ルビナの才能を垣間見る
~ジェイ視点~
「山がこんなに近くに! 空気がおいしく感じます。あのお花も可愛いですね。わぁ! 雲が近いです」
珍しく馬車の中ではしゃぐルビナ。
「いやぁ。ルビナがこんなに喜んでくれるとは連れてきて良かったよ。この辺りは水も綺麗で食事も美味しいんだよ。観光都市として最近は特に人気が高いんだ」
今日はホテルに泊まる予定で、ホテルに荷物を置く為に向かっていた。
「こんなに美しい風景ですもの。人気なのがよく分かります」
ホテルに着くと、外国人風のカップルがフロントで揉めていた。
「何かトラブルですかね?」
「そうみたいだね」
ふとカップルの男性と目が合う。
『部屋を譲ってくれませんか!』
どういう事だ? 急に言われても困る。目が合っただけなのに。
『今日は夫婦の記念日で、お忍びで旅に来ました。五年前は予約なしでも泊まれたのに、今では予約制になっていて……』
そうか観光都市となったからか……わざわざ他国まで来て泊まれないというのは気の毒だが……
「ジェイ様? なんて言っているの?」
外国語だからルビナには内容が伝わっていないのか。
「今日は夫婦の記念日で、お忍びで旅行に来たそうだよ。ホテルの部屋が取れなくて困っているらしいんだ」
「まぁ! それは大変です。ジェイ様私の部屋を譲ってあげてください」
「え? ルビナの泊まる部屋が、」
「私は他のホテルでも侍女達と一緒でも構いません。だって困っていらっしゃるのでしょう?」
ルビナを他のホテルに泊まらせるなんて絶対に無理! 侍女と同じ部屋で泊まるなんて許可できない。
じぃーっとルビナが私を見てくる。
「……ルビナが他のホテルに泊まるのも侍女と同じ部屋というのも私は反対だ。ルビナ、今夜は私と同じ部屋で過ごそう……変なことは誓ってしない」
「変なこと……ジェイ様っ!」
「それしか譲る方法はないよ? せっかくの旅行なのにルビナと離れるのは嫌なんだ」
じぃーっとルビナを見る。
「っわ、分かりました」
こんなトラブルも良いだろう。
『お待たせしました。お困りのようですね。私の婚約者が部屋を譲っても良いと言っています。観光地として人気が出てきたのでホテルも予約制になってしまいましたから、五年前とは勝手が違って驚いたことでしょう』
『助かります! 貴方の婚約者の方にお礼を伝えてください』
握手を求められたので応じた。夫人がルビナに感謝を伝えていた。言葉は通じないのに何となく伝わっているようで夫人とルビナが握手をしていた。
フロントに話を通して部屋を譲ることになった。せっかくの旅行なので良い部屋を取っておいたが支払いの方は問題なさそうだな。明らかに裕福な夫婦といった感じだ。
『お礼をさせてほしい』
と止められたが、大したことはしていない。ルビナがそうしてほしいと言ったから譲っただけ。そしてルビナと夜も過ごせる事になったのだから、こちらからお礼をしてもいい位だ。
『結構ですよ。トラブルも旅の楽しみの醍醐味です。たまたま出会った方の助けになれて良かったです。良い旅を』
とだけ言ってその場で別れた。
「さて、部屋に荷物を置いて散策に行こうか?」
「は、はい、そうですね」
ルビナが緊張気味についてきた。何も取って食いやしないのに……その様子も可愛らしく思えた。
客室に案内されすぐに窓に近寄るルビナ。
「わぁ。良い眺めですね。湖面が太陽の光で輝いています」
少し離れたところにある湖も最上階から見るとすぐそこにあるように思えた。
「荷物も置いたし、疲れていないのなら散策に行く?」
「はい。馬車の中から見たお花を近くで見たいです」
あの花は高山植物だな。この辺にしか咲かない花だ。ルビナはスケッチブックを手に取った。
「スケッチブック?」
「はい。スケッチ自体はすぐに終わるので持って行っても良いですか?」
「もちろん。ルビナがスケッチをするところが見られるんだね」
なんでも最終学年になったルビナは課題が多いらしい。刺繍をしたものを提出するらしいのだが、ルビナの刺繍の腕前はA判定を得るほどだ。ルビナがプレゼントしてくれた刺繍入りのハンカチは内ポケットに大事にしまってある。
先にスケッチに行くことにする。歩いているとオープンテラスのカフェがあり、庭にお目当ての花が咲いていた。お茶をしながらルビナのスケッチ姿を見ていた。
邪魔をしてはいけないと思いながらもルビナの手元を見る。
上手いな。ルビナには絵の才能があるんじゃないだろうか……あのスケッチしたものを額に飾るのも悪くないかもしれない。
あの大きさの額を作れば良いのか?
それなら楡の木で額を作ろう。
スケッチブックに描かずに、作品として残す為にキャンバスに描けばいいのではなかろうか。
これから色んなところに旅に出て植物をスケッチし、将来作品集として遺すという手段もあるのではなかろうか……
色んな事を巡らすジェイ。親バカならぬ婚約者バカとなった瞬間だった。




