対面3
「良かった……」
と言ったらディートが胡散臭そうな顔をして私を睨んできた。
「結婚する前に本性を見ることが出来て良かった」
「はぁ? おまえがこうさせたんだろうがっ!」
ふるふると頭を振るルビナ。
「もう何を言われても怖くありません」
「はっ! あの下世話な友人達の影響だな」
「何も知らないくせに私の友達を悪く言わないでください」
……むかっとした顔をした。淑女としては失格です。でもそんなの気にしません。
「へぇ、言うじゃないか。気弱で大人しくて反論も出来なかったくせに。おどおどして、愛想笑いするだけで一緒に歩いていても犬の散歩をしているようなもんだったのにな!
飼い犬に手を噛まれるとはこの事を言うのか」
はっはっはと馬鹿にした笑い方をするディート。以前までならきっと言い返せなくて泣いていたと思うけれど、全然怖くない?
「何か色々と誤解をしているようだけど、」
「はっ、」
「……っ人が話しているときはちゃんと人の話を聞きなさい! 子供でも分かる事です。それとも子供の頃から理解をされていないとか?」
「バカにするなっ!」
「お分かりいただけたのなら、大人しくなさって下さいね。順を追って話をしたいのですけど途中聞き取れないこともあったので、それは大したことがない内容だと捉えました、お許しください。ここで誤解のないように言っておきますが、モリソン子息との婚約を解消したのは私からです。ここは大事なので覚えておいてくださいね」
「……………………」
「私はモリソン子息に忠誠心なんて全くありません。ですので婚約を解消してあげたんです。あなたに忠誠を捧げてくれるような素晴らしい女性に出会う事をお祈りいたしますわ。私には無理なので」
「……………………おまえ、」
「待て! ですよ、まだ話している途中です。犬でも分かりますよ? それとも本当に噛まれないと分かりませんか?」
「っ!」
あら、静かになりましたね。
「よろしい。侯爵家の方との噂ですけれどハドソン侯爵家の三男であるジェイ様とおっしゃる方です。ある場所で偶然知り合いまして、その縁で何かとお世話になっております。とても身分の高い方なのでおいそれと噂を鵜呑みにしない方が宜しいですわよ」
「侯爵家の子息がおまえなんて相手にしないだろうからな。おまえに言い聞かせているんだよ」
背後から何やら不穏な空気が……チラッとジェイ様を見ると目が合って微笑まれた。侯爵家の話が出たけれど大丈夫みたいです。
「そうですね」
「身分が違うんだよ!」
身分ですか?
「本当によく喋る口ですね……身分と言うのならあなたは元子息ですし、私は子爵家の娘ですから身分が違いますね。弁えてください。もうすぐ領地に篭ると聞いたので、お別れを言いにきただけです」
「なんだよ、自己満か……」
「そう言われればそうかもしれませんけれど、これからの人生のほうが長いので、後悔をしたくなかったんです。だって私も貴方もまだ十六歳ですから、今はどうにも出来ない感情があっても今きちんと、お別れを出来れば十年後に違う未来があるはずだから」
「はっ、世間知らずのお嬢さんが何言ってんだ」
この人に言われたくない言葉ですね。何を言っても響きません。
「お父様は今でも学園時代の友人と学園生活での話で盛り上がるそうです。私も将来友人達とそうありたいの」
「僕に対するイヤミか?」
「過去は変えられません。お父様が言っていました、十代の頃は上手くいかないことばかりだったと。失敗ばかりで今考えれば恥ずかしい事もあったけれど、それも経験だと。まだ意味は分からないけれどそういうことなんだと思う」
「……ばかか?」
「それが分かるのが三年後か、五年後か、十年後かは貴方の生き方次第でしょうね。それに私もまだ分からないもの」
「今度は説教か? 僕より自分が上だと言いに来たのか? イライラするっ!」
髪をくしゃくしゃとかき乱すディート。
「もう話すことがないから帰りますね。会ったら言っておこうと思っていた事が沢山あったのに、顔を見て話を聞いたら言うことがなくなっちゃった。だって思っていたよりもあなたって幼稚なんだもの。人の話も聞かないし、会話にならない。良い別れ方が出来るなんて思わなかったからこれでいいのかも知れない。私我儘なので」
「な! 良い加減にしろよ! 人が黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって」
ルビナに手を上げようとするディート。それを見てジェイがすっと手ををひねり上げる。
「……何をするんだ! 侍従のくせにっ。僕に触れるなっ」
暴れたら余計痛くなるだけなのに。それ以上騒ぐと護衛が来てしまいます。
「暴力を振るわないと約束するのならその手を外してもらう様にしますよ?」
ルビナが呆れてディートに言う。
「いたっ……いてて……っ分かった、分かったから、外してくれ……」
ジェイ様は涼しそうな顔をしているのに、ディートは痛そうに冷や汗をかいていた。
「ジェイ様外してあげて下さい」
「これくらいで弱音を吐くなんて口ほどにもないな」
はぁっ。とため息を吐き腕を外すジェイ。
「話が出来ないからと言ってすぐに手を出そうとするのは、幼子と同じです。それに黙っていればと言いましたが、黙っていませんでしたよ?」
「躾けてやろうとしたんだよ!」
「こいつ、もう一回締めますか?」
ジェイ様が言った。それも悪くない様な気がしてきましたね。




