」
ジュディはビックリしたように俺を見つめている。
なんだ、そんなおかしなこと言ったか?
…あっ、今の言い方じゃ、アイツとのディープキスを嫌がっていないみたいじゃないか!?
ちがうちがう、あれはあくまで治療だったから、俺も受け入れたわけで…。
俺が脳内で言い訳を考えていると、ジュディがいきなり笑い出した。
「プッ…あはは!そーだよね、当たり前のことだったか」
「…??」
「ああ…気にしないで。あいつと出会ったのがキミで良かったよ。それとも、それが異世界での価値観なのかな…」
何言ってんだかよく分からん…。
俺が頭にハテナを浮かべているのを見て、ジュディは目尻をぬぐった。
「まだあいつからは何も聞いていない?」
「?何も聞いてないすよ。なんのことですか?」
ちょっとむっとして答えた。
聞いてないどころか、こっちの話すらマトモに聞こうとしないヤツだぞ。
「幼馴染ならアイツの不愛想さ治してください。会話を楽しもうって気がないんですよ、アイツ」
「あーまあ、それは元からだから私にもどうにもならないなあ。それにリオンは、誰かと親しくならないように気を付けてるとこがあるからね」
「だからなんで?」
「さあ、そりゃ本人に聞いてみないとだなあ?」
煙にまかれてしまった。なんだよ、教えてくれよ!
非常に不服そうな顔をしていたのだろう、ジュディはまた可笑しそうに笑う。
「…ひとつ言えるのは、あいつが臆病すぎるってことだね」
「そうすかね…」
「そうなんだな~これが。アオト、あいつのパーソナルスペースにどんどこ入って、心のトビラこじ開けてくれない?」
「なんですか急に」
「医者からの…ううん、あいつの親友からのお願い!何とかできるのはキミしかいない!」
なんじゃそりゃ。
呆れ顔の俺に、ジュディはパンと両手を合わせた。
・
・
・
「なに…どういうことだ?」
診察が終わり部屋へ入ってきたリオンは、ジュディの話に眉をひそめた。
「うん~…。発熱も収まってるし、魔力暴走は完全に治ってる。でも、異常がないかと言われるとそうでもないんだよね…」
「えっ?なんか別の病気とかですか…?」
「いや、体は健康そのものなんだよ。ただなあ、心臓んとこのカゲが…」
「エ!?心臓!?」
ジュディは検査結果を見ながら、ペンの頭でこめかみをグリグリ揉んでいる。
なんだよ、怖いワードばっかり小出しにしないでくれよ。
リオンも同じ気分だったらしい。
「むやみに怖がらせるな。ハッキリ言え」
「あ、ごめんごめん。えーと、何から説明したらいいかな」
ジュディはあわてて座り直すと、コホンと咳払いをした。
「まずね、こっちの世界の住人は全員魔法が使えるでしょ。それは私たちのここ…心臓のあたりに、魔力生成器官が存在するからなんだ。言うまでもなく、魔力がないアオトは持ってない器官ってことだね」
「そうですね。それがなにか…」
「それがねえ。検査で体内覗いてみたら、なーんかアオトの心臓のとこにミョーなカゲが見えるんだよね」
「はい??」
妙なカゲって、つまり俺の身体にも魔力生成器官みたいなもんが生まれてるってこと?
なに?俺、魔法使えちゃうの?
「それって先天的なものなんですよね?」
「のハズなんだけどねえ。なにせアオトの身体はこっちの常識には当てはまらないからなあ…。白魔法を食らったことで、魔力を貯める器官が奇跡的に作られちゃったのかもしれないよ」
「奇跡的にって…」
奇跡的すぎるだろ。
と言っても、そうと断定できるほど心臓のカゲはハッキリしないらしい。
現状、体調に異変があるわけでもないし、ひとまずは経過観察が必要なようだ。
「それと…」そうつぶやいて、ジュディは検査結果に目を落す。
「変なことがもうひとつ…。これは実際見てもらったほうが早いね。アオト、ちょっと服脱いでくんない?」
「えっ?ナンデ」
「いーからいーから。背中見して」
背中?
怪訝に思いながらシャツを脱ぐと、後ろに立っていたリオンが声を漏らした。
「これは…」
「ねっ、変でしょ?これも事故によるものだと思うんだよね…」
「え、え…なんですか、見えないですよ」
「ホラ、鏡。合わせ鏡で見てごらん」
なんだなんだ、背中になにがあるんだ。
壁にかけられた大きな鏡と手渡された手鏡でいろいろ身をよじってみると、俺にもその『なにか』が見えた。
なんだこれ…?
背中の真ん中に、なにやら小さな黒いアザができている。
三角形を並べたような、カラスの影みたいな妙な形をしている。
蒙古斑なんざとうの昔に消えたし、こんなの見覚えがない。
「一応聞くけど、生まれつきのものじゃないよね?」
「まさかぁ…今までこんなのなかったですよ」
「やっぱりキッカケは昨晩の事故か…」
…ジュディが思案に暮れるのを見て、にわかに不安が押し寄せてきた。
ナゾのアザに加えて心臓に見える妙なカゲ…。
俺の身体、一体どうなっちゃったんだ?
ただの平凡な男子高校生だぞ、俺。
魔法が使えるのは魅力的だけど、原因不明なんて怖いじゃないか…。
黙って床に目を落す。
どうしよう。
昨日までは家に帰れるのかを心配してたけど、問題がそれだけじゃなくなっちまった。
身体がこのまま、#異世界__こっち__#の住人の構造に変化してしまったら…。
…。
「――悪い癖だぞ、ジュディ」
「…!」
肩に手を置かれ、ハッとして隣を見上げた。
リオンが静かにたたずんでいた。
「事実は分かった。それをどう判断し、どう処置を下すかはお前ひとりの仕事だろ。患者に邪推させる真似はよせ」
大きくはない、しかし明瞭な声。
それがとても力強くて、思わずノドの奥がきゅっとなった。
…最大限、気遣ってくれているんだ。
ジュディをいさめると同時に、俺に「考えすぎるな」と伝えてくれている。
(あ…なんか涙出そう…)
昨晩感じた孤独感やこの先どうなるんだっていう不安感が、リオンの言葉で包み込まれるように薄れていく。
みるみる視界がぼやけてきて…でも大の男が泣くのはみっともないから、くちびるをかみしめてただ俯いた。
リオン…ありがとう。
不愛想なコイツの優しさが、俺はとてもうれしかった。