第19話「虎の威を借る」
──第3リーグ、第8試合、稲葉雷兎対、勝龍昴。
ステージは渓谷。
岸壁立ち並ぶ荒野ともいえようか、魔力で作られた擬似世界はリアルの一言では表せないほどのクオリティで、一瞬、本物の世界であるように錯覚する。
そんな岩肌の地面の上で、二方は相対する。
強風が吹き荒れる悪劣な環境までもが再現されたこのステージで、試合開始から早10分。
どちらとも一向に動きはない。
会話もなく、只々睨み合うのみだ。
視線で交わされる鍔迫り合いは、観客たちを酷く怯えさせる。
その証拠に、司会までもが声を出すのを躊躇っている。
否、声が出せずにいる。
実際は、出せないのか出さないのかは分からないが。
途端、雷兎が口を開いた。
「中々の歴戦と見受けられよう。その虎の威を借る所が、逆に刈り取ってしまいそうな、獰猛でありながら殺伐としている訳では無い、だが、確かな殺意を受け取れる視線。拙者、感動した。これほどまでの強者、貴殿が初めてである。」
武士と言うには少しばかり言葉が稚拙だが、自身の力を大いに揮える者を前に、気が高ぶっているのはどうしようもないほどに読み取れてしまう。
そんな雷兎の言葉に、昴は表情をピクリとも動かす事も無く数秒ほど黙り込む。
そして不意に下を向いたかと思えば、ゆっくりと口角がつり上がっていき、嗜虐的な笑みを雷兎に向けて声を発する。
「そりゃぁ、ありがたい限りだぜ!」
その獰猛な殺意を一身に受け、雷兎は全身の毛を逆立てる。
冷や汗が頬を伝い、地面に落ちる。
だが、そんな事を感じる暇も無い程の威圧感、これまで感じた何よりも痛く肌に突き刺さる。
魔王、上級生、天敵、そのどれもが甘く見える。
だが、その恐怖は次第に好奇心へと変わっていき、ついには、狂気へと変わる。
殺気と狂気は、どこか似たものがあるようで、互いにその覇気を侵食し合い、其処には新たな覇気が生み出されていた。
形容するにはそれこそ、恐気とでも言おうか、なんとも表せない。
虎の威を借るとは雷兎が言ったが、この気は、もはや虎の威などとは比較にならない。
竜でも飽き足らず、それこそ、神を罵倒するならばその通りか、悪魔を立てるならばそうかもしれない。
その迫力はもはや命を削りだすようだ。
「で?来ないのか?」
不意に昴が声を発した。
それに答えるように、雷兎がニヤリと笑う。
刹那、大地が弾けた。
憤慨する訳でも無い、だが、それは確かに弾け飛んでいた。
その直径、約50km。
そして、その亀裂、見れば山吹の輝きを放っている。
それは光だ。
電光だ。
稲妻だ。
雷だ。
数舜、遅れて轟音が鳴り響く。
破裂音、崩落音、雷鳴、その全てが同時に轟く。
もはやそれは音の域を超えていた。
鼓膜を劈く、破壊の一音。
大気を震わし、命を削る。
「絶技、【鳴星】・【憤鳴電雷】。」
声が聞こえた。
その声が響くのと同時、断層した大地から雷が溢れ出し、全ての物を塵へと変える。
そして、また声だ。
「【爆鳴刀】、【神鳴】──抜刀。」
人の影が見えた。
その影は雷兎だ。
腰に下げた埃をかぶった様な見た目の刀に手をかけ、ゆっくりと息を吐いて、その呼吸に合わせ、ゆっくりと刀の刀身を引き抜く。
それは、実体を持った刀ではなかった。
刀身が荒々しく波打ち、否、稲妻を刻み、揺らいでいると言えば生易しく、ただ、その身を掴ませる事は無く、しっかりとした刀身は見えなかった。
だが、それはどうだろう。
気が付けば、その稲妻は形を作り始め、それは見事な黄金の神刀へと姿を変えた。
刀全体が黄金に輝き、ただ、放つ光は青白く。
周囲にはパチパチと魔力が弾けている。
まだ半分ほど刀身が鞘に納まったままだが、その状態で雷兎は力強く、足を前に出した。
そして、地面を蹴り上げる。
気が付いたころには、其処には残像。
残像をも掻き消し、そこにはただ、一閃が走っていた。
否、それは一閃ではなかった。
目には見えない速度で幾閃もの剣閃を放っている。
否、またそれも遅れているのかもしれない。
既に全ては粉微塵に切り刻まれていた。
そこに残っているのは既に塵と雷だけだ。
そして、気が付いたころには、雷兎が、ゆっくりとその刀を──
──納刀した。
刹那。
それは刹那の事だった。
視界の全てが山吹色に染まり、塵を、更に炭にし、其処に残ったのは、細かくなった煤だけだった。
「ふむ、ここまでで3秒……早い決着であった。」
刀を収めた雷兎が呟いた。
だが、それは少し判断が速かったようだ。
「まだ決着をつけるにゃぁ早いんじゃねぇか!!!」
刹那、煤の山の中心で大噴火が起こった。
否、それは噴火と形容されるほどの大きな爆発だった。
そこにいたのは、びりびりに破けた制服と、真っ黒に煤けた皮膚、それにしてはやけに堂々と立っている昴だった。
続きます。
昴の反逆。
いきなりの新キャラ。




