ボックス席!
二階中央のボックス席って……もちろん来たことも見た事もないけれど、分かります。ここは私には場違いだということが……
もう二度と来ることがないような気がします。
「ん? どうしたの?」
「……いえ。ジェイ様は招待する相手を間違えたのだと思います。こんないい席、」
「ルビナ嬢は初めての舞台だろう? ここで舞台を観ると視覚も音響も全然違うんだ。これも経験だと思って楽しまなきゃ損だよ。それに私はスポンサーをしているから、新たにファンを獲得できれば次に繋がるんだよ。また来たいと思ってくれるのが一番良いかな」
「……最初で最後だと思ってこの席で舞台を楽しみたいと思います」
ここまで来てしまったのだからジェイ様の言う通り全力で楽しむことに切り替えます。怪しいプレゼントの話も了承します……
席が埋まってきたところで開始時刻になり、舞台が始まった。オーケストラの生演奏もあり迫力があった。
内容は身分差のある切ない恋の話だった。見入ってしまっていたらあっという間に一幕が終了した。
続きが気になります!
一幕と二幕の間に休憩があり会場内のバーに連れてきてもらった。ジェイ様が飲み物と軽くつまめる物を注文してくれて席についた。
「ジェイ様はお酒を飲まれないのですか? 周りの方達はお酒を楽しんでいる様ですし、もし私に遠慮をしているのなら気になさらないでくださいね」
ここは大人の社交場。皆さんお酒を楽しんでいる。私の前に出されたのは紅茶でジェイ様はコーヒーだった。
「元々付き合い程度しか飲まないんだよ。だから気にしないで」
この前お会いした夜会でもお酒を飲んでなかったような気がします。
ここはお酒の香りがしていて慣れないせいか居心地があまり良くありませんがお茶はとても美味しいです。しばらくしてジェイ様は何人かの貴族の方に声をかけられていて歓談していました。
私はそれを不躾にならないようにそっと見ていました。そして軽食に手を伸ばした時でした。
「……あなた、ルビナさん?」
「はい?」
声をかけられ頭を上げました。こんな場所でどなたでしょうか?
「あ、パトリシアさん……ご機嫌よう」
パトリシアさんからはお酒の香りがしました。たくさん飲まれたのかもしれません。
「この舞台はすごく人気があるのに、子爵家のあなたがよく来られましたね。忍び込んだのかしら?」
だいぶお酒に飲まれているように思えました……酔っ払いに絡まれている。と周りの方は思うかもしれません。嫌な笑い方をしていました。
「いえ、私は、」
「それにしても地味なドレスね。この場にふさわしくないのではないかしら? ここは大人の社交場でお子様はお呼びではないわよ」
ほほほっ。と高笑いするパトリシアさんですが……あれ? パトリシアさんって同じ歳ですよね? 首を傾げる。首を傾げるのが癖になってしまった様です。
「あの……」と言いかけた時でした。
「パトリシア! 目を離した隙に……すみません。私の婚約者が何か失礼な事をしましたでしょうか?」
パトリシアさんには婚約者がいたようです! 知りませんでした。そしてジェイ様が気がつきこちらにやってきた。
「何かあった? この令嬢は知り合い?」
こそっとジェイ様に耳元で言われたので答えようと思っていたら……
「え? ……あなたもう、男がいるの? 驚きだわ!」
「っパトリシア!」
パトリシアさんの婚約者だと言う男の人に「すみませんっ」と言われ焦った様子で頭を下げてきました。
にこりとジェイ様が私の横に並ぶ。
「失礼。私の連れに何か用ですか?」
ジェイ様はパトリシアさんの婚約者と言う男性に声をかけた。パトリシアさんとはかなり歳が離れている様な気がします。三十代……? くらいの男性でした。
「これは……ハドソン侯爵家の……?」
バツが悪そうにまた頭を下げる男性。
「えぇ。ジェイ・ハドソンと申します。失礼ですがあなたは……」
ジェイ様はやはり侯爵家の方なんだわ……なんだか場慣れ? しているというか年上の男性にも臆さない堂々とした佇まいです。
「申し遅れました。私はネイサンと申します。彼女はスミス伯爵家の令嬢で、私は彼女と結婚し婿に入ります」
え! まだ入学したばかりなのに! 結婚? ディートは? 頭の中でハテナがたくさん飛び交いました。パトリシアさんはこちらを睨んでいました。
「何よ!」
「パトリシア! 問題を起こす様ならもう帰るぞ! 酒の飲みすぎだ!」
「私はあんたに嵌められたんだからね! あんたの元婚約者も頼りにならないし学園も辞めなきゃならなくなったわよ! せっかく入学できたのに……」
今度はうっ、うっ……と泣き出してしまいました。
「酷いわ。せっかく二回目の試験で合格出来たのに……素行が悪いって……何が悪いのよ。何もしてないのに……逆恨みで辞めさせられたのよ。毒女なんかじゃない……子爵家の子息なんて狙わないわよ……」
「パトリシアさん、あの、」
「なによ! あなたなんて大っ嫌いよ! 尻軽女! 地味なふりしてよくも爆弾を落としてくれたわねっ!」
パトリシアさんに睨まれると、婚約者の方がグイッとパトリシアさんの腕を掴みまた更に深く頭を下げた。
「申し訳ございません。今すぐに帰ります。どうやら酒の飲み過ぎのようです。どうかご容赦ください……二度とこの様な事のない様に致します。パトリシア行くぞっ」
「きゃぁぁっ、痛い……離しなさいよ」
そのまま連行されるようにパトリシア様は出て行った。私はまた何も言えなかった……
私は今までパトリシアさんと一度も話をしたことがない様な気がします……恨まれる様な事をしたのでしょうか……?
「これは……あの令嬢の逆恨みだよね? せっかく舞台を楽しんでいたのに台無しだな……」
ジェイ様に言われて、周りもチラホラとこちらを見ている。
「言いたい事を言えませんでした」
パトリシアさんとディートの似ている所だと思った。話す隙を与えてくれない。
「うーん。意見を言うのは大事だけど今回は何も言わない方が良かったかも。自爆してくれたし?」
……たしかに!
「発言を控えるのを美徳と言う人も中にはいるけれど、誤解が生じる様ならその時はきちんと伝えたほうが良いね」
……時と場合にもよるという事ね。
「私がいつも助けられれば話は別だけどね」
……ん?
「さて、二幕が始まるよ、席に戻ろうか?」
結局ラストで感動して泣いた。嫌なことがあった様な気がしたけれど舞台にのめり込みすぎてその事を忘れてしまった。帰りの馬車では舞台についてジェイ様に熱弁をした。