ジェイの仕事
あぁ……やってしまった!
なんで実家でキスをしてしまったのか……
それは我慢できなかったから……人払いしてあったとしてもせめて、自分の屋敷でしたかった。なぜ実家……と反省しながらもニヤニヤとする。
ルビナもキスをしたかった。と言ってくれた。嬉しかった。ルビナは結婚式でキスをするのに拘っていたのになぁ……
絶対にルビナを幸せにしよう。そう思った。
今日ルビナはうちで家具を選ぶんだったな。早く顔が見たいのに、朝から来客があるしいつもより早く店に出なくてはいけない。
昼頃にルビナが店に来て、それからランチをする予定だ。
店に着き届いた資料に目を通す。そこには取引先の情報が書かれていた。
綿が高騰……別の取引先を探すことも視野に入れなくてはならない。最近質が落ちて来ている。と話が上がっていた。
そこで今日の来客はムパス国の貴族が私に会いたいと言ってきた。
一体なんの用件だろうか? ムパス国に知り合いはいない筈なんだが……
ムパス国はここ数年国力がぐんと上がった。国王が交代して新しい風が吹いた事が国全体をよくしたのだそうだ。確かに前国王のいい噂は聞かなかったな……閉鎖的な国だったが、最近は外国との取引をするようになった。と聞いている。言葉は理解できるが、念のため通訳を付けることにする。
そして待ちかねていたムパス国の貴族が訪れたのだが……
『はじめまして……ではなさそうですね。先日旅先でお会いした……』
『はい。私はムパス国からやって来ました。カイール・アスランと申します』
ムパス国アスラン伯爵家当主。年齢は三十五。
『申し遅れました、私はジェイ・デュランドと申します。本日はどう言ったご用件で?』
握手をした。
『先日はありがとうございました。妻もとても感謝していました。お礼をしたかったのに、いらないと言われてもう帰ってしまわれて……後にデュランド伯爵と婚約者殿だと知りました』
通訳なしでも話はできそうだ。義理堅い人間のようだ。
『私の婚約者がそうしたいと言ったので、本当に気にしなくて良かったのですよ。気持ちは受け取りました』
あの件でルビナとの距離が更に縮まった。と私は思っている。いい思い出になった。
『とても可愛らしい婚約者殿でしたね。いつご結婚を?』
『来年の予定です。彼女は学生でしたから、今は準備中といったところです』
『そうですか。優しく可愛らしい婚約者殿でしたね』
なんの話だろうか? 早く本題に入ってくれ!
『えぇ。自慢の婚約者なんですよ。ところで、そろそろ、』
『おっと。すみませんでした。本日はビジネスの話をしにまいりました』
ビジネスの話だったか。旅行の話はフリだったのか?
『はい、お伺い致します』
『我が国は、数年前まで閉鎖的な国で、輸入・輸出において全て管理されていましたが、ご存じのとおりここ数年で緩和されました。我が伯爵家では上質な綿や絹などの産地として国で有数なのです。しかし外国産の安い輸入品が入ってくることにより、取引先が金額を渋るようになりました。私は、いや私達や領民は質を下げ値段を下げるような真似はしたくない。自信を持って作っている物ですから。それで我が領土の綿や絹の取引先を探していたところ、レオナルド殿と知り合いました』
『レオナルドですか』
『えぇ。あなたの友人という事ですが?』
『留学時代に世話に……今も交流はあります』
話を聞くと、取引先を増やしたいという事が分かった。レオナルドも取引することになり、うちの国でも取引先を紹介して欲しいということになり、私の名前が出たそうだ。
レオナルドめ、それならそうと教えてくれれば良かったものを! 今度会ったら勝手に名前を出すな。と言っておかなくては!
まずは品物を見せてもらうことにした。
『素晴らしいですね。手触りも良い』
上質な絹だ。丁寧な仕事という事が分かる。ムラのない染色も良い。取引金額を見てこれまた驚いた。
『安いですね。これで儲けは出るのですか?』
『儲けは出ますよ。手作業と機械と工程を分けることにより、単価を抑える事ができるようになりました。数年単位で取引をするのならもう少し下げることも可能です』
綿や絹の取引先を探そうと思っていたところだった。ライセンスを持っていて正規な取引でこの値段。私が断ったら他の会社が飛びつくだろう。
『考えてみます。と言いたいところですが、なんの問題もなさそうです。しかもレオナルドのお墨付きですからね。しかしこの条件で本当によろしいのですか?』
レオナルドのお墨付き。元とはいえ一国の王子だったレオナルドを欺くような真似はしない、いや出来ないだろう。その点を踏まえて信用しても良いのだろう。
『ギリギリの金額ですよ。ホテルではお世話になりましたし、婚約者殿の優しさに妻が感謝していました。おかげで良い旅が出来ました』
とりあえず一年契約をして、様子を見ると言うことになった。




