10 新作落語:登山入門1
10 新作落語:登山入門1
ずぶの素人二人が山登りすることになりました。さて、どうなりますことやら。
A「世間じゃあ、山登りが流行ってるんだって。おれたちも山登りしないか」
B「そうだな。山登りでもするか」
A「だけど、おまえ山登りしたことあるのか? おれはまったくないからな」
B「おれを誰だと思ってるんだ。おれ子供の頃、毎日野山を駆け回って、山賊のヤスって呼ばれてたんだ」
A「山賊のヤス、山登りとは関係ないだろう。おまえ、よその畑から野菜を盗んでいただけじゃないのか」
B「わかるか」
A「山登りは何も取らないんだからな」
B「そうか残念だな」
A「とにかく今度、山登りするか」
B「よし、どこの山を登る。山はおれたちを待っているよ」
A「せっかくだから高い山に登ろうぜ」
B「そりゃあ、いいね。低い山だったら、ピクニックっていうものでしょう」
A「よし、高い山にしよう」
B「どうせなら、高い山の中でもみんなが知っている有名な山がいいんじゃないか」
A「みんなが知っている山っていったらどこだよ」
B「やっぱり日本で一番高い富士山でしょう」
A「何かありきたり過ぎるんじゃないか」
B「そうだよな。あまりにも知られ過ぎているよな。富士山に登ったって言っても、誰からも登山家として認知されないよな」
A「いきなり登山家かよ。一回登ったくらいで登山家にはなれないでしょう」
B「登山家とは言わないまでも、「ちょっと山登ってきたよ」「どこ」「富士山」これは通好みじゃないね。ここはもう少しマニアックな山がいいんじゃないの」
A「それじゃあ、日本で二番目に高い山にするか」
B「おっ、なかなかいい発想しているね。それで二番目はいったいどこなんだい」
A「おれが知っているわけないだろう。やっぱり二番目は知られていないよな。2番じゃ駄目なんですか。駄目なんです」
B「何古いこと言ってんだい。とにかく、素人のおれたちが知らないくらいが、通ぶってていいんじゃないか」
A「ググったら、二番目は北岳らしいぞ」
B「北岳、名前がいいね」
A「どこがそんなにいいんだい?」
B「だけ、だぜ。わかるか? 素人さん」
A「おまえだって素人だろう」
B「さんとかやまとはえらい違いじゃないか。低い山に岳はつかないぞ。北岳、惚れ惚れするね」
A「そんなものかね」
B「素人にゃあこの気持ちはわかるまい」
A「何、生意気なこと言ってんだい」
B「ところで、どこにある山だい」
A「そら知らないだろう。南アルプスだってよ」
B「なんと、ヨーロッパの山かい。おまえ、いきなり大胆だな。おれ、パスポート持ってないよ」
A「何言ってんだい。日本のアルプスだよ」
B「日本にもアルプスがあるのかい。いつ買ったんだい。バブルの頃かい」
A「やだね。なんでも金で買えると思ってる人間は」
B「モンブランマッターホルンもあるのかい」
A「あるわけないだろう。ただ高い山の連なりをアルプスって呼んでいるだけだい」
B「スイスがよく許したね」
A「許しちゃあいないと思うけどね」
B「そうか。それでその南アルプスってのは、どこの県にあるんだい」
A「山梨県らしい」
B「何メートルだよ」
A「3193メートルだってよ」
B「おっ、さすがに高いね」
A「何しろ、日本第二の高い山だからな。百名山の一つらしいぜ」
B「百名山。初耳だけど、響きのいい言葉だね。山の百人一首みたいなもんだ」
A「ただ百がついているだけだろう。百名山と百人一首、何の関係もないじゃない」
B「山とカルタ、何の関係もあるわけないだろう。馬鹿だな」
A「おまえが言い出したことだろう」
B「ともかく、登山家のはしくれとしては、やっぱりこうしたブランドの山に登らなくっちゃあな」
A「百名山はブランドなのか?」
B「そりゃあ、そうでしょ。全国の数多ある山の中から百個だけが選ばれたんだぜ。いわば、山の中のエリート中のエリートよ」
A「そんなものか」
B「百名山のない県もあるんだろう」
A「大阪や京都、千葉なんかの16府県にはないと書いてあるな」
B「京都には神社仏閣があるからこれ以上欲を言っちゃあいけない。大阪には大阪城。千葉だって、東京ディズニーランド。千葉に東京?」
A「まあ、いいじゃないか」
B「それじゃあ、東京には百名山はあるのか」
A「雲取山ってのがのってるな。雲取山を知ってるか?」
B「知らんな。マイナーな山だな」
A「おまえが知らないだけだろう。百名山だぜ。おまえの言うエリートだ。いったいおまえは山をいくつ知ってんだよ」
B「富士山と、富士山と、富士山。・・・・・それにおむすび山。これ俺の田舎の山」
A「そんな山誰も知らないよ」
B「いいじゃないか、おれ、登山家としてはまだ初心者だから」
A「初心者にもなってないだろう。山登ってないんだろう」
B「よし、初心者になるために北岳に登ろう。いいよな」
A「もちろん賛成だ。それで、何時間くらい歩くんだ」
B「たかだか3193メートルだろう。1時間に4キロは歩けるから、1時間くらいで着いちゃうんじゃないか」
A「そりゃあ、平地での話だろう。登りなんだから、もう少し時間がかかるんじゃないのか」
B「じゃあ、倍をみて2時間でどうだ」
A「いや、海抜0メートルから歩き始めるわけじゃないんだろう。いったい海抜何メートルから歩き始めるんだよ」
B「ちょっと待てよ。1500メートルの広河原かららしい」
A「それなら半分だ。1500メートルなら辺りを見ながらゆっくり歩いても1時間で着くんじゃないのか」
B「山登りって、そんなに手軽な」
A「おう。そう言えば、みんなもっと時間かかって、苦労しているようだな。1時間なら散歩だぜ」
B「おっ、おれわかったものね」
A「おまえがわかるの。なんだよ。教えてくれよ」
B「3193メートルって、山の高さだろう。おれたち梯子で垂直に上るわけじゃないよな。頂上へは角度の着いた坂を登っていくんじゃないか。こりゃあ、3193メートルよりずっと距離があるはずだ」
A「おまえ、頭いいな。天才じゃないの。いいところに気づいたな。ちょっと調べてみるか。・・・・なんだ、それでも片道6キロ程度じゃないか。ビビることはないんじゃないか」
B「6キロを何時間で登るんだ」
A「6時間くらいだ」
B「それなら楽勝じゃないか」
A「よし、北岳で決定だな」
B「早まるなよ。もう少し検討しようぜ。ちなみに日本で三番目の山はどこだ」
A「ちょっと待ってくれ。・・・・・奥穂高岳だ」
B「奥穂高岳。聞いたことのある名前だよな。奥がつくところがなかなか渋いね」
A「そんなものかね」
B「奥の心の響きがわからないかね。いかにも奥にある感じじゃないか」
A「そのままじゃないか」
B「それで奥穂高岳はどこにあるんだよ」
A「こちらは北アルプスにあるらしいぜ」
B「南に対して北か。北アルプスの方が南アルプスよりも響きがいいんじゃないか。北の方が南よりも涼しそうだし」
A「おう、言われてみるとそうだな」
B「その気になってきたか。で、その北アルプスってのはどこにあるんだ。北海道か、それとも東北か」
A「長野県だってよ」
B「言われてみると、山といったら長野県だよな。長野県、信州だよ。ユーレイホーだよ。山梨県じゃないだろう。山があるのに山梨県、これいかに、ってというところに引っかかっていたんだよな」
A「変なところに引っかかってんな。まあ、東京の隣の県だものな。やっぱり、長野県まで足を延ばさなくっちゃあな」
B「それで奥穂高は何メートルあるんだよ」
A「3190メートルだって」
B「北岳より2メートル低いだけじゃないか。それで3位か。かわいそうだね。かわいそついでに、ここにしよう」
A「かわいそついでってとこが、よくわからないね」
B「判官びいきじゃないか」
A「おまえの気持ち、やっぱりついていけないね」
B「それで何時間歩くんだい」
A「上高地から往復で2泊3日らしいぜ」
B「上高地、耳にしたことあるぞ。高原のお嬢さんじゃないか。いい出会いあるかな」
A「そんなのないでしょう。山男に女は似合わないよ」
B「おう、そうだな。まとわりついても振りほどかないとな」
A「まとわりつかないでしょう」
B「上高地から2泊3日もするのか。いよいよ本格的な登山になってきたな」
A「ザックを担いで歩き始めるからな」
B「いったい何キロの荷物を担ぐんだい」
A「一人10キロくらいじゃないかな」
B「10キロも。おれそんなに持てないよ」
A「だってテントを持っていくんだろう」
B「シュラフもなんだろう」
A「それに2日分の食料や水も運ばないとだめだろう。お菓子やアルコールもいるか」
B「少なくともお菓子やアルコールはあきらめようよ。おれ酒飲まなくてもいいや」
A「食料と水は減らせないぜ」
B「山には自販機やコンビニはないの?」
A「あるわけないだろう」
B「じゃあ、おれあんまり食べないし、水も飲まないようにするから、できるだけ荷物を軽くしようよ」
A「そんなことできるわけないだろう。おまえいつも半チャンラーメン大盛に餃子をつけて食べているだろう。水も5杯は飲んでいるぜ」
B「山では水を飲まないようにするからさ。おれ重い荷物を担ぐのは苦手なんだよ」
A「天気がよかったら熱中症になる奴もいるんだってよ。水を補給しないとだめだろう」
B「重い物を背負って歩くと、よけいたくさんの汗をかいて、いっぱい水を飲むだろう。水をもっていかなかったら、熱中症になるのね。踏んだり蹴ったりじゃないか」
A「どこが踏んだり蹴ったりなんだよ。それじゃあ、まずおまえのそのデブった体を軽くしろよ」
B「山登りしてダイエットしようと思ったんだけど、無理かな」
A「ぶっつけ本番じゃあ、危ないんじゃないか。まず、事前に階段を登ってトレーニングしなよ」
B「わかったよ」
A「山頂は岩場で、時々滑落して死ぬ人もいるらしいぜ」
B「ちょこっとのつもりなのに、死んじゃうの」
A「ヘルメットを持参した方がいいらしいぜ」
B「ヘルメット付けたら死なないかな」
A「ヘルメットしてても死ぬ時は死ぬらしいぜ。岩が落ちてきたり、自分が落ちたりするんだとよ」
B「おれ、おまえの前に登るからな」
A「あっ、それはないだろう。おれが前だよ」
B「そう言えばいま思い出したんだけど、おれ高所恐怖症なんだ。高いところ登るんだよな」
A「日本で3番目だからな」
B「東京タワーよりも高いよな」
A「スカイツリーよりももっと高いよ」
B「3000メートルから落ちたら、どうなるんだよ」
A「3000メートルから0メートルまで落ちるわけじゃないんだから」
B「高所恐怖症でも登れる山はどこかにないのかよ」
A「今度またゆっくり探してみるか」




