3 新作落語:妄想家族2
3 新作落語:妄想家族2
A「その後どうしてる」
B「どうしてるもこうしてるもないでしょう。いつ彼女を紹介してくれるんですか?」
A「まだ、待ってたの?」
B「それはないでしょう」
A「もう、頭の中の妄想だけで満足しているのかと思ったよ」
B「そんなわけないでしょう」
A「それでその後どうなったんだい」
B「息子の婚活がうまくいかなくて」
A「いきなり妄想の世界に入ってきたね。現実ではまだ結婚してないだろう」
B「息子、覚えてるでしょ」
A「あの小学校1年生の息子さんがもう社会人なの」
B「妄想は先を急ぐんです」
A「そんなもんかい」
B「息子ももう40でしょう」
A「えっ、おまえの今の年齢越してるじゃん」
B「そんなバカなことはないでしょう。ぼくはもう80ですよ」
A「妄想の中で年齢の辻褄合わせをしているな」
B「大学を卒業して、ずっと部屋に引きこもっているんですよ」
A「それは難儀やな」
B「一家3人、私の少ない年金で細々と生活しているんです。ご存じのように、私は51歳の時にリストラされたでしょう」
A「リストラされるんかい。それはかわいそうやな」
B「リストラされて5年間、再就職するまで細々とアルバイトで食べていたので、蓄えが少ないんですよ」
A「リアルやな」
B「私も妻も年でしょう。もう働かせてくれるところも、のうなりました」
A「寂しい妄想やな。もっと明るい妄想できんのかい」
B「これが定めというものですから」
A「ここで定めが出てくるんかい。もうちょっとましな定めにしろよ」
B「80歳にもなったら、過去を振り返っちゃあ駄目です」
A「よし、よし。過去は振り返らんようにしよう。それでも、おまえの美人の嫁さん、まだ働けるんとちゃうんかい」
B「嫁さん、もう85ですよ」
A「姉さん女房やったんかい」
B「話してませんでしたか?」
A「聞かなんだな。そりゃあ、高齢出産で大変だったな」
B「もう40年前の話です」
A「そうやな、もう40年前やな」
B「先に進んでもよろしおますか? 今の妻は外に働きに出ても、誰も言いよって来ませんから、安心して働いていいんですけどね」
A「85歳のばあさんに寄ってくるのは、介護の人だけじゃ」
B「私らもいつまでも生きられるわけじゃありませんから、息子には自立して欲しいんですけどね。良い働き口はありませんかね。贅沢は言いません。働かせてもらえればどこでもいいんですから」
A「なんや、その手を合わせて、念仏みたいなのは。それにチーンやて」
B「先輩、6年前に死んでまんがな。お墓に手を合わせてるんです」
A「勝手に殺すな」
B「わかりました。蘇らせてあげましょう。はい、リセットしました」
A「それで息子さん、どこの大学出たんだっけ」
B「隅田川工業大学の情報経営学部を7年かかって卒業しました」
A「そこを出たのなら立派じゃないか。大学卒業してどこかに勤めたことはないの」
B「卒業して、これからは中国の時代だと言って中国に3年留学しました」
A「先見の明があるじゃないか」
B「帰国してからは、部屋に引きこもりです」
A「じゃあ、中国語会話教室でも看板あげたらいいんじゃないの」
B「街中でそんな看板見たことありますか? 英会話教室なら見たことありますよ。中会話教室なんて、どこにあります?」
A「中会話はないやろう。それじゃあ、上中下の中じゃないか。やっぱり中国語会話ちゅうんじゃないか?」
B「それでその中国語の教室、どこにあるんでしょう」
A「そう言えば、見たことないな」
B「でしょう。それに、たとえ教室を開いて習う人が来ても、息子は引きこもりをするくらいですよ、他の人とコミュニケーションをとるのが苦手な人間が、会話教室を開くのは駄目だと思うんですよね」
A「息子さん、中学生の頃、柔道をやっていて体格よかったよね」
B「えっ、いきなりそうきましたか。そんなことありましたっけ」
A「そうだよ。中学3年生の時は、ねん挫した足を引きずっていたけど、それでも県の大会で優勝したじゃないの。朝日新聞の県民版に載ったよね。一躍ヒーローになったからおれもよく覚えているんだ」
B「そんなことありましたっけ」
A「忘れたの・・・。仕方ないよね。もう25年も前の話だからね。どうだい、相撲取りにするというのは」
B「えっ、どこからそういう話になるんですか。そもそも40歳になって、相撲取りになれるわけないじゃないですか」
A「何を言ってるんだ。いまや相撲取りのなり手がいなくって、3年前に新弟子の年齢制限が外れたの知らなかったの?」
B「40歳でなれるんですか」
A「もう40年前とは違うんだよ。火星に分譲墓地が売り出される時代だよ。相撲が生き残っているだけ、凄いことじゃないか」
B「今が40年前・・・」
A「相撲取りはいやかい。それなら、新聞配達なんかどうだい。朝早く起きるから健康だぜ」
B「40年後、いや、今の時代にまだ新聞はあるんですか? ましてや新聞配達をする人はいるんですか」
A「新聞なんて、20年前になくなったじゃないか。最後の新聞配達だって、新聞オタクの連中がたくさん写真を撮りに来て、でっかいニュースになったじゃないか」
B「じゃあ、新聞配達というのは」
A「ああ、懐古趣味の金持ちって、いつの時代にもいるじゃない。毎朝、新聞を読まないと一日を迎えた気がしない、という年寄りがいるんだよ。そんな年寄りに希望の年月日の古い新聞を配って歩く事業が起こったんだ。なかなかいい金になるそうだよ」
B「そんなことになっているんですか。でも、息子は朝が苦手で」
A「息子さん、引きこもっているんだろう。もう夜も昼もわからないよ。朝になったら夜だって言って起こせばいいんだよ」
B「そんなもんですかね」
A「ところで、息子さん、10数年も部屋に閉じこもって何をしているんだい?」
B「それがよくわからないんですよ」
A「それじゃ、直接話してみるか」
B「これからうちに来るんですか」
A「そんな時代じゃないだろう。電話番号を教えてよ。テレビ電話で話してみるから」
B「あっ、ジョンか」
A「昔、違った名前だったような気がするんだけど。たしかいたる君だったよね」
B「息子は自分で勝手にインターナショナルな名前に変えたんですよ」
ジョン「あっ、おとうさん、久しぶり。一体何があったの」
B「ジョン、元気そうじゃないか」
ジョン「ああ、元気だよ」
A「ジョン君。初めまして。マイクです」
B「いつマイクになったんですか」
A「今だよ。ジョンだったらマイクだろう」
B「そんなものですか。先輩、こんなキャラだっけ? まあ、80歳を越えると、どうにでもなれか」
A「ジョン君、お父さんから君の仕事を紹介してくれって頼まれたんだけど、どんな仕事がいいんだろう」
ジョン「ぼくだったら、ずっと仕事をしていますよ」
A「部屋に引きこもっているんじゃないの?」
ジョン「部屋で仕事をしているんですよ。インターネットで世界中の大きな会社のコンサルタントをしているんです」
B「えっ、そんなことしていたの」
ジョン「母さんは知っているよ。母さんと話をしないの? ぼくは毎日話をしているよ」
B「部屋から出てこないじゃないか。どうしてお母さんと話ができるんだよ」
ジョン「テレビ電話があるじゃないか」
A「ジョン君、収入はいいの」
ジョン「年収10億くらいかな」
B「えっ、10億?」
A「ジョン君、結婚はしているのかな?」
ジョン「結婚はしていないけど、パートナーはアメリカにいるよ」
B「アメリカ?」
ジョン「母さんには5年前に紹介したけどね」
B「おれ一人、時代に取り残されていたのか」
A「とりあえず、現実を見つめた方がいいんじゃないのか。でないと、現実に戻れなくなるぞ」