対面2
コンコンとノックの音が聞こえた。
「はい」
返事をすると、メイドが“失礼します”と言ってドアを開けた。
「ローゼン子爵令嬢、お待たせいたしました」
頭を下げるメイド。すると後からディートが入ってきた。少し痩せた様で目の下にクマが見えた。
「ルビナ、久しぶりだな。待たせて悪かった」
ディートは机を挟んで私の目の前に座った。そしてお茶を出されてメイドに“あぁ”と言った。
ディートはいつもお茶を出されても、私が淹れても“あぁ”としか言わなかったわね。
私ってばそういうところを見てなかったんだわ……お茶を出してもらって当然と言った態度だった。
「お久しぶりです。少し痩せましたか?」
率直な感想を伝えた……
「あぁ、そうかもしれない。心配してくれるのか? 相変わらずルビナは優しいね」
思っていたよりもディートは穏やかだった。
「それは、」
「ところで話とはなんだろうか。こんなことになった僕を笑いに来たのか?」
「まさか、」
「そうだろうね。ルビナは優しいから僕を助けに来たんだろう?」
「え? なにを、」
「もう一度僕と婚約してくれるんだろう?」
「何の話を、」
「だって僕がこんな姿になったのはルビナのせいだから、婚約の解消を取り消しに来たんだろう? もう過去のことは水に流そう、これで元通りだ!」
……深呼吸、深呼吸。
すーはーすーはーはー。
「元通りにはなりません。私たちは婚約を解消したんですから」
ちっ。舌打ちが聞こえた。
「……何しに来たんだよ。笑いにきたのか? それともあれか? 新しい男ができたとか言いに来たのか? 侯爵家の息子なんておまえなんかを本気で相手にするわけないだろ、良い加減に現実を見ろ」
急にディートの声色が変わる。
「笑えば話を聞いてくれるんですか?」
「なんだ、その態度は!」
がたんと席を立つディート。リリが例の扇子を私の膝の上に置いた。
ちょっと……なんでこんな時に……と思ったけれど鉄の扇子の重みと冷たさで、怯んでいた気持ちがすっとなくなった。
後ろには、従者のフリをしているジェイ様が立っているのだけれど、チラッと見ると顔をひくひくさせていた。
あ、そうだ、深呼吸、深呼吸。すーはー。こうやってみるとディートって……
「負け犬の遠吠え……」
ぽそっとつい口に出してしまった……あ!
顔をかぁっとー赤くさせてディートは机をバンッと叩いた!
「生意気なんだよ! 女は黙って男の言う事を聞いていればいいんだ! 大体な────────────────」
何かを一生懸命喚いている様だったけれど、全然見当違いで話にならないし早口で聞き取れない。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ディートが喚き疲れて呼吸が荒くなっている。
お茶を口にしたディートはカップが空になって、床にそのまま投げつけた。“パリンっ”と音がして欠片が床に散らばる。
ディートを見ると余裕がない様に見えた。こんな事をしても後悔するだけなのに……
もう子供が駄々をこねている様にしか思えない。
「言いたいことはそれだけですか?」
落ち着いてきたようなので確認のために聞く。
「な、おまえが生意気になったのはあの下世話な友達のせいだろっ! 女は連んでないと何にもできないからなっ! 男に縋って生きていかなきゃ生活も出来ないくせに、文句ばっかり言いやがって! あぁでもない、こうでもない! ぎゃぁぎゃぁうるさいんだよ! おまえの唯一の取り柄は大人しくしていられる事だろうが! 茶を淹れるだけでもチヤホヤされるなんて女は良いよな!」
「良かった……」
それは心の底から出た言葉だった。