ディート
~ディート視線~
「いいものが購入できて良かったよ。さすがシア、いい店を知っているんだな」
ディートは先ほどルビナを忘れた店とは別の区画にある高級店に行った。
「ここはこの区画でも有名なお店で一流品ばかり置いているの。一人で買うのなら躊躇うけれど二人で購入したからいい物が買えたわね」
今月の新作の財布を買った。イニシャルを入れてもらうことで特別感が出る。ディートとパトリシアは満足な買い物ができたと喜んでいた。
買い物後はカフェに入ることになった。人が多く人気店である事が窺われる。
「ここって流行っているんだっけ? ディート来たことがあるの?」
ここはルビナが来たいとディートに言っていた店だった。ディートはそれを誰に聞いたのかすっかり忘れていた。
街歩きの後はカフェで休憩をするという計画だった。ただそれだけ。
話に夢中になっていると思ったより時間が経過していたことに気がつく。
「そろそろ帰らなきゃ。ディートは馬車? 私もそろそろ家の者を呼ばなきゃ」
パトリシアの家は南の区画にあるようだ。
「今から呼ぶのか? うちの馬車が迎えにくる時間だから送っていくよ」
ディートの家はルビナと同じく東の区画でルビナの家より奥まった場所にある。別ルートになるが少し遠回りするくらいで問題ないと思っているようだ。
パトリシアを送って行き、ディートが帰宅すると父も帰ってきたばかりのようでエントランスでバッタリと会った。
「ただいま帰りました」
「今帰ったのか? 今日の街歩きは楽しかったか? 今度ローゼン子爵家の皆さんをお誘いして晩餐会を開こうと思う。お前たちも今年は十六歳になるしお祝いをしないとな。久しぶりにルビナ嬢と会うことを楽しみにしているよ」
ディートの肩をポンっと軽く叩き家を出て行った。
「晩餐会か──って!」
急に何かを思い出したようだ。
「……ルビナ!!!!!!」
それだけを言い、焦った様子で馬車に戻りまた街へと行く。御者に忘れ物ですか? と聞かれたがまさかルビナを忘れた。とは言えない! なぜ誰も言ってくれなかった!!
「急いでくれ!」
街歩きというのは貴族街であり騎士たちが大勢いる為、安心安全だ。だからルビナの両親も街歩きをディートと二人で行くことを認めたのだ。
御者に急ぐようにと伝え、ルビナを置いて行った店の前に馬車を横付けし扉を開けた。
“カランコロン”と心地の良い音がし扉が開いた。そこでルビナといた時に接客をしてくれた店員を見かけ声をかけた。
「すみませんが、ロングのシルバーヘアーでグリーンの瞳で、薄い緑色のワンピースを着た女の子を知りませんか? 十六歳くらいの女の子なんですけどっ」
するとハドソンが言った。
「あぁ。そちらのレディでしたら、お連れの方を外で長い間お待ちでしたが、暗くなってきましたのでうちの女性スタッフが家までお送りいたしましたよ。ご安心ください」
にこりと笑顔を作りディートを見るが、瞳の奥は笑ってない。腹の底はムカムカとしていた。一緒に来た女の子を放って別の女といなくなった最低男という認識だ。
ルビナは少し話をしただけでも純粋な子だという事が分かり、置いていかれても相手を怒るどころか迎えにくるのを待つようないじらしい子だった。
「はぁ? 勝手に帰ったのか! 全く……どういう教育を受けたらそんな自分勝手な真似ができるんだか……勝手に帰るのならせめて伝言をするべきだ。そう思いませんか? どんな気持ちで僕が迎えにきたのか分かってないんだな」
同意を求めるディートに、ハドソンは笑顔を崩さずに言った。
「お客様がお帰りです。またのお越しをお待ちしております」
ハドソンはディートを出口まで誘導し、頭を下げた。
「塩を撒いておいてください」
スタッフに声を掛けた。ルビナが外でディートを待っていたことを知っている守衛だった。
「はい」
「あのお嬢さんが気の毒だな」
ポツリと誰にも聞かれぬようにハドソンは独りごちた。