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美祢林太郎短編集  作者: 美祢林太郎
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11 ショートコント:登山入門2

11 ショートコント:登山入門2


A「おれ久々に山に登りたいと思ってんだ」

B「ああ、おれも機会があれば一度山に登ってみたいと思っていたんだ。テントで泊ったり、頂上でご来光を仰ぐなんて憧れるね。ここんとこ課長に怒られてばかりだから、気晴らしをしなくっちゃあな」

A「おまえんとこの課長、ねちねちとうるさいからな。このうっとおしい下界を脱出して、スカッとした山頂を目指して今度の土曜日に二人で登山をするか?」

B「やろ、やろ。でも、おれ、山の装備、何も持っていないんだけど。山を登ったり、泊ったりするには色々と道具が必要なんだろう」

A「大丈夫。ザックやシュラフなどの一式、おれがレンタル屋から借りておくから心配するなよ」

B「ザック、シュラフ、良い響きだね。山男になったような気分だね。ユーレイホー」

A「それ、いつ頃の山男だい。今頃、そんなこと誰も言わないよ」

B「じゃあ、頂上に登ったらなんて言うんだい」

A「何も言わないよ」

B「じゃあ、万歳もしないのかい」

A「見たことないね」

B「つまんないの」

A「じゃあ、金曜日の夜7時におれの家に集合ということでどうだ。登山口には12時前に着くから、車の中で一眠りして朝4時に起床して朝食を食べて、4時半には登り始めるとしよう」

B「えっ、朝そんなに早いのか」

A「山登りはそんなものだよ。昼の2時には頂上についていたいからな」

B「そんなに早く頂上についても手持ち無沙汰だろう。それならもう少し遅らせて朝8時出発というのはどうだ。それでも5時半には頂上に着くだろう。今頃は7時を過ぎても明るいじゃないか。おれ早起きは苦手なんだ」

A「駄目だって。山は昼過ぎてから天候が変わりやすくなるから、早めに歩くのをやめなくてはいけないんだ」

B「おまえ、なんかしっかりしているな。普段のちゃらんぽらんなおまえと違うじゃないか」

A「ちゃらんぽらんは余計だろう。でも、基礎的な山登りの知識は持ってるけどな」

B「おっ、頼りがいのある言葉だね。それじゃ、金曜日の夜7時におまえんちに集合ね。おれ、車出すから。おれの車で行こう」

A「おっ、悪いな」

B「山では、おまえが頼りだからね」

A「大げさだね。あとは天気しだいだけど。いまのところ天気予報はよさそうだしな」

B「じゃあな。登山を楽しみにしているよ。で、どこに登るんだい」

A「瑞牆山みずがきやまにしよう。きれいな山だよ」

B「よし、どこにあるかわからないけど、瑞牆山だ。良い響きの山だね」


金曜日の夜7時

A「珍しく約束通りに来たじゃないか」

B「山の常識だよ」

A「いっぱしのこと言うじゃないか。それにしても、その衣装いったいなんだい」

B「おお、これか。貸衣装屋で一式そろえたんだ。貸衣装屋といろいろ話したんだ」

A「その貸衣装屋は、山を登ったことがあるのか?」

B「ないらしいけど、山の映画は昔いっぱい見たらしいぜ。ベレー帽がいけてるだろう。帽子の脇に刺してある赤い羽根を見てくれよ。貸衣装屋によると、これが登山家の証らしいんだ。胸のワッペンも、北アルプスからモンブラン、ロッキーまであるんだぜ。掘り出しもんだろう」

A「掘り出しもんだって言うけど、なんか時代遅れだと思うんだよな。ボーイスカウトのようにも見えるし」

B「貸衣装屋のおっさんも昔のことしか知らないって言うんだ。だけど、ベレー帽は山の王道だろう」

A「まあどんなかっこしてもいいけど、おまえ山登るの初めてなんだろう。山では相当目立つと思うぜ」

B「まずは形からっていうのがあるだろう。いくらなんでも、プロの登山家に間違われることはないよな」

A「それは決してないと思うぞ。それにしても、それピッケルじゃないか」

B「おっ、さすがによく知ってるな。これは骨董屋で見つけたんだ。おれ一度これを持って登りたかったんだ。これ持ってると山登りのプロって感じがするだろう」

A「たしかに山登りのプロって感じはするけど、それ冬山用だぜ。まさかアイゼンまで持っているんじゃないだろうな」

B「これか。これで登ったらどんなところも滑らないだろう。これをザックに吊るして登るんだ」

A「だから、ピッケルもアイゼンも冬山用なの。夏山には必要ないの」

B「あの雪渓という雪の壁を登らないの。雪渓は夏にもあるんだろう」

A「今回はそんな危ないところはいかないの」

B「そうか。じゃあ、このザイルはどうだ。まさしくおまえとおれの命綱だぜ」

A「おれたち、ロッククライミングや沢登りをするわけじゃないんだから、ロープは必要ないの。まさか、カラビナやハーケンも持っているんじゃないだろうな」

B「これか」

A「おまえ、いったいどこを登る気なんだ」

B「突然目の前に岩山が現れたら、登らなくっちゃあいけないだろう」

A「突然はありません」

B「突然、岩山は現れないの」

A「我々の前には岩山はありません。決まったルートを行くだけなの。岩登りはしないから、全部必要ありません。おまえ、靴見せてみろ」

B「より取り見取りだぜ」

A「どうしてこんなにたくさんの靴を持っているの。靴は一つでいいの。沢登りをしないから、この靴は必要ありません」

B「突然、滝が現れたりしないの」

A「現れません。おまえ、何か勘違いしているんじゃないのか。探検に行くんじゃないんだから。まさかおまえ」

B「じゃあ、猟銃も必要ないんだ。骨董屋のおっさんがこっそりと貸してくれたんだよね」

A「必要ありません」

B「オオカミやクマにあったらどうすんの」

A「オオカミはもう日本にはいません。クマに会ったら・・・、その時考えましょう」

B「ライオンやトラがいたら・・・」

A「いるわけないだろう。おまえ、おれをおちょくっているのか」

B「動物園から逃げだしたら、猟銃で撃ち殺さないと。それともわなを持って行くか」

A「おまえそんなに心配症だったっけ。いつも何にも考えてないだろう。もう何も考えるな。だいたい、こんなにたくさんの荷物担げないだろう」

B「そのくらいおれにだってわかるよ。だから、おまえに持ってもらうしかないな、と考えていたんだ。おれ猟銃だけ担ぐから」

A「おれは持たないからな。山登りは荷物をできるだけ軽くするんだよ」

B「それじゃあ、手ぶらか」

A「極端だな。食料や寝袋がないと生きていけないだろう。必要最低限のものを持って行くんだよ」

B「おれの命、おまえに預けます」

A「大げさだな。では、出発しよう」


A「起きろよ。もう朝の4時だぜ」

B「おっ、悪い。ぐっすり寝てしまった」

A「おまえに運転してもらったから仕方ないけどな。まずは外に出て朝飯だ」

B「外は寒いな」

A「ぴりっとしていいじゃないか。ほら、パンを食え。牛乳を飲め」

B「あっ言ってなかったっけ。おれ、朝はご飯なんだよね。生卵かけて食べるのが日課なんだよ。それに味噌汁があればそれで十分なんだ」

A「はい、はい。わかりました。パンと牛乳だ。食べたら出発するからな」


A「えっ、ドアをロックしっちゃったの。車のキーを中に入れたままなの」

B「ザックとか中に入れたままだろう。どうしよう」

A「しょうがねえな。JAFを呼ぶしかないだろう。・・・ここまで来るのに3時間かかるってよ」

B「それまで何してる」

A「そこらで寝ているしかないだろう」


A「日が出て、辺りがよく見えるようになってきたけど、おい、おい。あそこにでかい看板があるけど」

B「高尾山ってかいてあるぜ」

A「おまえ、もしかして運転、間違えたのかよ。瑞牆山じゃなくて高尾山に来たんだ」

B「悪い。悪い。それでこれからどうするんだよ」

A「高尾山か。今からじゃあ、仕方がないな」

B「あそこにケーブルカーがあるじゃないか。あれに乗らない? おっ、動き出したよ」

A「山登りに来たんじゃないのか」

B「それはまたの機会にして、とりあえず、今回はケーブルカーに乗ろうよ」

A「その格好で恥ずかしくないのか」

B「サンダル、Tシャツの奴もいっぱいいるし、ハイヒールの奴もいるし、恥ずかしくないよ」


ケーブルカーの中で。

A「やっぱり、おまえの恰好浮いているだろう。みんなじろじろ見ているぞ。おれに話しかけるな。他人の顔をしてろ」

B「高尾山の頂上で、ヨーレイホーって言ってもいいかな」

A「勝手にしろ」

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