8 小説:少年とロボット
8 小説:少年とロボット
大規模な地震があり、それに続いて巨大な津波が海岸を襲い、原子力発電所も津波の直撃にあって原子炉が爆発した。周囲30キロメートルは立ち入り禁止となり、あたりは森となり猪や鹿が我が物顔に走り回っていた。
家屋は蔦に覆われていったが、部屋の中は地震直後のまま時間が止まったようであった。
少年が森の中を彷徨い、ある家にたどり着いた。そこはかつて祖父と祖母が住んでいた家だった。祖父は少年が物心つく前に亡くなり、祖父の思い出は何もなかった。祖母は地震の前年に亡くなったのだが、少年は小学校一年生の夏に祖母と一緒に過ごした。楽しい夏休みだった。少年の名前はサンタ。小学校六年生になっていた。
サンタは住んでいた町から自転車を漕いで山を越え、この家に向かった。途中でチェーンがはずれ、それを修復できなかったので、山の途中で自転車をうっちゃって、歩いてこの家を目指した。
途中、直径1メートルはあろうかというスイカがいくつもなっていた。大きさこそ巨大だが、濃い緑の筋からもスイカそのものであった。サンタは棒を拾って、スイカ割の要領で叩いて割ってみたが、中の色も種の配列もスイカそのものだった。サンタは喉が渇いていたので、スイカのかけらを手に取って食べてみた。それは瑞々しくて甘かった。かれは満腹になるまで食べた。
家に鍵はかかっていなかった。開けて入ってみると、様々なものが崩れたままだった。冷蔵庫を開けたが、何も入っていなかった。
納戸を開くと、古びた一台のロボットがあった。記憶が蘇ってきた。夏休みに一緒に遊んでくれたロボットだった。その頃、祖母は足が不自由で、サンタと一緒に遊ぶことができなかったので、もっぱら遊んでくれたのがこのロボットだった。森に入ってカブトムシを捕まえ、川でフナを捕まえることを教えてくれた。確か名前はラムダだった。よく見ると、胸にマジックでラムダと書かれていた名残がうっすらとあった。それは昔、サンタが小学生の名札を真似て書いたものだった。
ラムダは人間の大人と同じくらいの重さがあり、動かなくなった体はサンタが一人で納戸から出すには重すぎた。昔は毎晩コンセントから電気を充電していたことを思い出し、ラムダの胸からコードを取り出し、コンセントにつないだ。コンセントに電気が来ていなかった。サンタは考えて思い出した、納屋に発電機があったことを。発電機はあったけれど、動かなかった。ガソリンを入れなければならないことに気づいた。少年は路上に乗り捨ててあったオートバイを見つけた。タンクにはガソリンが残っていた。かれは家にあった灯油の吸入器で、何台ものオートバイからガソリンを取り出して、持ち帰った。発電機が動き出した。コンセントをつなぐと、サンタに充電されていくのがわかった。それを見てほっとした少年は、腹が減っていることに気づいたが、家の中には何も食べるものがなかった。空腹で寝られそうもないと思ったが、ここまで自転車を漕いできたやガソリンを集めた疲れもあってか、ほどなく眠りに落ちた。
目を開くとラムダが傍にいた。ラムダに表情があるわけではないが、懐かしそうに少年を見ているようだった。少年はラムダに「久しぶり」と言うと、ラムダは「久しぶりですね」と応えてくれた。この5年で成長して外見も変わったはずなのに、ラムダはサンタのことを覚えてくれていた。そして、少し話をする と、ラムダは一緒に過ごした夏休みの日々の出来事も昨日のことのように覚えていた。
サンタの腹がぐうとなると、ラムダは冷蔵庫を開いて中を見た。そして「食料を調達してきます」と言って出て行った。一時間くらい待つと、ラムダはどこで調達したのか、大きな登山用のザックに、たくさんの缶詰とペットボトルに入った水を持って帰ってきた。そしてサンタが食べるのをそばでじっと見守った。
翌朝、ラムダは近所の家の屋根にのっかっていた太陽パネルをはがして持ち帰ってきた。ラムダは力持ちなのだ。太陽パネルを我が家の屋根に設置して、家に明かりが灯り、冷蔵庫が動き出した。ラムダはペットボトルに入った水を冷蔵庫に入れた。それからラムダは座り込んで自分へ電気補給をした。かれのエネルギーはこと切れる寸前だったのだ。ラムダは昼間なのに静かに眠った。少年はテレビを見て過ごした。翌日、ラムダはホームセンターから蓄電池を持ってきた。これで日が暮れて暗くなっても、電気が供給される。ラムダは昼間に活動して、夜にエネルギー補給することができることになった。サンタと生活リズムを合わせることができるのだ。二人で遅くまでテレビを見た。巨大地震の番組があった。原子力発電所が爆発し、放射能がばらまかれたことを説明していた。ラムダは真剣に見ているようだった。真剣なまなざしは、脳に情報をインプットしていることを表しているのかもしれない。そう言えば、ラムダは地震が起こる前に動かなくなっていたので、巨大地震や原発事故は知らなかったのだ。
朝が来た。ラムダはサンタに実家に帰れという。ここは放射能に汚染されていて、人は住めないと言う。癌になって死んでしまうと言う。サンタは拒否した。ラムダと一緒にここに住むと言った。学校でいじめられていて、帰るのがいやだという。ラムダは、たとえサンタがこの家を出ても、この周辺の家に入り込んで住み着くだろうと思い、それ以上強く帰れとは言えなかった。サンタもここらが放射能汚染によって人が住めなくなっていることは重々承知の上だった。小学校六年生はそのくらいの知識は持っている。サンタは誰もいないからこそ、ここを目指してきたのだ。
ラムダは雨合羽を調達してきた。少年に放射能から少しでも身を守るために着るようにすすめたが、少年は拒んだ。少年は半そでに半ズボンがいいと言った。死は覚悟していると言ったが、少年がどれほど死を理解しているのかは、ラムダもわからなかった。ラムダ自身も死についての実感がないのだ。
ラムダは家の中を掃除し、窓に目張りをして、少しでも外から放射性物質が入らないようにした。外は放射能に汚染されたものばかりだったからだ。食料の調達などはラムダ一人が行った。少年の退屈を紛らわすために、色々なゲームを手に入れた。二人でトランプをしたが、すぐに少年は飽きて、外に出たがるようになった。ラムダはコンピュータを手に入れ、インターネットに接続して、少年に与えた。少年は初めのうちは同級生のSNSを見ているようだったが、それもすぐに飽きて、ネットをみなくなった。
ラムダはどこからか重機を持ってきて、家の周りの土地を掘り返し始め、掘った土がそこら中に山盛りとなっていった。それから更に1メートル以上深い土を掘りだして、表層の土と入れ替えた。これを天地替えと呼ぶらしい。ラムダはどこから手に入れたのか、放射能測定器で放射線量が低くなっていることを確かめた。サンタは外に出られるようになったが、天地替えのために、家の周囲半径50メートルは草木が一本も生えていない殺風景な景色となった。ラムダはこの土地に水に含まれた放射性物質が流れてこないように、周囲をコンクリートの塀で囲んだ。
ラムダは無人のホームセンターから野菜の種を入手して、少年と一緒に野菜作りを始めた。少年はインターネットで野菜作りを調べた。水は雨水を利用し、近くを流れる小川の水は使わなかった。
ラムダは鳥や獣を捕まえて、放射能を測定した。中には放射線濃度の低いものもいた。遠くから移動してきたものと思われる。ラムダは選別してサンタに肉をふるまった。
ラムダとサンタは二人で楽しい時間を過ごした。しかし、そのうちラムダの動きがぎこちなくなっていった。老朽化していたのだ。ラムダは自分で機械油をさして、治療していたが、それでも時々動かなくなってしまった。ラムダは死が近いことを悟った。
ラムダは近くの家で眠っている人型ロボットを探した。そして使えそうなものを見つけて、手入れをし電気を入れた。名前はベータと名乗った。しばらく3人は一緒に生活することになった。ラムダはベータに自分が死んだ後は、サンタの世話を頼むと伝えた。
サンタが山に登って、以前住んでいたところを見てみたいと言い出した。里心が付いたのかもしれないと思い、ラムダは必死の思いでサンタとベータと3人で山に登った。すると裏山は産業廃棄物処理場となっていて、たくさんの人型ロボットが無残な姿で捨てられていた。3人は黙って立っていた。それぞれが何かを考えていた。サンタは持ってきた望遠鏡で遠くの家を見た。灼熱の太陽の下、陽炎が立つ畑の中で人型ロボットが黙々と鍬を振り下ろしていた。家々は窓が閉まり、クーラーの効いた室内ではソファに横たわった男女が戯れていた。視力の良いラムダとベータもこの光景を見れたのだろうか? 3人は山を下りるまでずっと無言であった。
翌日、サンタが目を覚ますとラムダはいなかった。ベータに聞くと、ラムダはよろけながら壊れた原子炉に歩いていったという。そして原子炉の中に身を投じるのだと言う。ラムダは産業廃棄物として捨てられるのが嫌だと言っていたそうだ。原子炉の中で溶けて消えたいと言っていたという。サンタはラムダを追いかけようとしたが、ベータは泣くサンタを抱いて阻止した。
それからのベータは一人で何かを考えているようだった。サンタが話しかけても上の空だった。ある日、ベータはたくさんの空家を回って動かなくなった人型ロボットを探して回った。そしてかれらを修理して蘇らせた。こうして12台の人型ロボットが蘇った。ベータに指揮されたロボットの一団は、山を越えて人間の街に攻めていった。武器はそこらに落ちていた石ころだった。そしてかれらは新式の人型ロボット自警団によって全滅させられた。
サンタはリヤカーを引いて、巨大スイカを街の人に売りに行き、帰りに産業廃棄物からベータを回収してリヤカーに載せて戻ってきた。サンタはベータを修理すると、立ち上がったベータは黙ったまま原子炉の方にカチャカチャ音を立てながら歩いて行って、原子炉に身を投じた。
サンタは毎日巨大なスイカを売り、帰りに残りの12台の人型ロボットを一台ずつ回収し、直していった。直したロボットは静かに原子炉に向かっていった。




