登校する
〜翌日~
少し早く学園に登校しディートを待とうと思い馬車を降りた。すると────
「ルビナ! 昨日はなんで何も言わずに勝手に帰ったんだ!」
待っていたのはディートだった。
「あ、ディートおは、」
こつこつと靴音を立てて近寄ってくるディート。
「ルビナを迎えに行ったら、店の店員が送って行ったと聞かされたんだぞ!」
「ごめん、ずっと待ってたんだ、」けどと言おうとしたらディートは怒っていて次の言葉が出る前に捲し立てるように言った。
「何がずっとだ! 犬でも大人しく主人を待っているもんだろっ! 犬の方が忠誠心があるだけマシだっ!」
そんなことを言われて悲しまない人間はいないだろう。もちろんルビナも泣きそうだ。その顔を見てディートは鼻で笑った。
「ふんっ、本当の事だろう。少しは僕の事を考えたのか? 何も言わず勝手に帰るなんてどういう教育を受けているんだ! こっちは子爵家に抗議をしたいところを抑えてやっているんだぞ! 今回は許してやるが次はないっ! しばらくランチも一緒にしてやらない。これは罰だ!」
ディートは言いたいことだけ言って校舎に入って行った。ルビナは泣きそうになっているがなんとか堪えた。その様子を登校してきた生徒達に遠巻きに見られていたが、ディートの意見に賛成するものはいない。眉を顰め嫌悪感丸出しだ。とにかくこの場を離れないと……と思うが足が出ない。
ちょうどその時馬車から降り校舎に向かうルビナの友人ソフィアが何も知らずにルビナに声をかける。
「ルビナさんおはようございます……どうかしたの?」
ソフィアの優しい声に、ふんわりと微笑むその顔を見たルビナは静かに涙して下を向く。
「校舎に入りましょうか。落ち着いたらお話を聞かせてください」
ソフィアはルビナの手を繋いで休憩室に連れて行ってくれた。ハンカチを濡らしてルビナの目元に当ててくれた。そして背中をさすりながら話しかけてきた。
「落ち着きましたか?」
「……はい。ありがとうございました」
「何があったか聞いてもよろしいですか?」
恥ずかしくてこんなことを言えない。自分は犬以下だと婚約者に罵倒された。軽蔑されてしまうかもしれない。そんな気持ちで肩を震わせた。
「……何も。目にゴミが入っただけです」
嘘である。
すぐにわかるような嘘だった。それを聞いたソフィアは悲しげな瞳でルビナに声を掛ける。
「私はルビナさんと過ごす日常を楽しいと思っています。ルビナさんもそうだと嬉しく思います。友人が悲しんでいる姿を見ると私も悲しくなります。私では相談相手にもなりませんか?」
伯爵家のソフィアさんは私が一人でいるところに声をかけて仲間に入れてくれて友人だと言ってくれた。そんな友人に私は嘘をついた……ディートに言われた言葉に深く傷ついたが、ソフィアさんがここまで心配してくれる事は嬉しい。これ以上友人と言ってくれるソフィアさんに辛い顔をさせたくない。
「……申し訳ありませんでした。私ソフィアさんに嘘をつきました。目にゴミが入ったなんて嘘です」
「お話を聞かせてくださいますか? 無理にとは言いません」
私は頷いてソフィアさんに昨日の街歩きであった事を話した。そして今朝のディートの言葉に傷ついたと素直に打ち明けた。
******
ソフィアさんは先生に一時間目の授業を欠席すると話をしてきてくれた。ソフィアさんに授業を欠席させる事は出来ません。とお断りをしたけれど、そこは断固拒否された。
「先生の許可も得ていますし、具合の悪いルビナさんを一人になんてさせられません。具合の悪い友人を放っておくような教育は受けていませんもの。両親も分かってくれますわ」
にこっと笑顔でそう言った。ディートのどういう教育を──と言う事に関してのイヤミだと思った。
「ソフィアさんありがとうございます。ソフィアさんに友人と言って貰えて嬉しいです」
「ルビナさんは私の事を友人だと思ってくださる?」
「はい……ただこんな恥ずかしい話を言ったらソフィアさんに軽蔑されると思って……」
ここも正直に打ち明けた。周りで聞いていた生徒に犬以下だと笑われるかもしれない。
「私はね、とても怒っているのです。ルビナさんには悪いですけど、モリソン子息を軽蔑しております。ルビナさんと言う婚約者がいながらスミス伯爵令嬢と姿を消すなんて……置いてけぼりにしたのはモリソン子息ですのにルビナさんを罵るなんて最低な行為ですわ。犬だなんて……何が忠誠心ですか! 履き違えも良い所ですわ! ルビナさんは優しすぎます」
ソフィアはルビナの話を聞いて、昨日のルビナの母のように怒っていた。
「……優しいのはソフィアさんです。こんなに話を聞いてくれて……怒ってくれて。今どれだけ私が救われたかご存知ですか? 私一人だったらきっとあのまま動けずにいたと思います」
私も友人が困っていたら助けられるように強くなりたい。悲しんでいるだけでは前に進めない。ソフィアさんを見てそう思った。
「ふふふ。ルビナさんは面白いことを言いますのね。友人が困っていたら声を掛けるのは当然ですよ? そろそろ一時間目が終了する時間ですわね。私初めて授業を自主休講しましたわ。授業よりも今この時間をルビナさんと過ごしている事の方が有意義だと思ったからです」
「……ソフィアさんにそんなことを言われて嬉しくて泣きそうです」
ハンカチで目元を押さえた。
「悲しくて泣くよりも、嬉しくて泣く方が、心に負担はかかりませんわよね? きっと今頃私たちの友人も心配していますわね。それとも自主休講した事を羨ましがるかもしれませんわねぇ」
そう言ってソフィアさんは戯けるように笑いその姿を見て私も笑ったのでした。ソフィアさんは素敵な人です。