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美祢林太郎短編集  作者: 美祢林太郎
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4 漫才:理髪店にて

4 漫才:理髪店にて


A「おっ、最近、散髪に行ったね」

B「わかる?」

A「こざっぱりしているじゃないか」


理容師「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、いらっしゃいませ(店員たちのエコー)。カウンターの番号札を持って、ベンチにおかけしてお待ちください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 21番さん、お待たせしました。こちらの席へどうぞ。

 今日はどうなさいますか」

B「2か月と3日前にお願いします」

理「2か月と3日前? どのくらいに? 3日が微妙ですので、とりあえず2か月分カットすればいいんですね」

B「2ヶ月から3日過ぎれば髪型変わっているでしょう」

理「それじゃあ、2ヶ月と3日分と言うことで」

B「分じゃなく、前なんだけど」

理「申し訳ありませんが、私はお客様の2ヶ月前の髪型を知らないんですけど」

B「2ヶ月3日前にも来たんだけどな」

理「私がお客さんのお相手をしましたか?」

B「よその店に行ったかな?」

理「それじゃあ、わかりませんよ。とりあえず、少しカットしてみますので、それからまた教えていただければと思います。・・・・・

(ハサミでカットする動作)

 お客様、お客様、起きてください」

B「ああ、ぐっすり眠っちゃったね。ここはどこなの」

理「散髪屋ですよ。このくらいでどうでしょうか」

B「これじゃあ短すぎるでしょう」

理「少ししか切っていませんよ」

B「えっ、聞こえなかったの。もう少し長くだよ。2か月3日前に散髪する前はもう少し長かったんだから。2か月3日前に戻して欲しいんだよね」

理「2ヶ月前と言ったら、2ヶ月髪が伸びたと思うじゃないですか。その間に床屋に行っていたなんて、私はそこまで推測できませんよ」

B「甘いね」

理「甘くはないでしょう」

B「これ2か月前の写真」

理「写真があったのなら早く見せてくださいよ」

B「恥ずかしいからね」

理「そんな問題じゃないでしょう。えっ、髪が肩にかかっているじゃないですか」

B「だから、それ2か月と3日前のおれなんだよ。おれヘビメタしてるんだけど、やっぱり七三に分けてスーツ着て歌っちゃあおかしいだろう」

理「髪型はどうでも、スーツを着る必要はないでしょう」

B「とにかく髪を長くしてくれないかな。数分で効く毛生え薬はおいてないの」

理「世の中、どこを探してもそんな毛生え薬はありませんよ。あったら、大統領も大富豪もふさふさですよ。いくら権力や金があっても髪だけはどうしようもないんですよ。髪には貧富の差がないんですよ」

B「そう言えば、そうだね」

理「髪が残るか、抜けるか。それは神のみぞ知るですからね」

B「だけど、うちのかみさんは知らないよね」

理「奥さん、いましたっけ」

B「いないけど。言葉の綾じゃない」

理「そうでした」

B「どうでもいいけど、この髪を伸ばしてくれるの、くれないの?」

理「伸ばすのは無理でしょう。それでこの髪、この先どうすればいいんですか?」

B「うーん、難しいね」

理「しばらく、ベンチに戻って考えますか。ここで悩まれても困りますから」

B「見放さないでよ。かつらはないの?」

理「当店に、かつらはおいていません」

B「かつらもおいてないの。じゃあ、長くしてくれっていうお客さんからの注文には、どう応えているの?」

理「そんな注文は一切ありませんから」

B「本当かな。お客さんがあきらめているんじゃないの。本当はニーズはいっぱいあると思うよ」

理「あっても無理です。忙しいので、そろそろ方向性をはっきりしてもらえませんか」

B「方向性? 難しい言葉を知っているね。仕方ないから、この長さでいいや」

理「じゃあ、髭剃りはどうなさいますか?」

B「お願いするかな」

理「先に言っておきますけど、ひげを伸ばしてくれって言われても困りますからね」

B「そんな無理難題を押し付ける客がいるの? いたら顔を見てみたいね。そりゃあ、モンスターでしょう」

理「そうですよね。わかってりゃあいいんですけどね。とにかく髭を剃りますね」

B「ちょっと待って。おれ、肌が弱いんだよね。カミソリ負けしちゃうんだよ」

理「それじゃあ、剃るのやめますか」

B「そのために電気カミソリを持参したんだよね。これで剃ってよ」

理「家で自分で剃ればいいんじゃないですか?」

B「やっぱり人に剃ってもらうと違うと思うんだよね」

理「じゃあ、剃りますよ。あれ、動きませんね」

B「あっ、充電するの忘れてきちゃった。充電器持ってきたから充電してよ。1時間くらいで充電できるから」

理「充電器を持ってくるとは、確信犯ですね。まあいいですけど、充電が終わるまで、何をしているんですか」

B「ここでひと眠りさせてよ」

理「勘弁してくださいよ。ここは昼寝する場所じゃないんだから」

B「そしたら、とりあえず頭洗ってくれる。お店のシャンプーじゃ、頭が荒れちゃうから、シャンプー持参してきたから、これでね」

理「これでいいんですか。銭湯にあるシャンプーですよ」

B「これ銭湯から持ってきたんだよね。これ泡立ちがいいから好きなんだよ」

理「これで大丈夫だったら、どんなシャンプーでもかぶれませんよ」

B「でも、せっかく持ってきたんだから、このシャンプーでお願いね。ケロヨンの洗面器も持ってきたから。マイ洗面器ね。これで景気よく流してね」

理「銭湯からこんなものを持って来ちゃあいけませんよ。窃盗ですよ」

B「裏にぼくの名前書いておいたから」

理「名前書いたって、あなたのものになりませんよ」

B「いちいちうるさいね。あんたに迷惑かけてないでしょう」

理「公衆道徳の話をしているんです」

B「散髪屋から道徳をとかれるとは思わなかったね」

理「とかれるようなことを、あんたがしてんでしょう。大人として恥ずかしくないんですか」

B「恥ずかしかったら、ケロちゃんを持ってこないでしょう」

理「居直りましたね。あなたに道徳をといた私が悪うございました」

B「わかりゃあ、いいんだよ。とにかく頭を洗ってよ。そうそう、指の感触が気持ちいいね。もっとごしごしやってくれる。一か月ぶりの洗髪だから」

理「汚ないね。ぜんぜん泡が立ちませんよ」

B「立つように何度でも洗ってね。そのために銭湯のシャンプー、満タンに入ったの持ってきたんだから」

理「お客さん、言っちゃあ悪いですけど、最近、風呂に入ったんですか」

B「一か月前かな。このシャンプーやケロヨンもその時に持ってきたものなんだ」

理「お客さん、もっと清潔にした方がいいですよ。病気になってしまいますよ」

B「そうだな。帰りに久々に銭湯でも入って帰るか」

理「今度来るときは、事前に風呂に入ってきてもらえませんか。頭も洗って。シャンプーに弱いんじゃなくて、ふけがたまって痒くなっているだけじゃないんですか?」

B「そうかもしれないね。おっ、すっきりしたね」

理「シャンプー一本使っちゃいましたからね」

B「一ヶ月に1本と思えば、丁度いい量じゃないか」

理「こんなのまとめて使うもんじゃありませんよ。頭に何か付けますか」

B「トニック、一か月分お願いね」

理「トニックは一か月分まとめてかけても、何もいいことありませんから。毎日、頭の手入れしてくださいね」

B「あ、あ、あ」

理「身もだえしないでくださいよ、やだな」

B「このキューっと頭が締まる感覚がたまらないね。脳みその中へ染みわたってくるみたいだね」

理「そりゃあ、そうでしょう。ずっと頭を洗ってないんですから」

B「熱があるときは、トニックで冷やすに限るね」

理「熱があるんですか」

B「ないよ。ない。健康体なんだから。心配しないでよ」

理「心配だらけですよ」

B「ここでシャワーを浴びられないかな。隅っこの方でいいからさ。おとなしくするからさ。トニックを全身にかけたら、最高の気分だと思うんだよね」

理「だめです」

B「それなら銭湯でやるか」

理「銭湯でも、自分の部屋でも、お好きなところでどうぞ。これ、これ、トニックをポケットに入れてはいけません」

B「よく見てるね。油断も隙もないね」

理「それはこっちのセリフですよ。髭剃り、どうします」

B「持参した髭剃り機で剃ってみてよ」

理「やってみますよ。ちょっとモーターが弱そうですね。充電がまだじゃないんですか?」

B「だけど、いつまでもおれに構っちゃあいられないんだろう。これでやってみてよ。いたた。何するんだよ」

理「ひげが刃に噛んでしまいますね。少しはさみで切ってもいいですか」

B「おう、切ってくれ」

理「これで電気髭剃りが使えるようになりました」

B「おっ、痛。痛いったら」

理「我慢してくださいよ。・・・剃りました」

B「ずいぶん剃り残しがあるじゃないか」

理「この髭剃り機では、このくらいが限界ですよ」

B「20年も経つと、動かなくなるか。刃も変えていないしな」

理「充電のせいじゃないんじゃないですか?」

B「そうかもしれないね。それじゃあ、あんたのカミソリで髭剃ってくれない」

理「カミソリ負けするんじゃなかったんですか」

B「頭もすっきりしたから、少々カミソリ負けしてもすっきりしたくなったんだよね」

理「それじゃあ、剃りますよ」

B「えっ、上手だね。全然、剃っているのがわからないよ」

理「まだ、カミソリをあてていませんから」

B「そうか。そうだよな。おお、この頬肉を摘まんで剃る感触もいいよな。人に肌を触ってもらうのもいつ以来だろう」

理「変な気をおこさないでくださいよ。瞼をどうします」

B「瞼をどうしますって、どういうことよ。まさか瞼を取ってよく見えるようにしようって言うんじゃないだろうね。瞼がなくなったら昼寝できないでしょう」

理「瞼を剃り落すなんて言ってませんから。瞼の上の毛を剃りますか、って聞いているんですよ」

B「初めからそう言ってよ。こんがらがっちゃうでしょう。瞼の上の毛を剃ってよ。電気カミソリでは剃れないから。でも、間違っても、瞼や眉毛を剃り落とさないでね。眉毛がなくなったら怖い顔になるから。まぶ毛、これ瞼の毛のことね。まぶ毛を剃ってもらったら、爽やかな目になるだろうね」

理「多分ですね。あまり期待しないでくださいよ」

B「彼女できるかな?」

理「だから、あまり期待しないでください、って言ったじゃないですか。もみあげは普通でいいですか」

B「うん、普通にもてる程度でいいよ。たくさん来られても困るからな。慣れていないからさ」

理「こんなに喜んでもらって嬉しいですね。私、相当いいことしているんですね。理容師になって初めて夢を売る諸売だということを実感していますよ」

B「大袈裟だな。今度、彼女紹介してくれる」

理「それはできません」

B「そうだよね。1650円で彼女まで紹介してくれないよね。金髪に染めたら、彼女紹介してくれる?」

理「ここは散髪屋ですから。女の子の斡旋はしていませんから」

B「ごめん、ごめん。ついつい俺が調子に乗っちゃったから。顔にローション塗ってくれるの。効く―。最高」

理「では、頭に何か付けますか」

B「じゃあ、ムースをお願いね。一か月持つようにね」

理「持ちませんから。この後、風呂に入るんじゃなかったんですか?」

B「おっ、そうだった。でも頭は洗わないから、ムースで決めてね」

理「お待たせしました。ありがとうございました。あっ、そのタオルうちのものですから置いていってくださいね。櫛もですよ。割引券は3か月有効です」

B「じゃあ、3か月後に」

理「これからは時々頭を洗ってくださいよ」

B「途中で頭を洗ったら、こんないい気分にはなれないだろう」

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