いざ! モリソン子爵家へ
「え! ディー……モリソン子息に会う許可が? お父様から」
ローゼン子爵は領地へと向かった。ディートの祖母に手紙を貰いディートを更生させると言う事が書かれていた。
今後ディートは領地から出さないと言う事だが隣り合わせの領地の為、もしかしたらローゼン子爵領に立ち入る事もあるかも知れない。勝手知ったる何とやら……許可なく領地を出た時の対処の相談という形だった。
ローゼン子爵は領地の事も気になるのでしばらく領地で滞在する事にしたようだ。
「えぇ。ローゼン子爵にもモリソン子爵にも許可を得ましたよ。それで急ですが週末学園のお休みの日に迎えに来ますので、モリソン子息に会いに行きましょう。ローゼン子爵家の馬車で行くとあらぬ噂が立っては困りますので、私が馬車を用意しますのでご安心下さい。それと私はルビナ嬢に付き添うつもりですが、従者のふりをしてついて行きます。貴女の隣に居てあらぬ誤解を招いては困ります。しかしすぐ近くにいますのでご安心下さい」
ジェイ様はそう言ったけれど、ちょっと不安に思ってしまいました。顔に出てしまったようです。
「大丈夫ですよ、ガツンっと言ってやるんでしょう? 言いたいことは纏まっていますか?」
……ノートに纏めてある。ちゃんと言えるかな。
「ルビナ嬢、まずは心を強く保たねばいけません。聞く限りモリソン子息は貴女を攻撃するような事を言ってくるでしょう。言いたいことは言わせておけばいいのです。深呼吸をする事をオススメします。それからルビナ嬢の出番になるのですよ」
「はい。せっかくジェイ様が整えてくださったんですもの、私言いたい事を言います」
「その意気込みです」
「……でも、もし、心が折れそうな時は……」
「はい、その時はちゃんと支えますから、ガツンとやっちゃって下さい、暴力は反対ですが、もし手を出しても責任は持ちますよ」
にこりと笑うジェイ様の顔を見るとほっとした。って私が相手に手をあげることなんてありませんからね!
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そして週末を迎えた。
「お手をどうぞ、お嬢様」
ジェイ様は落ち着いた色味の細身のスーツを着ていた。育ちの良さは隠せませんが、従者と言われればそう見えるかもしれません。
用意してくれた馬車は、家紋の入っていない控えめな馬車だけど、内装は乗り心地が良く快適だった。私の侍女もついて来てくれた。彼女は男爵家の次女でリリと言います。
行儀見習いという名目で私に付いてくれていて、体を動かすのが好きで明るくていつも助けてもらっています。ディートに置き去りにされた時お母様以上に怒っていたのは実はリリでした。
リリの家と私の家は遠い親戚で話し相手にでも。と言ってお父様がリリを招いたのだけれど、リリはファッションに興味があって流行りに敏感で私の身支度を手伝ってくれて、働きたい。とお父様に直談判して私の侍女になったという経緯があります。
リリは十九歳で来年男爵家に嫁ぐことになるので、私の侍女としては今年までです。ディートとの事も間近で見ていたので、リリの気合の入り方は私以上だと思います……
「緊張していますか?」
……そりゃしてますよ。行きがけにお兄様に何かあったらこれを使えと言って渡されたのは、鉄の扇子でした……何に使うのですか……重いですし結構です。と断ると“武器になる。相手が何かをしてこようとしたら思いっきり顔目がけて投げろ”……って。暴力反対です。
何処でこんな危険なものを手に入れて来たんですか! と聞くと、え? “意外と簡単に手に入る” って……へぇ。それは知りませんでした。
持って行く事を躊躇っていたら、リリが預かっておきますね。と微笑んでいた。
リリ、ダメだからね? と言っておきましたが……何処で需要があるのかしら……?
と言うやりとりがあった。
「はい。でもジェイ様もリリもいるので心強いですよ」
「もうすぐ着くようだよ、最終チェックはしたほうがいいかもね」
【今言わなくていつ言うの!】ノートのページを開き言うべき事……いいえ。言いたいことをしっかりと頭に入れ直した。そして深呼吸深呼吸……と言い聞かせる。
「斬新なネーミングセンスだね」
ノートの表紙がジェイ様に見えているようだった。
「これはリリと考えたんですよ。そのままの方が分かりやすいと思いまして」
「中身も気になるね……」
「お見せ出来ない内容になっています」
「それは残念だね。しかしレディには秘密がある方が魅力的だからね」
……そういうものなんですね?
「さて、門が見えてきた、準備は良いかな?」
「……はい」
ごくりと唾を飲み込んだ。
「ルビナ様、こちらを」
リリが渡して来たのは鉄の扇子……
「……置いて行きましょうね。リリ」
「…………」
にこりと無言で笑うリリでした。




