憑き物が……
「お待たせしました。帰りましょう。送っていきます」
ジェイ様は急いで馬車にきた。
「子爵とのお話は終わりましたか? 本日はこんな事に巻き込んでしまいまして、本当に申し訳ありませんでした」
恥ずかしくてしょうがない。あんな話の通じない人と婚約をしていて、いずれは結婚しようとしていた事に……
「いいえ、とんでもありません。お疲れ様でした。言いたい事は言えましたか?」
「はい……ただ話をしたかった。それだけだったんですけど会話になりませんでしたし、あの人の言う通り私の自己満足だったのかもしれません」
あの人が反省して謝罪とまではいかなくても、そういう姿が見られていたら……と思っていたけれど、悪い部分しか見えなかった。ディートの為にも王都から……貴族社会から離れた方がいいと思いました。
あの人の事だから、学園にいたらまた問題を起こすかもしれません。そうなると迷惑がかかる……セシルさんに。
セシルさんがあの人のせいで落ちかけている(落ちた?)子爵家の信頼を取り戻そうと努力をしようとしているのに、邪魔をさせるわけにはいけないのです。甘い言葉をあの人にかけるとまた変な風に捉える可能性が高い。
前向きな性格? は羨ましいとは思いますが、普通の人とは違う方向というか……
「ここへ来る時よりもスッキリした表情になっています。それに最後のカーテシーは美しかったですよ。あいつへの最後の挨拶だから?」
バレていた……一般人となるのだから目に焼き付けて欲しいと思った。せいぜい私の出来る嫌がらせのようなものだった……
「あの人のことを恨んだりはしていないんです。でもあの性格を知ってしまって、少しはやり返そうと思ったんですけど口では負けてしまいますし、私の出来る限りの嫌がらせです。あの人は貴族社会からいなくなるのですから」
貴族社会の礼儀作法の一つです。裕福な商家の家の子なら習っているかもしれませんが、領地から出られないので今後見る事もないでしょう?
貴族社会からもお別れという意味でもあるんです。私、性格が悪かったんだわ……
「口で言うよりも伝わったんじゃないですか? 鉄の扇子も出番がなかったようですし……」
くすくすと笑うジェイ様。
「暴力は好きではありません。腕や手を掴まれた事もありましたがその時は嫌な気分になりました」
そんな話をしていたら子爵家に到着した。
扉を開ける御者。ジェイ様が先に降りて手を貸してくれた。
「そうですね。手は掴むよりもこうして差し出すものですからね。ルビナ嬢どうぞ」
綺麗に微笑み手を差し出してくれた。ジェイ様はキザな人だ……でも優しい手をしていた。その後にお礼を兼ねてジェイ様をお茶に誘った。
季節は秋でした。今日は秋晴れで過ごしやすい日。
少しだけ肩の力が抜けた。
「ルビナ嬢はあいつのことどう思っていたの? 不躾だけど」
「そうですね……家族のように思っていました。私は幼い頃から人見知りなところもあるので知らない人より、知っている人の方が安心だと思っていました。領地も隣だし、皆喜んでくれていたし間違いはないと思っていました」
婚約が決まった時は皆に祝福されたし、笑顔がたくさんだった事は覚えている。ますます両家が繁栄するように……と。
「そうですか。それなら私とルビナ嬢はもう知り合いですから、大丈夫ですかね?」
「? 大丈夫とは何でしょうか?」
「こんな時に言うのは卑怯だとは思いますが、ルビナ嬢には将来のパートナーとして私の事も視野に入れて欲しいという事です」
……将来のパートナー? ジェイ様を?
「これは本気で言ってますからね? 軽い気持ちではありませんよ。好きになった子には頼られたいですし望みは叶えてあげたいと男なら思うんですよ。ルビナ嬢が夜空に輝く星が欲しいと言えば、何とかして手に入れようと思ってしまう程ですよ」
「……どうして、私を」
驚いて単語になってしまいました。私には不相応な方ですから。
「ナンパな男だと……軽い男だと思われるのは困りますから言っておきますが、誰に対しても優しいわけではありませんよ。ルビナ嬢だからです。私との事を考えて欲しいですし、私のことを知ってもらいたいので今日のお礼として来週デートをしませんか? 今日の為に頑張ったんですよ、私へのご褒美と思って下さい」
返事が出来ないでいた。
「夫人に来週のデートの許可を取って帰りますね。詳細は手紙を出しますのでその時に。それではまた」
手を取られて軽く触れるだけのキスをされてしまった……これは挨拶?
……違いますね。どうしよう