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第4話「納豆、好きです」

 ──俺は未だフィラの首を魔法瓶に閉じ込めたまま学園に登校していた。

 欠伸によって滲み出てきた涙で視界をぼやかしながらも、頭上に上る日の光を見つめながら寮から少し離れた校門をくぐり、校舎に入っていく。


 少し無駄話をするが、少し前に話したうちの寮と言うのは、何か特別な施しがある訳でも無いただの一般的なアパートである。

 そんなアパートがこの場所だけ密集している。

 少しだけ異様な光景だ。

 が、面白いと言えば面白い。

 そして何より、コンビニが近くてとても助かる。

 そう、コンビニが近いのだ。

 おかしな話だと思うだろう。

 何故か?

 普通、異世界で変な力を手に入れて帰ってきているのだから、厳重に取り締まるのが普通だと思うのだが、それは俺がおかしいのだろうか?


 なんて、そんな事を言っても、何も問題が起こっていないのだから何も問題はないのだろう。


 そんな事を考えつつ、いつも通りに変わりのない下駄箱で靴を履き替えると、これまたいつもと変わらない廊下を歩いていつも通りに教室へと向かう。

 そして、いつもと違う教室の光景。

 何故か浮足立ち、クラス内の生徒たちの視線が全て窓際に集まっている。


 何だろうかと窓際の、視線の集まっているその方を見てみると、其処には制服の上からローブを羽織り、アイスブルーのショートヘアを揺らし同系色の瞳で窓の外を眺める見目麗しい少女。

 そう。

 そこにいたのは神咲(かみさき) 月夜(つくよ)だった。


 そういえば、このクラスに移動になったんだったか。

 俺は月夜の後ろにある自分の席に近付き、ゆっくり、深々と腰掛ける。


 「おはよう。」


 俺が席に座ると同時、すぐさま此方に顔を向け、そんな言葉を発する月夜。

 その言葉に「おはよう」と返すと、体を前に倒してのんびりぐったりモードへと移行する。


 先日の遠征授業の後、三日間の休日期間が設けられたのだが、三日も休んではもっと休みが欲しくなるのは当然。

 この体になってからもそれは変わらなかった。

 だと言うのに、なぜこの学園に通う生徒たちは怠くならないのだろう?

 おかしいと思う。


 「……疲れてるの?」


 月夜からの視線と言葉を受けてどう返すべきかがわからず、少し口籠ってしまう。

 体から疲れが抜けていないと言うのは事実だ。

 が、そんな事実とは裏腹に、休み過ぎたせいでこうなってしまったと言っても過言ではないため、疲れているとも言えない。


 「……眠い」


 思った事を率直に言うのが一番だろう。

 俺は今に状態を一言でいい現わす。

 それに月夜は「ああ」とでも言いたげな顔で首を微妙に上下させる。


 うん、わからないだろう。

 だって、俺も君が疲れてないのが何でか分からないもん。


 俺と月夜がそんな会話をしていると、聞きなれた元気な声が聞こえてくる。


 「オーッス!!!!」


 その声の主は、勿論昴だ。

 いつも通り、その先に行くほどピンクのグラデーションがかかった赤い髪をモヒカンの様に真ん中だけ残し、右倒しにして垂らす奇抜なヘアスタイルに少し我が家の様な安心感を抱きつつ「おはよう」の一言を返す。

 ニカッと屈託のない笑顔を浮かべ、着崩したブレザーの制服を揺らして俺の隣の席に座る。

 後ろの席には、少し遅れて入ってきた小枝が声も出さず、スッと静かに座る。

 まさに陰キャだな。


 此奴がこうなってしまったのは俺の所為かもしれないのが不安だ。

 何故俺の所為になるのか?

 少し前の、入学式当日に行われた実力計測と言う名の担任がサボる時間の、あの時に起こった、あの勝負。

 その時に意気揚々とかかってきた小枝を返り討ちにしたのだが、その次の日から俯いている事が多くなった。

 膝に本を置いて読んでいるからか、落ち込んでいるからか、どちらなのだろうか。


 何だったら今だって膝に、最近読み始めたとか言っていた『納豆は辛子と混ぜて』とかいう作品を置いて俯いて本を読んでいる。


 本当に気になるのは本選びのセンスだ。

 何だその本。

 え、有名だったりする?


 俺は内心そんな事を呟きながら細目で小枝を見る。


 そうして、そんな事をしているうちに教室の前扉がガラガラと開けられ、其処から担任である大槌先生が入ってくる。

 担任はいつも通りにだらしなく草臥れた服を身に着け、のそのそと歩いて教卓へ向かう。

 教卓の後ろに腰が隠れた所で此方に向き直り、学級代表に一言。


 「ごうれーい。」


 そう、だるそうに言う。

 だが、学級代表はそれに対し慣れた様に返事をして朝礼の号令をかける。

 号令が終わり、全員が着席したところで大槌先生が月夜を見る。


 「あー、今日からこのクラスに移動してきた奴がいる。前に出て自己紹介してくれ。」

 「……はい。」


 大槌先生の言葉に間を開けて返事をすると、スタスタと黒板の前まで歩いていく月夜。

 黒板の前に着くと、生徒たちの方へ向き直り、自己紹介を始める。


 「……隣のBクラスから移動してきた、神咲月夜と言います。よろしくお願いします。」


 いつも通りの無表情でそう言うと、ペコリとお辞儀をする。

 それと同時に沈黙が教室内を包む。

 それを打ち砕くかのように大槌先生が月夜に声をかける。


 「え、もう終わりか?」

 「……他に何か?」

 「いや、好きな食べ物とか、なんかあるだろ?」


 珍しく大槌先生がアドバスをしている。

 その光景に全員が目を見開いて大槌先生を見つめてる。

 それに気付いてか気付かずか、深くため息をつくと投げやりに自己紹介を終わらせよとする大槌先生。


 「じゃあもういい、なんか好きなもんでも言って席に戻れ。」

 「……納豆、好きです。」


 いや、納豆かよ。

 なんか、もうちょいイチゴとかさ? 女の子らしい物ないの?

 いや、女性蔑視とかそういうのじゃなくてさ? 単純に可愛げとか欲しいじゃん?

 俺はもう月夜にそんな物は求めてないけどこのクラスの、と言うか、大体の男子は女の子にそんな淡い幻想を抱くものではないのか?

 そう思って横を見てみれば、昴と小枝以外の男子は全員と言っていい程必死になってメモを残している。


 ……男子ってバカね。


 俺は男子の馬鹿さ加減と同時、月夜の容姿の恐ろしさを知ったのだった。

『納豆は辛子と混ぜて』は実際にある小説ではないです。

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